29話
互いの息遣いが聞こえる程の静寂。カノジョの柔らかな髪からは、甘い香りを感じる。
僕は、緊張した面持ちでシアさんを見つめていると、カノジョは優しく語り掛けてきた。
「アオイ、アナタは神を信じていマスか?」
「女神なら目の前にいますよ」なんて軽口を叩けば良かったのだろうか? でも、この時の僕にはとてもじゃないけど、そこまでの余裕は無かった。
真剣な顔つきの彼女から放たれたのは、あの個体を浄化した時に聞こえた言葉であった。
「ワタクシは、神を信じてはいません。でも、信仰心はありマス」
「……」
『穢れを祓う者』であり『聖女』とさえ呼ばれているカノジョが、どうしてそのような事を呟いたのか?
その理由が分からず困惑している僕に構わずに、彼女は続ける。
「神様がいるならば、こんな事になっているわけがない。そう思う事がありましたネ」
"こんなこと"とは一体何を指しているのか? 僕は疑問を抱きながらも、静かに耳を傾ける。
「アオイは、ワタクシが呟いた言葉に対して、熱心になってくれたネ。ルイから聞いたヨー」
そう言うシアさんの口調は穏やかで優しかったけど、「だからこそ」という言葉が続くのだと分かった気がした。
「正直言いまして、あの言葉を聞いた後は、戸惑っている自分がいたんです」
「うん」
「シスターなのに、『聖女』とまで呼ばれている方なのに、あんなことを言うんだなって」
「ワタクシは、『聖人』ではないヨ。アオイと同じで、少しだけ力を与えられた、女の子デース」
「……そうですよね。当たり前の事を聞き過ぎちゃいましたよね。すみませんでした」
「謝らなくていいのデス。ただ、ワタクシが聞きたかったのデス」
「シアさん?」
「ですが、もし、もしもの話ですけど、この世界に神様がいたとして、ワタクシが何か悪いことをしたら、罰を与えてくれるのでしょうか? それとも、何もしてくれないのでしょうか? ……アオイはどう思いますか? 教えて欲しいデス」
「僕ですか?」
「はい。アオイの意見が知りたいデス」
「そうですね、僕は……」
僕は、少しの間考えると、答えを出す。
「分かりません。神様の存在すらあやふやですから。でも……」
「でも……?」
「もし、仮にですが、シアさんが悪いことをしても、同じ力を持つ者として、友人として、一人の人間として、僕がシアさんを叱ります。きっと、シアさんは、僕にとって大切な人になると思うので」
その言葉に、シアさんは目を丸くさせる。
だが、すぐに嬉しそうな笑顔を見せると、僕の手を取ってきた。
シアさんは、そのまま自身の頬へと誘導させると、そっと触れさせた。
「ありがとうございます。とても嬉しいデス」
「考えていた割に大した事は言っていないので」
「いいえ、安心出来ました」
「安心ですか?」
「実は、怖かったのデス。もしかすると、ワタクシは既に何かを間違えてしまっていて、気づかないうちに取り返しのつかない事態を引き起こしているのではないかと」
「シアさんが?」
「ワタクシだって、普通の女の子デス。失敗もしますヨ」
「……確かに、そうですね」
「フフっ。そんなワタクシが、何か間違いを起こしてしまった時、アオイが止めてくれますか?」
「勿論です。その時は、僕がシアさんを止めます」
「ありがとうございマース!」
シアさんは、自分の頬に寄せていた僕の手を握り、自分の胸元に持っていくとギュッと抱きしめてくる。
柔らかい感触と共に伝わってきた温もりが、僕に安らぎを与えてくれた。
(不思議な感覚だ)
ただ、それだけを思いながら視線を向けると……そこには幸せそうな表情をしているカノジョがいる。
僕は、思わず見惚れてしまうのであった。




