9話
「よーし、本日の検査は全て終了! 予定通り食べたい物があれば奢るぞ!」
「お肉! お寿司! ラーメン!」
佐久穂さんは、目をキラキラとさせながら指を立てていく。その様子を見ていた僕と美鈴さんは互いに顔を合わせて笑う。
やがて美鈴さんが立ち上がって声を上げた。
「何でもいいぞー。瑠依ちゃん、行きたい店はあるのかい?」
「それじゃ『海猫屋』が良いな。久しぶりに行きたいなーって思っていたんだよね」
佐久穂さんの提案を聞き、美鈴さんは顎に手を当てて考え込む。
僕にとってはよく分からない事だったが、二人の間では通じ合っているようだった。
「瑠依ちゃんは、昔からあそこのオムライスが好きだったもんね」
「覚えていてくれたの!?」
「そりゃ勿論。伯母さんはなんでも知っているさ」
二人は仲睦まじそうに会話を繰り広げているが、僕には会話の内容はよく分からなかった。
やがて美鈴さんも立ち上がった。
「そうと決まれば、行こうか」
―――――
美鈴さんの後をついて行き、辿り着いた。佐久穂さんが選んだ場所は、駅から歩いて十五分程の場所にある洋食屋だった。
店内は落ち着いた雰囲気で、席数はそこまで多くない。
店員さんとは顔見知りなのだろう、美鈴さんは挨拶を交わした後、案内されたテーブルに向かい合って座る。
「さぁ、遠慮なく注文してくれたまえ」
「ありがとうございます」
佐久穂さんが開いたページを眺めながら、どれを頼んでみようかと考える。
しかし、どれも美味しそうな写真が並んでおり、中々に悩ましい。佐久穂さんは楽しげな表情で僕の反応を待ってくれている。
「佐久穂さんは、やはりオムライスですか?」
「そうだね! やっぱりここのオムライスが一番好きかな!」
「では、僕もオムライスでお願いします。美鈴さんはどうされますか?」
「そうだね。私も二人と同じものを貰おうか」
「畏まりました」
店員さんはメモを取ると、そのまま厨房の方へと消えていった。僕達三人は、先に届いたそれぞれの飲み物を口にしながら、他愛のない話に花を咲かせる。
しばらくして料理が運ばれてくると、佐久穂さんは嬉しそうに写真を撮り始めた。
「相変わらず、瑠依ちゃんは可愛いなぁ」
「伯母さん、からかわないでよー」
「からかっているつもりは無いんだけどなぁ」
佐久穂さんは頬を膨らませて、美鈴さんに抗議する。しかし、美鈴さんはニコニコと笑っているだけだった。
「映える料理ではあるが、温かいうちに頂いた方が絶対に美味しいぞー?」
「そうだよね。冷めたら勿体ない! ということで!」
『いただきます』
佐久穂さんがスプーンを手に取ると、卵とチキンライスを一口サイズにして口に運ぶ。
「ん~っ!! おいひぃ!!」
幸せそうな彼女の顔を見ているだけで心が和らぐ。
「アオイも早く食べてみてよ! 絶品なんだから!」
「分かった」
僕もスプーンを手に取り、早速一口食べる事にする。
「おおっ、こんなに美味しいオムライスは初めてだ」
「ねっ! そうでしょ? アタシここのオムライスが大好きなんだー」
佐久穂さんは満面の笑みを浮かべ、僕の顔を見ている。
注文したオムライスは、半熟卵に包まれており、デミグラスソースがかかっているのだが、絶妙な味付けと焼き加減のオムレツは、口の中でとろけていき、中に入っている鶏肉はプリッとした触感がありつつも、程よい噛み応えがあって、チキンライスとの相性も抜群であった。
添えられていたグリーンピースのスープとポテトサラダは、定番ではあるが故にハズれる事のない味で、思わず夢中で平らげてしまった。
「ふふっ、アオイは何かを食べている時って、すごく幸せそうな表情をしているね」
「そうですか?」
僕自身あまり意識したことはなかったけれど、確かに食べる事は好きな方だし、実際に目の前のオムライスも美味しくて、つい我を忘れてしまいそうになった。ただそれを口に出して指摘されると少し恥ずかしく感じてしまう。
「うん。普段もそうだけど、今日は特に良い表情をしていたよ」
「きっと佐久穂さんも一緒にいるからですよ」
「えへへ、そっか。でも、それはこっちのセリフでもあるんだよ?」
「どういう意味ですか?」
「アオイと一緒にご飯を食べるのは楽しいからね!」
佐久穂さんは屈託の無い笑顔で僕にそう告げた。その言葉は僕にとっても嬉しいものだった。
「そう言ってもらえると、僕としても嬉しいです」
「うん。また今度、食べに来ようよ!」
「そうですね。今度は別のメニューも試してみたいので、是非」
そんなやりとりを交わしていると、美鈴さんからは、「青春だねぇ~」という呟き声と共に、生暖かい視線を向けられているのを感じた。
なんだか無性に気恥しくなり、隣にいる佐久穂さんから視線を逸らす。すると、彼女は僅かに空いた隙間さえ埋める様に近づき、僕の顔を覗き込む。
「んふー、これでアタシ以外を見る事は出来まい!」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「あはは、冗談だよ」
そう言いながらも、佐久穂さんは更に身体を寄せて密着しながら僕の頬を突いてきた。
こうなれば佐久穂さんのペースだ。からかわれて遊ばれてしまっている。
しかし、嫌な気分にはならない。むしろ心地良さすら感じるのだ。不思議な感覚である。