33話
佐久穂さんの言うことは、間違っていない。
目の前にいるシアさんは、とても神秘的で、まるで絵画の世界から抜け出た様な美しさを持っている。
「これが、ワタクシの力……!」
カノジョは、自分の掌をじっと見つめると、感慨深げに見入っている。
「ふむ、上手くいったか。私の想像以上の結果だよ」
「ですが、ワタクシだけが救われて……アオイは、大丈夫なのですか?」
「言葉が足りなかったな。彼には"澱"が残らないのだよ。それどころか、他者に残されている"澱"すら取り込み"浄める"ことが出来る」
「……」
「お嬢さん、君の生み出した銀の……いや、白金の弾薬を一つ持って来てくれないか?」
「白金? ワタクシのは……これは、まさか!?」
「ああ、そうだよ。これが、本来のお嬢さんの力だ。そして……」
シアさんから受け取った白金の弾薬を、翁は、僕に手渡そうとする。
「すみませんが、受け取れません。以前、手にしたら消えてしまったもので」
「だからこそだ。これを手にし、君がお嬢さんにしてあげた事を、実感してみるといい」
僕は、手渡された弾薬を受け取ると、恐るおそる握り締める。
すると不思議な事に、僕の手の中には、確かに弾薬が存在したままでいる。
「以前、手にしたら消えたと言っていたな。その理由は、今なら分かるだろう?」
「弾薬に"澱"が憑り込まれおり、手にした僕の中で"浄め"られたからですか?」
「正解だ。"澱"を取り除かれたお嬢さんが、新たに生み出した白金の弾薬を、君が手にしても消え去らないのが、何よりの証拠だ」
僕の手の中にある弾薬は、以前よりも強い存在感を放っていた。
あの時は、確かに触れただけで、手の中から弾薬が消失してしまった。
だが今は違う。僕は、しっかりと掴み、その存在を確かめている。
シアさんを救えたという実感を、噛みしめる様に。
「はいはい!! 大円団な雰囲気が出てきちゃっているけれど! 結局、アオイはシアに対して何を行って"澱"を取り除いたのさ! そこ重要じゃないの!?」
佐久穂さんが手をパンッと叩くと、僕達の間に流れていた空気をぶち壊してくれた。
翁は、「やれやれ」といった感じで首を左右に振っており、美鈴さんは呆れた表情を浮かべている。
「元気なお嬢さん。方法は幾つかある。だが……」
「だが?」
「私から聞くよりも、本人たちの口から聞きだした方が、面白いだろう?」
「むぅ……アオイ? シアに何をしたのかな? アタシに包み隠さず話してくれるよね?」
あれ? 佐久穂さんって、こんなに怖かったっけ? 普段は笑顔を絶やさない子なんだけど、 今だけは、笑っていない。
無表情のまま、こちらへ近寄り、お互いの吐息がかかる距離まで詰め寄られる。
「さ、佐久穂さん。少し落ち着いて、ゆっくりと……」
「落ち着いてる。名前、前の呼び方に戻ってる」
「すみません、瑠衣。出来たら少し距離を。その……素敵なものが当たって……」
「知ってる。当ててるんだよ。わざと」
「あ、う……」
カノジョの柔らかな胸が押し付けられていて、僕の理性が削られていくのが分かる。
「ねえ、教えてくれる?」
「お、教えると言っても! 何が切っ掛けでシアさんの"澱"が"浄め"られたのか、検討もつきません!!」
「それは話を聞いたアタシが判断する。だから言え。早く言え。白状しろ」
「うぐ……。例え瑠衣であっても、シアさんと秘密だと約束した事は破れません! 絶対に言いません!」
「ちぃ! この頑固者めぇ!」
佐久穂さんは僕の両頬を引っ張ると、上下に激しく動かしてくる。
「ひゃめてくらはい~」
「しばらくアタシの気が済むまで、頬っぺたつねつねの刑だ!!」
「やべでくだしゃいっ」
「はぁ……もう。二人共、こういう時だけは行動が幼くなるんだから」
小海さんが呆れている間に、美鈴さんがシアさんの傍に寄り、お伺いをたてていた。
「アレクシアちゃん。何か思い当たる節はないのかい?」
「そうネ……アオイが身体を張ってまで、ワタクシとの約束を守ろうとしている姿は、キュンとくるネ!」
「いや、今の話じゃなくてね。今日の夕方の話を……」
「冗談デスヨ、本心ですけどネ。ルーイー、説明しますからアオイを解放してあげて欲しいネー」
「分かったよ。ほら、アオイ。離してあげる」
「ありがとうございます。瑠依」
「どう致しまして。それで、シア。アオイにどんな事をされたのか、覚えている?」
「はい。アオイは、まず……」
学園の屋上での出来事を、シアさんが語り始める。
カノジョの言葉に耳を傾けながら、僕は相槌を打っていく。
やがてシアさんが話し終えると、真っ先に口を開いたのは、やはり佐久穂さんであった。
「うーん、アタシもしてあげている事しかしてないなぁ。お爺ちゃん、今のでシアの"澱"が"浄め"られるものなの?」
「他者に触れるという条件は、満たしている。後は、彼次第だろうな……」
「アオイ、全て吐き出せ。お前は一体、シアにナニをした?」
「……あっ」
「あっ? やっぱり何かあったんだな? さあ吐け! 自白しろ! それをアタシにもするんだ!!」
「いえ、その……帰り際にシアさんからされた事がありまして」
「詳しく」
「……はい。シアさんの指先で僕の唇が押されたのですが」
「ふむふむ?」
「その後、押していた指先が離れ、シアさんが自分の唇へと当てました」
「シアァァァ!!」
佐久穂さんは叫ぶと同時に、シアさんの身体を抱き締める。
カノジョは抵抗する事無く、されるがままになっているが、とても幸せそうな顔をしていた。
「ルイ、一つだけ教えてあげるネ」
「な、なんだい?」
「……初めては夢心地で、甘く蕩けてしまう程、気持ちが良いモノなのですよ?」
シアさんの言葉に、佐久穂さんは、一瞬にして顔色を変えていた。
その変化は、まるで熟れたトマトの様に真っ赤に染まり、頭からは湯気が立ち上っている。
佐久穂さんは、両手をバタつかせながら慌ただしく動き回ると、部屋から飛び出していった。
慌てて僕は、カノジョを追いかけて行くのであった。
――――――
「ご老公、私からも質問の許可を」
「許可しよう」
「では失礼を。"澱"を"浄める"方法は、立科君が相手に触れ、力を流し込めば良い。ということでしょうか?」
「その認識で間違っていない。私もそうだと考えている」
「では何故、素直にそれを伝えず、少年少女が間接キスで騒ぎ立てている状況になるのでしょう?」
「簡単な話だ。痴情のもつれ程、面白い物はないからな」
「確かに。天狗殿の言われるとおりだ」
麻績村と翁は笑い合う。
その影で、無表情で近寄る女性陣達の姿に気が付くことも無く……。




