31話
老人は、天井を仰ぎながら溜息を漏らすと、こちらを向いた。
「改めて名乗らせて貰う、私の名は鴉天狗の翁。この世に現れてから長い時を経ている」
「鴉天狗の翁さんですね。それで、どうして僕の前に現れたのでしょうか?」
「そう急かすでない。それにその名で呼ぶのも面倒であろう。気軽に呼んで構わん」
「えっと……では、翁さんで。こちらなら誰かに聞かれても誤魔化せそうなので」
「賢明だ。さて、君に用件を伝える前に、確認したい事がある」
「何でしょう?」
僕は、緊張しながらも問い掛けると、翁さんは少しだけ間を置いてから口を開く。
「君達が、"穢れ"と呼ぶものについてだ」
「"穢れ"ですか?」
「ああ、そうだ。一部の人間達は、"穢れ"と対峙する事によって力を得ることが出来る。しかし、それは同時に危険を伴う行為でもある」
「どういうことですか?」
「君達が"祓い"を行うと、"穢れ"が浄化される。その際に発生する"穢れ"の力は、君達の中に蓄積されていく。その力は君達自身を強化すると共に、"穢れ"に対して耐性を高めてしまうのだ」
「耐性が高まる事に、何か問題が発生すると……?」
僕が尋ねると、老人は静かに首を縦に振る。
「そうだ。良い方向にばかり転ぶとは限らない。浄化、蓄積、強化。ここまでは、"穢れ"の数を減らす為に必要であり、むしろ歓迎すべき事と言えるのだが、問題は、耐性だ」
老人は、そこで一旦言葉を切ると、大きく息を吐き出してから再び口を開いた。
「"穢れ"は、耐性を生み出した際に、ほんの僅かな"澱"を生み出す。それは、周到に己の存在をひた隠しにし、機会を窺ってるのだよ」
「……まさか、力を持つ『祓魔師』が、"穢れ"そのものになる可能性があるというのですか?」
「ああ、そのとおりだ。君達が先日、対峙した鬼と出会っただろう?」
「はい」
「あれは、本来であれば人の形を成すことはない。君達の目には、人間の形に見えていたかもしれないが、実際は違う」
「じゃあ、あの時の、あの鬼は?」
「おそらく、元『祓魔師』だ。君達の遠い先祖に当たるだろう。血の繋がりは別としてな」
僕が出会ったあの鬼は、元は人間だったというのか? 信じられない話だけど、嘘をついているようにも見えない。
老人は、手元にあったコーヒーを一飲みすると、空になったカップを机の上に置く。
「立科君、君は今、とても驚いていることだと思う。だが、これは事実だ」
「……はい」
「そして私は、君に頼みたいことがある。君にしか出来ないことだ」
彼は、真剣な眼差しで僕を見つめてくる。その瞳の奥には、強い意志を感じる。
まるで、長年探し求めてきた宝物を見つけたような輝きがあった。
「僕は、何をすればいいのでしょう?」
「簡単なことだ。君にやって欲しいことは一つだけだ」
老人は、ゆっくりと深呼吸をする。僕はその様子を黙ったまま見守る。
「私の同族を、浄化して欲しい」
そう告げると、老人は頭を下げた。
「頭を、上げてください!」
「無理な願いである事は分かっている。しかし、どうか頼む。このままでは、いずれあの者達は、自我を失い暴走してしまう」
「そんなに危険な状態なんですか?」
彼はゆっくりと頭を上げ、小さく首肯する。
「比較的、力の弱い者達は、既に"穢れ"に憑り込まれてしまっている」
「それって、かなりマズイ状況じゃないですか!?」
「ああ、我々だけで対処出来るのならば良かったのだが、それも叶わず。ただ、時間だけが過ぎていくだけかと嘆いていた矢先に、君が現れた」
「…………」
「君が現れなければ、我々は何も出来ずにいただろう。今もこうして、君の力を頼ることしか出来ぬ……引き受けてはくれぬか?」
老人は、真っ直ぐに僕を見る。
僕は、どう答えたらいいのだろうか? 何が出来るのだろう? そもそも、この話はどこまで信用していいのだろう? 分からない。
だが、僕は……この人が言っていることを信じることに決めた。
「……分かりました。僕の仲間達にも、協力を仰いでも良いのであれば、やりましょう」
「本当かね!? ありがとう……本当に、感謝している」
老人は、心の底から嬉しそうな表情を浮かべると、何度も僕に礼を言う。




