第19回 『少子化は国益に非ず』と言うなれど
昨今、新生児の出生数が過去最低を更新し続けている。小生の子育て時代には気にもしていなかったが、流石にこの歳になると色々な意味で気になる数字だ。国が本当に危機感をもって対策を講じているのかどうかは定かではないが、国の少子化対策には疑問符しかない。浮き彫りになる様々な問題にフタをして、人気取りのためのバラマキ政策だと言われても致し方なかろう。教育費・医療費の無償化。もちろん子育て世代には有り難い政策だろうが、これが『子どもを作ろう』と思える政策なのかと言えば、決してそうではないと小生は思う。現代の女性は、小生の頃とは比べ物にならないくらいに仕事に対する意識が高い。結婚をしても仕事は続けたいと思う女性が大半なのだ。子どもを産んでも待機児童の問題で仕事を続けることすら困難になっている。これでは『結婚をして子どもを……』と思う人たちが少なくなるのも当然と言えば当然である。結局子育てと仕事の両面をサポート出来るのは地方でしかないのだ。
以前『保育士の数が足りないから保育施設を新設しても』という話があった。しかしこの裏には95万人もの潜在保育士がいることをご存知だろうか。厚労省もこのことは把握しているようだが、対策といえば月に数千円〜手当込み数万円という賃金の見直しのみ。何百人といる国会議員の給料は簡単に数万円も上がるというのにだ。さらに潜在保育士が保育士に戻ろうとしない理由についても把握しているにも拘らず、『金さえ渡せば動くだろう』という卑しい考えかどうかは知らないが、それ以外の対策を講じようとはしない。賃金アップは当然のこととして、職場環境やストレス、自分の子育てとの両立など改善点は山のようにある。それらを無視して金だけで解決しようとするとはなんと浅ましいことか。これでは時代劇の ”越後屋“と同じではないか。
少子化の問題は、なにも都心部に限ったことではない。小生の住む地方でも同じだ。違うと言えば、小生の住む自治体では待機児童はゼロだし、公立校のエアコン設置率が100%だということくらいか。
とある自治体では住民の流出に歯止めがかからず、さらに子どもの出生数が年間100人未満なのだという、しかし何ら対策を講じるわけでもなく、学校の統廃合や改修工事に莫大な金を注ぎ込もうとしている。どうしてマイナスな思考にばかり傾くのか不思議でならない。人口の減少が続いている地域に新たに数十億も掛けてハコモノを作ったり、もはや何がしたいのか不可解極まりない。反対するのは簡単だが、それならば『こうしたらどうだろう』という対案をちゃんと用意してから反対すべきと小生は思う。
人口減少について言うならば、小生なら他府県からの移住者を手厚く迎える意識を持つだろう。例えば、20代夫婦で移住を考えている人たちに『新築住宅購入資金として2000万円差し上げます』と謳うだろう。ハコモノに20億使うくらいなら、これで新築住宅を100棟建てた方がいい。単純に200人の人口増加だ。数年後に子どもが生まれることを考えると、倍の400人も夢ではない。街に子どもたちの声が響き活力のある環境になった時、その時にまた違ったまちづくりのプランを考えれば良い。頭がバーコード化したジジイたちは、残された寿命の中で目に見える何かを残そうとばかりに頭を使う。本当は目に見えないものの方が大切なことくらいわかっているはずなのにだ。
昔から『子は宝』という。親にとってはもちろんだが、地域や自治体、さらに国にとっても子どもは未来を創造する宝だと思う。いまこの国では未来を託す子どもの数がどんどん減っているという現実を直視し、数年後、数十年後を見据えた対策をしていかなければ取り返しのつかないことになるという危機感を、今の20代・30代の人たちが持つべきと思う。
先日も『研修』という名目で女性議員の団体が、修学旅行さながらの笑顔でおフランス旅行に出掛け世間をざわつかせるニュースがあったが、女性議員のあなたたちが声を大にして少子化の問題に立ち向かっていかないと、この国に未来がないことをもっと自覚するべきだし、党や派閥に押さえつけられて何も言えないのであれば、とっとと引退してテレビの前でお菓子でも頬張っていればよろしい。その程度の能力しか持ち合わせていないということであろうし。
国益は国家の利益ではなく『国民の利益』であるべき。小生はあまり政治的な発言をするのは好きではないが、
国民はもっと危機意識を持っていい。いい加減平和ボケから脱していかないと、自分の子や孫の時代にはこの国は『他国』になっているやも知れない……。




