39話
河川敷に突っ立つ、鴉天狗の姿。
周囲に"穢れ"の気配はなく、完全に孤立していた。
その後方には、中洲へと移動したリーダー格の鴉天狗がいる。
護ろうとしているのだろうか? 意図は分からないが、錫杖を構えこちらを睨みつけている以上、放っておく訳にはいかない。
手にしている木刀に力を込め、こちらも構えを取った。
「……いくぞ!」
鴉天狗が動く前に距離を詰め、一閃を放つ。
しかしそれは、彼の持つ錫杖によって受け止められてしまった。
そのまま鍔迫り合いとなりながらも、僕は口を開く。
「意識は残っているんですか!? それとも完全に……」
「…………」
鴉天狗は何も喋らない。
ただ無言のままに力を込めてきた為、思わず苦悶の声を上げてしまう。
このままでは押し切られかねないと判断した僕は、鴉天狗の腹目掛けて蹴りを放った。
相手は咄嵯に反応したが間に合わず、苦しげに顔を歪め、後方へ飛び退く。
「逃がすか!」
即座に追撃を行うべく、間髪入れずに踏み込んだ。
だが鴉天狗は冷静さを欠かず、すぐさま体勢を立て直すと、錫杖を振りかざして反撃に転じてくる。
それを木刀の柄の部分を使い受け止めたのだが、衝撃は殺せず吹き飛ばされた。
「くっ!」
地面を転がりつつも受け身を取り、すぐに立ち上がる。
だが、鴉天狗はこの隙を見逃さず、一気に畳みかけようとしてきた。
「そう簡単に!?」
力を込め、僕は地面から柱を生成する。
あの時、鬼の個体を浄化した際に得た力を利用し、土から石へと強度を変化させる事が出来るようになった。
練習を重ねれば、更に強度を増す事が出来るのだろうが、今はこれが精一杯だ。
生成された石の塊を、思い切り投げつける。
不意を突いたつもりだったが、彼は瞬時に反応し、錫杖を盾にして防いでしまった。
「でも、これで貴方の武器は無くなりました」
「…………」
言葉の続きを発しようとした際に、違和感が生じる。
口が、身体が動かないのである。
(なんだこれは?)
視界はハッキリとしているし思考も働いている。にも関わらず動けないというのは、異常事態と言っていいレベルであった。
そんな状況の中、目の前にいた鴉天狗は、ニヤリと口を歪ませる。
"穢れ"で見てきた、あの特有の顔つきになっていたからだ。
(まずい!!)
僕は必死に抵抗するものの、徐々に力が抜けていき、ついには地面に倒れ込んでしまう。
その様子を見た鴉天狗は、ゆっくりとこちらへ近づいて来た。
「……うぅ……あぁ……」
なんとか言葉を発しようとするも、上手く声を出す事が出来ない。
手足を動かそうとすると、鉛のように重く感じられた。
何かしらの方法で、"穢れ"が僕に憑りついて、支配を始めているのかもしれない。
僕の考えを読んだのか、鴉天狗は愉快気に顔全体をクシャクシャにする。
だが……。
響く銃声、続いて聞こえてきたのは、周囲さえも凍らせるのではないかと思うほどの、冷たい声であった。
「アオイから離れろ」
無表情のまま銃を突きつけ、淡々と僕の名前を呼ぶ、シアさんの姿が見えた。
警告後、躊躇なくリボルバーの引き金を引く。
弾丸は一直線に飛んでいき、鴉天狗の腕を撃ち抜いたようだが、怯む事無く、シアさんに向かって襲い掛かってきた。
応戦する様に、シアさんも引き金を絞り、発砲していく。
一発、二発、三発と撃ち込まれる度に、腕や足に穴が空いていくが、それでも止まらず、シアさんの元へと迫っていく。
僕はただ見ているしかないのか? ……そんなことはない!!
うつ伏せの状態になりながらも、指先に全身の力を入れ、解き放つ。
狙いは、鴉天狗の足元。
そこから勢いよく飛び出したのは、岩の杭だ。
「ッ!!」
突然の出来事に驚いたのだろう、完全には避けきれず、片足を貫いた。
「グアァアアッ!!!!」
痛みに耐えかねたのだろう、絶叫が響き渡る。
その隙を逃すまいと、シアさんが前へと駆け出し、奴の顔面に目掛けてカノジョの足が振り抜かれた。
綺麗に入ったようで、鴉天狗は仰け反るように吹っ飛び、動かなくなった。
シアさんはというと、一目散で僕の元まで近寄ってくる。
「アオイ! 大丈夫!?」
「はい……大丈夫です……シアさんは……?」
「うん。ワタクシは平気だよ。また助けてもらったね」
カノジョは笑顔を見せてくれたが、少し無理をしているように思えたため、心配になってしまう。
うつ伏せの僕を仰向けにし、背中に手を回しながら、上半身を起こしてくれる。
その時、一枚の羽根が地面へと落ちていった。
「これは……そう……アオイをこんな目に遭わせたのは、彼方ね」
シアさんは、静かな怒りに満ちた瞳をしながら、静かに呟く。
視線の先にあるのは、中洲にいる最後の鴉天狗だ。
「許さない」
カノジョは、ライフルを構える。
その照準は、真っ直ぐに鴉天狗を捉えていた。
シアさんは、普段の明るい雰囲気とは打って変わり、冷徹な眼差しで敵を見据える。
トリガーを引き、放たれた銃弾は、地面から湧いた"穢れ"によって阻まれてしまった。
「……ふぅ」
鴉天狗に当たらなかった事が、逆にカノジョを落ち着かせる結果となったのだろう。
大きく深呼吸すると、こちらを見て微笑む。
「みんなが集合するまで、少し休憩にするネ。今なら動けないアオイを好きに出来るかもー?」
悪戯っぽく笑いながら、冗談交じりで話す。




