最終話 『祓魔師』と『エクソシスト』
意識が朦朧とする中、身体がゆらゆらと揺れ動く感覚を覚えた。
聞き慣れた声が、僕の名前を呼んでいるような気がしたが、返事をする元気も無い。
相手が誰なのかすら、はっきりとは分からない。
そんな中で、ふわりとした浮遊感を感じた直後、意識が途切れてしまった。
――――――
次に意識を取り戻した時、最初に感じたのは眩しさだった。
寝起きでぼやけた目で周囲を確認していると、以前にも見たことのある風景が見えた。
(ここは……確か『第一次』の医務室? 何でまたここに?)
不思議に思いながらも頭を動かすと、隣のベッドに佐久穂さんが眠っていた。
掛け布団を抱き枕替わりにしているのか、白い太股に目が行きそうになるが、どうにか堪える。
表情は、とても幸せそうで、寝言で何かを唱えている。
もう片方のベッドは、布団が捲られていて空っぽだ。
おそらくは……と、推測していると、扉が開かれる音と共に、可愛らしい欠伸が聞こえる。
ヨタヨタと歩く音と共に、僕が横になっているベッドに辿り着くと、布団の中へ潜り込んで来た。
「(ちょ!? シアさん!)」
慌てて小声で注意するが、全く効果が無い。
それどころか、カノジョは僕の腕に手を伸ばし、抱き着いてきた。
寝ぼけているのだろう、甘える様に顔を擦り付けてくる。
耳元に吐息がかかる程の距離に顔を寄せ、囁くように名前を呼ぶものだから、心臓が爆発しそうなくらい高鳴っているのだが、カノジョは気付いてくれない。
「……アオイぃ~」
「ッ!!」
嬉しいのだが、今はマズイ。非常に困る。
膝枕ほどの接触なら経験済みであるが、シアさんとは、全身でゼロ距離を超える程の密着は未体験なのだ。
このままだと、色々と限界を迎えてしまうのも時間の問題である。
何とか離れようと試みるが、シアさんの腕力が強くて振り解けない。
「(シアさん! 起きて!)」
「……アオイの匂いがするネー」
ダメだ。完全に夢の中だ。
このままでは、シアさんが目を覚ますまでの間、僕は必死に理性と戦う事になる。
そうだ! イオは? と思い、以前いた足元に視線を向けると、そこはもぬけの殻。
存在している感覚は残っているのに、傍にいない! どこ行ったのさ!?
「……アオイー」
名前を呼ばれ、思わずビクっとしてしまう。
シアさんは、もぞもぞと動きながら僕の胸に頬を当て、気持ち良さそうに眠っているのだけど……。
カノジョの髪が鼻孔をくすぐり、甘い香りが漂ってくると同時に、内からこみ上げてくるものがある。
「っくしゅん!」
クシャミを抑えきれず、思わず出してしまった。
……起こしてしまっただろうか? いや、起きてもらって構わないのだが、シアさんは、僕の胸の上でスヤスヤと穏やかな呼吸をしながら、安らかに眠り続けている。
僕は、カノジョの頭を撫でつつ、諦めたかのように溜息を漏らした。
その時である。隣から視線を感じたのは。
「…………」
そちらに目を向けてみると、佐久穂さんが僕達を見つめていた。
先程と姿勢は変わらず、眩い太股を露わにしつつも、その瞳は僕達を捉えているにも関わらず、虚空を見つめている様に感じる。
「お、おはようございます……」
「……」
挨拶をしてみるものの、返って来る言葉はない。
「あ、えっと……その……」
「……」
「おぉ……」
「……」
無言のまま見つめられ続けると、段々居た堪れなくなってきた。
たが、この沈黙を破るきっかけとなる出来事が起きた。
それは、佐久穂さんの口から漏れた言葉によって、唐突に訪れたのだ。
「……ずるい」
その言葉を皮切りに、カノジョは勢いよく飛び掛かってきた。
「ぐぇぁっ!?」
「シアだけズルい!! アタシだって……アタシだって! アオイ成分を補給したいんだし!!」
「し、知らんて……首締まってるから……離して……苦しい」
「イヤだ! 絶対に離さないかんね!」
「い、痛いってば……」
「もうちょっとの辛抱だよ! そしたら、たっぷりと補充させてあげるから!」
「何をですか!? 誰か! タスケ……」
「ほぅ? 呼ばれて来てみれば、随分とお楽しみ中ではないかの」
「!?」
突然、聞こえた声に反応して視線を動かすが、両隣には美少女しかいない。
「ほれ、こっちじゃ、こっち」
声の主を探すと、頭上に立っている人物を見つけた。
いや、人物である事は確かなのだが、その見た目は小さく、おかっぱ髪の日本人形そのものだ。
瞳だけ器用に下へ向けられて、僕達を見つめている。
それだけに、余りの怖さに身体が硬直してしまい、口を開いたまま閉じる事を忘れてしまう。
「ふっふっふー、ようやく大人しくなったね! それでは早速、いただきま……」
「小娘、わらわをするーするでないぞい」
「へぁ?」
カノジョも声に驚いたようで、素頓狂な声を出し、キョロキョロと周囲を確認する。
そして、僕と同じ場所を視界に収めると、大きく口を開け、二人して声を揃えて叫んだ。
『ぎぃやぁあああああああああ!!』
声の主はケラケラと、夢の住人はスヤスヤと。
僕達の声が重なり合い、響き渡る。
それはまるで、本格的な夏の訪れを知らせる蝉の声のように思えた。
追伸。
抜き打ちテストの結果は、言うまでもなく。
第二章、これにて完結です。
夏休みの話が、間章になるのか、はたまた第三章が始まるのか。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




