5話
「それじゃあ早速、話を進めようか」
佐久穂さんはそう言うと、再びソファに腰掛ける。
「さてと、どこから話をすれば良いものかね……」
顎に手を当てて少しの間考えていた佐久穂さん。こちらも気になる事があり、挙手をして発言する。
「質問、宜しいでしょうか?」
「構わないよ。ただし私の回答できる範囲でしか答えられないが……」
「佐久穂さんは、どういったご用事で学園まで来られたのですか? この様子だと謝罪をしに来ただけとは考えられなくて……」
僕の問いに、佐久穂さんと僕の顔を見ながら少し笑みを浮かべる。
「よく分かったね! その通り! 私は……の前に、立科君よ」
「なんでしょうか?」
「私の事は美鈴さんと呼びたまえ。私も瑠衣ちゃんも同じ佐久穂だから分かりづらいだろう?」
「ちょ! 私だってまだアオイに名前で呼ばれた事が無いのに! ズルい!」
「なら、今ここで立科君に呼ばせてみればいいじゃないか?」
佐久穂さん、改め美鈴さんは挑発するような言い方をして佐久穂さんを見据えている。
そんな彼女の態度に苛立った佐久穂さんがこちらを見つめてくる。
「……アオイ。私の名前を呼んでくれる……かな?」
「え!?」
「ほれ、頑張るんだぞ少年」
ニヤニヤとした顔で僕の事を茶化してくる美鈴さん。
佐久穂さんはじっとこちらを見ながら待っているが、その瞳からは期待と不安が入り混じったものが見える。
それは、日頃から見ている佐久穂さんの姿からは遠く離れ、自分の鼓動が高まるのを感じる。
僕は覚悟を決め、声を振り絞ろうとした瞬間、口元に柔らかな感触が当たる。僕よりも小さな佐久穂さんの掌であった。
「やっぱりダメ! こんな方法じゃなくて、きちんとアオイに名前を呼んでもらえるまで我慢する!」
頬を膨らませながらも真剣にそう言った彼女に思わず頬が緩む。
「我が姪ながら、メンドクサイ性格しているねぇ」
「うっさいよ! オバサン!」
「お姉さんと言いなさいって言ってるでしょうが!」
―――――
「良いものを見せてくれてありがとうよ」
美鈴さんはそう言いながらソファに座り直す。
「結局、何の話をしていたんですか?」
「ああ、そうだったそうだった。すっかり忘れるところだったよ」
佐久穂さんは苦笑いを浮かべながら、僕の方へ視線を向ける。
「実はだね、私はちょいとした組織に所属している者でね、昨日の出来事について聞き取りに来たのさ」
「組織? 警察とかではなくて?」
僕の言葉に美鈴さんは、頭を横に振る。
「私達もよくお世話になる相手ではあるけれど、違うね。もっと別の組織だよ」
「例えば?」
僕の問いかけに美鈴さんは腕を組んで考え込む。
「そうだなぁ……。政府公認の特別捜査機関と言えばいいのだろうか?」
「特別捜査? なんだかドラマか何かでよく聞く言葉ですね」
僕の言葉に美鈴さんは小さく笑う。
「その認識で間違っていないよ。"穢れ"と呼ばれる存在が現れた場合、速やかに対処する事を目的に設立された政府機関。それが我々だ」
「"穢れ"? もしかして僕達を襲ってきたあの黒い塊の事でしょうか?」
「うん。大正解!」
美鈴さんはそう言うと、両手を合わせて嬉しそうにしている。
何か疑問に感じたのだろうか、佐久穂さんが口を開く。
「美鈴伯母さん、それっていつから現れたのさ?」
「正確な時期は分からない。ただ、目撃者が現れ、被害が報告される様になったのは、ここ数年だ。日本だけでなく世界中で同時にな」
「世界中で同時期に現れるなんて、偶然にしては出来過ぎているような気がしますけど?」
「全く同意見だが、残念ながら証拠がない。それに、被害が出始めてから、各国の政府が秘密裏に調査を始めたのもまた同時期なんだ」
「つまり、確証のない状況で動き始めたという事ですか?」
「そういう事になるな」
「……これって聞かなかった方がいい話であったりしません?」
「まあ、知らない方が幸せな事もあるよね」
美鈴さんは悪戯っ子のような笑顔で僕に答える。
「残念ながら、立科君と瑠衣ちゃんは、"穢れ"と遭遇してしまった。しかも事前準備も無しで相手を倒すという快挙も成し遂げてくれたわけだ」
「倒したという表現は、正しいのか分かりかねますけど」
僕達はお互いに目を合わせると、苦笑した。
「それだけでなく、立科君に至っては、"穢れ"から力を取り込んでいる。これは大変興味深い」
美鈴さんは目を輝かせ、興奮している。
まるで科学者のようだと、僕と佐久穂さんが思ってしまったのも無理はないだろう。
「でも、特に身体の変化はありませんでしたよ?」
「噛み付かれた場所が、あっという間に治ったぐらいだよね?」
佐久穂さんと僕は、互いに顔を見て首を傾げる。
僕は腕の噛まれた箇所を再び確認してみたが、傷跡すらなく、痛みもなくなっていた。
僕の行動につられてか、佐久穂さんと美鈴さんも僕の方を向いて、噛まれた所を確認する。
「恐らく、君の取り込んだモノの力ではないかと考えているのだが……」
「あの"穢れ"が持っていた能力とかはないのでしょうか?」
美鈴さんに聞いてみると、少し考えた素振りを見せた後、ゆっくりと話し始めた。
「可能性としてはなくもない。だが、現状で断定はできないというのが結論となる。"穢れ"の能力に関しては研究中のものが多く、全てが判明している訳ではないんだ」
美鈴さんはソファに座り直した後、机の上に置いてあったお茶を一口飲む。
「それともう一つ、非常に申し訳ない事なのだが……」
先程までの明るさとは違い、真剣な眼差しを見せる美鈴さんに、僕は緊張する。
一体どんな事を言われるのだろうかと……。
「『祓魔師』として、立科君を勧誘したい」