9話
退席を促され、僕達は割り振られた部屋へと案内される。
室内に入ると、佐久穂さんが置かれてあるソファーへ真っ先に飛び込んで行く。
「やっと終わったー! 想像していたよりもずっと緊張したよ!」
「横目で見た限りだと、瑠衣は大丈夫そうだったじゃないですか」
「そうかな? そう見えた?」
「はい。見えます」
「そっかー! 良かった! イオ~おいでー」
佐久穂さんは両手を広げて、座るように誘っている。
イオはカノジョの真横に座り、カノジョの膝の上に頭を乗せて寝転がった。
「イオもよかったね! みんなに認められたよ! 頑張っていこうね!」
佐久穂さんは嬉しそうな笑みを浮かべ、イオの頭を撫でると、喉を鳴らしながら目を細め、気持ち良さげにしている。
「僕もこれで安心出来ました」
「ふふんっ! もっと褒めてくれても構わないのだよ?」
佐久穂さんは得意気に鼻を鳴らすと、僕に向かって手招きをしている。
僕はカノジョに近付くが、いきなり手を引かれてあれよあれよという間に、イオと同じ体勢になっていた。
「アオイにも、頑張ったご褒美! ほら、遠慮せずに甘えていいんだよ?」
隣にはイオ。真上にはカノジョの顔があり、視界一杯に佐久穂さんの笑顔が映る。
いわゆる、膝枕という状態になっているのだが、これはどうしたものだろうか……。
僕の悩みを他所に、佐久穂さんは楽しげに語り掛けてくる。
イオも同じように感じているらしく、僕達の様子を見つめながら、首を傾げるばかりであった。
「ようやくアオイに仕返しが出来た! ふふっ、やったぞっ!」
「仕返されてたんですか。僕」
「そうですとも。あれだけアタシばかり恥ずかしい思いをさせておいて、何もない訳がないじゃないか!」
「すみません。今日に限っては、思い当たる節が多すぎて」
「むぅ。そこは嘘でも否定して欲しいところなんだけど」
僕の頬をツンツンと突く指先からは温もりが伝わり、少しばかりの照れ臭さが込み上げてきた。
しかし、いつまでもこのままでは居られない。僕は起き上がると、佐久穂さんから少しだけ距離を取った。
「……照れてる。可愛い」
「可愛いって言われると、男としては複雑ですね……」
ただでさえ恥ずかしさを覚えているというのに、「可愛い」と言われると余計に意識してしまうものだから不思議だ。
「アオイのそういうところは、アタシは好きだし、一緒にいて楽しいんだけどなぁ。もちろん、それだけじゃないけどさ」
カノジョが悪戯っぽい顔でこちらを見ているのが分かり、自分でも分かる程の溜息を吐いた。
そうしていると、部屋の扉からノックの音が聞こえ、東御先生の声が聞こえる。
佐久穂さんが声をかけ、扉が開かれる。
「二人共、大丈夫か?」
「慣れない事で、少し疲れました」
「アタシもー、お腹空いたかも」
「緊張が解けて、空腹を感じる様になったんだろう。もうじき夕食の時間だが……」
東御先生は腕を組み、何かを考える素振りを見せると、口を開いた。
「外出するのは難しいかもしれない。二人に会おうとするお客様が多い」
「僕達に……ですか?」
「言葉通りさ、佐久穂先生が相手をして下さっているのだが、簡単に引き下がらない者もいるみたいでな」
「それって、やっぱりアオイの力が関係しているんですか?」
「そうだ……とも、言い切れない。佐久穂、君を目当てにやってきた者も居る」
「へっ? アタシ!? ナンデ!?」
「佐久穂さんであれば、何となく理由が分かるような気がします」
「知らぬは本人ばかりか。普段、学園生活を見ていれば、気が付かないのも無理はない」
「ちょっと! 二人で納得しないで、教えてよ!」
東御先生と頷き合っていると、佐久穂さんが不満気に声をかけてきたが、僕達は揃って視線を逸らす事で答えとした。
すると、再び扉からノックの音が聞こえ、小海さんの声が聞こえた。
「失礼しま……あ、皆さん、こちらにいらっしゃいましたか」
「ゆーこさーん、聞いてよー。アオイとセンセーが、アタシをのけ者にするんだー!」
「まあまあ、佐久穂さん。落ち着いて下さい。きっと立科くんも、特別顧問も、考えが有ったんですよ」
「そうかな?」
「そうですよ。だから、そんなに拗ねないであげて。イオちゃんも困っているわ」
「うー。分かった」
小海さんの慰めの言葉を聞き入れ、佐久穂さんは渋々といった様子で承諾する。
そしてもう一人の人物に、視線が集まる。
「二人共、相変わらずだな」
「あっ、試験官のお兄さん!」
「佐久穂君、今の呼び方は点数が高い。忘れない様、しっかりと復習しておくように」
「ありがとうございます! ……ます?」
「あら? いらしたんですか、麻績村さん」
「や、小海君。今日も手厳しい言葉を投げかけるね」
「麻績村さんの内面を知れば、誰しもがこうなると思いますが」
「ははは。それは照れるな」
小海さんは呆れた様に肩を落とし、ため息を漏らした。
「その前に、自己紹介をお願いしてもいいかしら? 特別顧問とは既に何度も顔合わせをして、お互いに面識がありますけれど、お二人にはまだでしょう?」
「それもそうだな。では……」
麻績村さんと呼ばれた試験官の男性は、軽く咳払いをする。
「改めまして、麻績村龍一と言います。これからよろしく頼むよ、立科君、佐久穂君。私の事は気軽に呼んでくれて構わない」
「わかりました! じゃあ……オミー? リューイチ?」
「どちらも捨てがたいが、佐久穂君の好きな方で呼ぶと良い」
「佐久穂さん。麻績村さんに愛称なんて勿体ないわ。それに、名前で呼ぶのは立科くんだけにしておきなさい。男の子も意外と嫉妬深いから」
「そうだぞ。同期にこんな可愛らしい子がいるなんて、羨ましい限りだ」
「麻績村さんが、佐久穂さんからお兄さんと呼ばれた時は、良いなぁと思いました」
「あのー、ここはアタシが、きゃーとか、アオイもそうなんだーとか、言うべき展開だと思うんですけど……」
「いえ、遠慮して貰って結構です」
「ふふっ。残念だったな、佐久穂君」
「くっそー! なんか負けた気分だー!」
佐久穂さんはソファーの上で手足をバタつかせて、悔しさを露にしているようだ。
東御先生は、苦笑い。イオは、少しばかり困り顔を浮かべている。




