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散文集(エッセイ的なもの)  作者: 咲田涼人
17/26

第17回 人がひとであるために

 AI(人工知能)技術の進歩で、いよいよ人間の存在意義が問われる時代になってきたと、少し怖ささえも感じる。小生はなにも技術の発展や、AIが人間の能力を超えていくことを怖れているわけではない。むしろ人間がAIに依拠しすぎて、人としての温かみや責任を見失ってしまうことを怖れているのだ。チャットgptにしても然り。蓄積された膨大なデータを駆使し、AIが人間のような自然な対話形式で答えるチャットサービスだが、そもそもは人間が蓄積したデータがベースになっていることから、間違った情報がデータとして蓄積されれば、間違った情報が拡散されてしまうという危険性もある。間違いが起こった時に「AIが出した答えを基に……」などと、AIに責任を転嫁してしまう世の中がすぐそこまで来ていると思って間違いはなさそうだ。人間の尊厳など無視したデジタル社会の到来である。


 先日も、4歳の娘への傷害致死容疑で母親が逮捕された事件をめぐって、虐待に関するAIの評価を参考に一時保護を見送っていたというニュースがあった。6000件程度のデータで導き出されたAIの評価は『保護率39%』だったという。小生は人であるから、こういったニュースを耳にする度に「どうしてもう少し早く保護してあげられなかったか」と心苦しく思うのだが、どんな数値やテキストデータがあったにせよ、最終的な判断は人間がするのだからAIに頼りすぎるのは危険だし、人の心をもって最良の判断をしてほしいと思う。


 話は変わるが、2001年に公開となったスティーヴン・スビルバーグ監督の『A.I.』という映画がある。

 環境破壊の進んだ地球で、ロボットと人間が共存する世界を描いた作品だ。全体を観ればしっとりと胸に残る感動のストーリーなのだが、決してハッピーエンドではない。その根底にあるものといえば、見せかけの愛情と嫉妬、身勝手さなど、人間のエゴの残酷さなのだ。人間性を失っていく人間と、徐々に人の心を得ていくロボットの姿が『対比』という形で見事に描かれていると小生は感じた。

 人が人として生きていくためになにが必要なのかを、あらためて考えさせられる作品と思う。

 

 どれだけ技術が発達し、AIが人間を超える時代が来ようとも、人間は決してAIに支配されてはいけないし、人間性という聖域だけは侵されてはいけない。

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