32話
僕はこの話を聞いた後、彼に許可を得てから、美鈴さんへ連絡を入れることにした。
この場で詳細を伝えるべきか、言い淀んでいると、彼女がこちらへ車を手配してくれるという。
「いやはや、立科君と出会ってからは、驚きの連発だよ」
「そう言いながら楽しそうですね?」
「まぁね。暗く考えても仕方ないよ。何か進展すると思えば楽しいものだろ?」
言い放つ美鈴さんとの会話を一度区切り、しばしの静寂。
そして僕達を乗せた車が、『第一次』のある建物まで到着する。
扉が開き、外へ出ると、そこには麻績村さんの姿がある。
彼は、僕を見つけると手を上げて挨拶をしてきた。
「やあ立科君、お疲れ様。そちらのご老公が連絡にあった方かな? 初めまして、麻績村龍一です。よろしくお願いします」
麻績村さんは、翁の前まで来ると、握手を求めるよう右手を差し出す。
翁は、麻績村龍一の手を取ると、軽く会釈をした。
「この度は、私共の為に尽力頂き、誠に感謝致しております」
「いえ、これも仕事ですから。それにしても、貴方のような方がおられるとは思いませんでした」
「そうであろうか? 幾度となくこちらの気配を探っていたであろう?」
「気づいておいででしたか。私もまだまだ未熟……とはいえ、今はそれどころではなさそうですね。所長がお待ちです」
「うむ」
僕達は、美鈴さんが待つ部屋へと移動する。
中へ入ると、美鈴さんだけでなく、シアさんの姿も。東御先生を除く全員が揃っていた。
「ようこそ、『第一次捜査機関祓魔課』へ。早速だけれど、詳細をお聞かせ願うか、翁殿」
「承知した」
翁は、先程までの穏やかな雰囲気から一変して、鋭い目つきで室内を眺めている。
僕は、邪魔にならないように佐久穂さんの傍へと移動した。
そして僕に伝えた内容を、そのまま彼女達に伝えている。
……やはり、佐久穂さんだけは、違った反応を見せていた。
「ちょっと待って! このまま浄化を続けて行けば、アオイやシアが、いつかあんな風になっちゃうっていうことなの!?」
佐久穂さんは、僕の腕を掴むと必死に訴えかける。
カノジョの言うことも、最もだった。
僕だって、同じ立場なら同じような事を思うはずだ。
「落ちついて、佐久穂さん。立科さんやオタリーさんがそうなると、まだ決まったわけでは……」
小海さんが宥めるも、カノジョは納得していない。
「でも、可能性はあるんでしょ? やっぱりダメだよ。アタシは絶対に……」
「君の意見はもっともだ。そして、その可能性は、逆もまた然り」
翁の言葉に、佐久穂さんは目を見開く。
カノジョの表情から察するに、どうやら翁が何を言いたいのか理解出来たようだ。
「まさか、二人が助かる方法があるってこと!?」
「そうだ。私が伝えようとしている内容は、そういう事だ。が、私が伝えるよりも先に、彼はそれを行い、異国の少女から"澱"を取り除いている」
翁は、視線を移すと、シアさんを見つめる。
カノジョは驚いた様子で、翁を見返していた。
「アナタの言う事を信じるとしたら、ワタクシはアオイに救われたということネ?」
「ああ、己の力を使用してみるといい。言葉よりも実感できるだろう」
「……分かったネ」
シアさんは、祈りを捧げるように両手を組み、詠唱を紡ごうとする時、翁が口を開いた。
「君は、神を信じているかい?」
突然の問いかけに、カノジョは困惑気味に翁を見つめている。
「いや、少しばかり疑問に思ってな。君が信仰する宗教は、どんなものなのかと」
「……どうしてそんな質問をするネ?」
「深い意味はないさ。ただ純粋に興味があってな」
「……」
「答えたくなければ、それで構わない。無理に聞き出そうとはしない」
「……別に、隠すつもりもないヨ。ただ、信じていないだけネ」
「なるほど。ならば、君が力を行使する時、詞は不要だ」
「えっ?」
「君の中にいる存在に、語り掛ければ良い。君は彼よりも先に目覚め、多くの"穢れ"を浄化してきた。取り込んだ力を、君の力によって救われた者達の想いを感じ取るんだ」
老人は語る。彼の口から発せられる声音には、慈愛が含まれているような気がしてならない。
「私は、ずっと独りで生きてきた。だから分かるのだ。誰かを愛し、大切に想うことが、どれだけ素晴らしい事かを」
「それが、"穢れ"を救う方法だというネ?」
「ああ、そのとおり。彼に力を与え、使い魔となった狼の様に、元に戻るとは限らないが、彼らの魂は救えるかもしれない……いや、きっと出来るはずだ」
「……」
「邪魔をしたな、続けてくれたまえ」
「はい」
シアさんは、瞳を閉じながら静かに佇んでいる。
カノジョの身体は淡い光に包まれており、その光が徐々に広がっていく。
やがてそれは、僕達の視界を覆い尽くすほどの輝きを放ち、思わず目を瞑ってしまう。
次に瞼を開くと、シアさんの頭部に身に付けていたベールは無くなっており、カノジョの美しい金髪が露わになっていた。
「シア、凄く綺麗。まるで女神みたい……」
この場に居た全員が、思っていたであろう気持ちを、佐久穂さんは呟いていた。




