17話
「なっ!?」
「アアアァァァッ!」
突然の出来事に、僕と佐久穂さんは戸惑う。それは、イオも同じだったらしく、動きを止めていた。
いままで、"穢れ"が言葉を話す事は無かった筈だ。
「"穢れ"が……!」
「アオイ! イオ! 気を付けて! 様子がおかしいよ!」
すると、突如、"穢れ"は、天に吠えたかと思うと、僕達の方に視線を向けてくる。
明らかに敵意のある瞳で睨まれているのを感じ取った僕達は、咄嵯に歯を食いしばり、お腹へ力を込め、耐える。
「アオイ! いま喋ったよね!? アイツ!」
「はい! 間違いありません! でも、どうして急に……」
僕達が話している間に、"穢れ"は、ゆっくりと立ち上がる。
先程までの苦しみは消え失せ、腕に刺さっていた薙刀を抜き、放り投げ、今は怒りの感情が見て取れる。
「色々と考えたい事が山積みなんだけど、どうやらそうも言ってられないみたいだよ、瑠依」
「そうだね。まずは、こいつをどうにかしないと」
「先程の感じですと、"穢れ"は、僕達の話を理解出来る可能性があります」
「アタシ達の言葉を理解してるってこと? そんなのあり得るの?」
「正直、分かりません。ただ、発した言葉は、憎悪に満ちていました。少なくとも、今は自分達の身を護る事を最優先に考えた方が良いでしょう」
「了解! 一定距離を保ちながら最大限の警戒。睨み合い勝負ってとこかな?」
「そうですね。ある程度の体力が身に付いたとはいえ、持久戦は正直、苦手なのですが……」
「大丈夫! アタシがフォローしてあげるから!」
佐久穂さんの頼もしい言葉に励まされながらも、僕はゆっくりと佐久穂さんの隣に立つ。
ただでさえ、命懸けの戦いなのに、カノジョが隣で戦ってくれるという安心感は、計り知れない。
「アオイ! 来るよ!」
「はいっ!」
"穢れ"が、攻撃を仕掛けて来ようとしているのを感じた僕達は、お互いに声を掛け合いながら、左右に別れ、回避行動を取る。
直後、先程まで僕と佐久穂さんがいた場所には、拳が振り下ろされていた。
「さっきより速くなってるじゃん! どうすんの、アオイ!」
「瑠衣! 僕が合図をしたタイミングで、もう一度、力を貸してくれませんか!」
「オッケー! 今度は何をするつもりなの!?」
「瑠衣の薙刀を回収して、僕の力を込めてみます!」
「分かった! それならアタシに任せなさい!」
「お願いします!」
僕は、イオに目配せをし、カノジョに対して協力を仰ぐ。
佐久穂さんは、"穢れ"の動きに翻弄されながらも、回避に集中し続けてくれている。
イオも、佐久穂さんのサポートに回ろうと、駆け出す。
「イオ! 瑠衣の負担を軽くしてあげて!」
「ガウ!」
二人が作ってくれた時間に、僕は薙刀を回収。そして、力を注ぎ込む。
薙刀の輝きは増していくが、やはりというべきなのか、僕が使用している木刀とは、感覚が違う。
少なくとも、木刀ほど持続力は無さそうだが、重量も含めれば、威力は保証出来る。
「アオイー! 準備出来たー!?」
「出来ました! 今そちらに向かいます!」
佐久穂さんの声が聞こえたと同時に、僕は薙刀を構え、一気に距離を詰めていく。
片腕を無くした"穢れ"は、僕が接近してくる事に気づくと、残った腕でこちらへ攻撃を繰り出してきた。
「残念、本命はいうまでもなく!」
「アタシだよ!!」
僕は、迫りくる攻撃を避け、すれ違いざまに薙刀をカノジョに託すと、佐久穂さんはそのまま"穢れ"に向かって走る。
白銀に輝く薙刀を横なぎにし、"穢れ"の胴体に一閃を入れる佐久穂さん。
それは、僕に対して振りかざした腕まで届き、半分程の斬れ込みを負わせる。
そこへ、黒い影が飛んでくる。イオが歯を剥き出しにして腕に噛み付き、引き千切る。
「アアアァァ!!」
"穢れ"の悲鳴が響き渡る。
両腕を落とされ、胴体に一筋の傷跡を残した"穢れ"は、両膝をついた。
「瑠衣! 大丈夫ですか!?」
「問題ナシ! ただ、今のでまた薙刀がぁ……!」
佐久穂さんの持っていた薙刀は、"穢れ"の胴体の硬さと、僕の力に耐えきれなかったのか、刃の部分が完全に折れてしまっていた。
しかし、それでも、"穢れ"の身体には大きなダメージを与えており、苦しんでいる様子だが、姿形はまだ保ったままだ。
「ァァァ……ァァ……」
「……アタシ達だけで、なんとかなったって事だよね?」
「ええ。ですが、正直……」
この"穢れ"は、他の"穢れ"とは違い、僕達にも理解出来る言葉を発した。
それだけで知性がある決めつけるのは危険だが……。
「瑠衣、お願いが……」
「話しかけてみる? あの"穢れ"に」
「はい。最終的は、浄化をしなければなりませんから。その前に一言だけ」
「りょ! 念の為、もっかい木刀を借りてもいい? 後悔する様な事だけは避けたいから」
「僕もその様な事になるのだけは、ゴメンです。判断は瑠衣に任せます」
「任された!」
僕は、ゆっくりと"穢れ"に近付いていく。
以前出会った、動物の頭をした"穢れ"に向けた言葉を、再び唱える様に。
「貴方は何者ですか?」
「アァ……アァァ……アァァ……! コロスコロス……! コロサレタ……!」
「……!?」
「アノヒトガ……ワタシヲ……アタシヲ……」
"穢れ"は、僕の質問に答えようとはせず、怨恨の籠った声で呟く。
佐久穂さんとイオは、いつでも攻撃が出来る様、身構えている状態だ。
「アオイ、残念だけど、イオの様には……」
「はい。僕にしか出来ない事をやりましょう」
「そうだね。それが一番良いかも。あ、でも、無理しないでね。危なくなったらすぐに逃げて」
「ありがとうございます」
僕は、"穢れ"に近づき、胴体に手をかざす。
次第に、"穢れ"は光の粒子となり、僕の中へと吸い込まれていく。
それで終わるはずだった。
「オマエハダレダ! アタシニ、ナニガオキタ! ケサレルノカ! アタシハ、ナニカシタノカ! キエロ! キエロォ!! キエロォォォ!!!」
突如、"穢れ"の口から発せられる言葉は、どれも理解する事が出来ず、ただただ混乱し、恐怖を感じるだけだった。
しかし、"穢れ"から発せられた言葉は、どこかで聞いた事がある気がした。
『―――ちゃん』
誰だっただろう。とても大切な人だと思うのだが、思い出せない。
「アオイ! 下がって!!」
佐久穂さんの声に、ハッとする。気が付くと、"穢れ"の顔が目の前にあった。
マズイ!! せめてと思い、腕で頭を護ろうとしたその時、"穢れ"の頭が横にブレた。
遅れるようにして、乾いた音が、周りに響いた。
「油断大敵デスヨ、ミスター・タテシナ」
声の主に視線を向けると、そこには、修道服に身を包んだ女性の姿が、銃を構えていた。
あの人は……美鈴さんから写真を見せて頂いた、アレクシア・オタリーさんの姿があった。




