6話
学校で美鈴さんから簡単な説明を受けた後、一旦解散となり、授業を終え、いつもどおり自宅へと帰宅する。
部屋に鞄を置き、自室のベッドの上で横になりながら手渡された冊子を眺めている。
……僕の隣には、佐久穂さんが当たり前の様にいて、僕の肩に頭を乗せながら器用に冊子を覗き込んでいる。
佐久穂さんの長い髪からはとても良い香りがして、少々気恥しい。
「へぇー。これが『祓魔師の心得』かー」
彼女はそう言いながら興味津々といった感じで、僕が読んでいる冊子に顔を寄せて来る。
ページを捲りながら二人で読んでいるせいか、距離が非常に近い。
佐久穂さんは僕に寄りかかる様にして一緒に読むのが楽しいらしく、終始ニコニコと笑っているので、僕もつい釣られてしまい、自然と笑みが零れる。
「んふ~♪」
彼女は上機嫌に鼻歌を歌い始める。そんな様子を見つつ、先を進めて行く。
"穢れ"とは、この数年で突如発生し、現れ始めた異形の存在。
その姿は様々で、化け物と呼ぶに相応しい姿をしているものもいれば、人型や動物に近い姿形をしているものもいる。
共通しているのは、"穢れ"は人の命を奪う存在である事。そして、その力を取り込み糧とする事が出来る者が稀に存在する事が確認出来た。
その者こそが『祓魔師』と呼ばれる者達。"穢れ"を浄化し、完全に滅する力を持つ者である。
「つまり、僕の腕を通じて取り込んだ光の粒子は、力を得たのと同時に、浄化作業でもあったわけだ」
「そうなると、アオイも何か力を使えるようになったりするんじゃない?」
佐久穂さんはそう言いながら僕の方へ顔を向けてくる。
「そうかもしれないね。でも、僕はまだ何も変化を感じていないんだけど」
「それを調べる為にも、明日は美鈴伯母さんの仕事場へ向かって身体調査をする予定だよ」
「……その話、初めて知ったんだけど?」
「急遽決まったんだってー。アオイの家へ来る前に、伯母さんからもう少し詳しく聞いてみたんだよ。そしたら、まずは健康診断も兼ねて調査するって言っていたから間違いないよ」
「なるほどなぁー」
「明日は休日で学校が休みだから、午前中に行く予定だよ」
「分かった。準備して待っておくよ」
「うん! よろしく!」
「……って、佐久穂さんも一緒に行くの?」
「当然! というかあの場に居合わせた人は例外なく受けなきゃいけないんだってさー」
「それもそっか、確かに佐久穂さんの身にもしもの事があったら大変だ」
「うっわー、なんか照れるなー」
「どうして?」
「だって、アオイはアタシの事を心配してくれてるんでしょ?」
彼女はそう言いながら僕に抱き着いてきた。全身から伝わる温もりと柔らかさに思わず頬を赤らめてしまう。
「心配するのは普通だと思うけど?」
僕の言葉に彼女は満面の笑みを浮かべると、更に強く抱きしめて来た。
「えへへ~。嬉しいなぁ。そう思ってくれる人が身近にいるだけで幸せになれるよね」
彼女は僕の首筋に顔を埋めたと思うと、そのまま甘えるように擦り付けている。
突然の行動に思わず変な声が出て恥ずかしい気持ちになったが、彼女は気にする様子もなく続けていく。
「あー、やっぱりアオイはいい匂いがする」
「汗臭いとか言わない?」
「全然。むしろいい香りすぎて困るぐらいかなぁ?」
「なんだそれ」
僕は彼女の言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。
―――――
目覚ましのアラーム音が部屋に鳴り響く。
昨日、佐久穂さんを自宅まで送り届けてから眠りについた僕は、普段よりも早く目覚める事が出来たようだ。
今日は健康診断を受ける日だ。着替えを済ませ、洗面所で顔を洗い、歯を磨く。
鏡を見ると、いつも通りの自分の姿が映る。
寝ぐせを直し、髪を整えた後、部屋に戻ってから小物を入れた鞄を手に取り、玄関へと向かう。
玄関では、既に支度を終えた佐久穂さんが待っていた。
「おはよ、佐久穂さん。朝に学校以外の場所で会うなんて不思議だね」
「おはよう! そうだねぇ~、いつもならまだ寝てるか、遅刻ギリギリかのどちらかだもんね」
そう言って、お互いに笑う。
「それじゃあ、今日の道案内を頼んでもいいかな?」
「うん! 任せて!」
外は雲一つない快晴で、太陽の光が眩しく感じる。
「暑いけど、晴れていて良かったよ」
「絶好の検査日和だよね!」
僕は隣で元気よく返事をする佐久穂さんと一緒に家を出て、美鈴さんがいる場所へと向かった。
―――――
「やぁ、二人とも。わざわざ来てくれてありがとう。迎えも出さずに急ですまなかったね」
通された先の部屋に、美鈴さんが椅子に座りながら僕達を出迎えてくれる。
美鈴さんが座っている向かい側には、机があり、そこにはパソコンが置かれている。
机の上には書類が山積みになっているが、それを片付ける事なく、こちらに向かって笑顔を見せてくれた。
「いえ、大丈夫です」
僕はそう答えながら美鈴さんに一礼する。
「とりあえず、そこに座ってもらえるかい? 話はそれからしようか」
僕達は美鈴さんの指示に従い、それぞれ席に着く。
「早速だが、君達の身体検査をさせてもらいたい。一日がかりの仕事になってしまうが、全て終わったら何か食べに行こう。勿論、私の奢りだ」
「分かりました」
僕と佐久穂さんは同時に答えると、美鈴さんは満足げにうなずき返した後、書類を漁り始める。
「あれぇ?」と言いながら首を傾げ、また違うファイルを開き始めると、「あっ、これだ!」と叫び、僕と佐久穂さんを交互に見る。
「先にどちらかからやろうと思っているのだが……」
「じゃあ、アタシの方からお願いします」
「では、瑠依ちゃんから始めようか。そこにある部屋の中に検査用の服が置いてあるから、着替えたらそのまま隣の部屋においで」
「はいはーい」
「それじゃあ、立科君。君は瑠依ちゃんが終わるまでの間、ここで待機していてくれ」
「はい、分かりました」
「よし、それじゃあさっそく瑠依ちゃんの身体調査を始めていこうか」