2話
授業を終えて休み時間になると、隣人の佐久穂さんは、机にうつ伏せになっていた。
そのままの状態で腕を伸ばし、前の席にいる女子生徒にちょっかいを出していたが、軽くあしらわれてる。
「るーいー、私じゃなくて立科くんに構って貰った方がいいんじゃない?」
「えー、別にそんな事ないしー」
「はいはい、そういう事にしておくね」
「なんだよーそれぇー」
佐久穂さんは、不満げに唇を尖らせていたが、すぐにいつもどおりに戻ったようだ。
相手もそれを理解している様で、特に気にせず会話を続けている。
「だってさー、アオイがさー」
「なに? 立科くんがどうしたの?」
「アタシの事をナカナカ名前呼びしないんだよー。何が原因だっていうんだよー。ねえ、どう思う?」
「さあ? なんでしょうねぇー」
佐久穂さんが話を振れば、相手は今更何を言っているんだという態度で答え、佐久穂さんは拗ねるという流れを繰り返す。
「んもう! 聞いてよ!」
「ちゃんと聞いてますよー」
「ぶぅ」
「ほら、膨れないの。可愛い顔が台無しだよ」
「可愛くするもん」
「そうしたら、隣にいる立科くんに魅せてあげないと」
「うん、分かった!」
相手の言葉通り、佐久穂さんは、隣の僕に視線を向けて、ニカッと笑う。その眩しい表情に、僕もつられて笑い返す。
すると、カノジョは「にししっ」と八重歯を見せてから、正面の相手に向き直る。
「って! いないし! 謀られた!」
うつ伏せ状態にも関わらず、表現豊かに叫ぶ佐久穂さん。その言葉は僕の耳にも届いており、思わず吹き出しそうになる。
佐久穂さんは体を起こすと、僕を見て「アタシ、怒っています」といった感じに睨んできた。
「ちょっと、そこ。何をニヤついているんですかね!」
「い、いえ、何でもありません」
「嘘つけ! 明らかに何かありますって感じの顔だったぞ!」
僕の顔を覗き込みながら、指を突き付けてくる佐久穂さん。
その指から逃れる様に体を反らす。すると、カノジョは更に追及してくる。
「ほらほら、吐け吐けっ! 吐かないと身体が二つ折りになるぞっ!」
「一体どんな脅しなんですか! 本当に大した話じゃないんですよ。佐久穂さんが言ってるみたいに、名前が中々呼べなかっただけです」
「なるほど。つまりアレですか。アタシを瑠衣と呼ぶ時に、少し照れちゃう的な?」
「そんな感じです。って今朝も似た様な会話をしましたよね?」
「こういうのは何度やってもいいの!」
「さいですか」
僕が呆れた表情をすると、佐久穂さんは得意気な様子を見せた。
「そういえばさ、放課後は久しぶりに部室に集まるんだよね? 試験後は完全休養だからってお昼ご飯の時も使えなくて寂しかったなぁ」
「身体中がボロボロで、しばらくは登校するだけも大変でしたからね」
「アオイを突っつくと、反応が凄く面白いんだけど、アオイ成分の摂取過剰限界を迎えて気絶しそうになる」
「僕にそんな成分はありません」
そんなやりとりをしながら、僕は窓の方へと視線を向ける。
季節は梅雨を終え、真夏の日差しが降り注ぐ。僕達の姿も、中間服から夏服へと変わりつつあった。
佐久穂さんはすっかり夏仕様。半袖のシャツから見える二の腕が綺麗なラインを描き、スカートからは白い脚が伸びている。
ただでさえ目を引くスタイルなのに、カノジョが元気に動き回るものだから余計に目立つのだけど、本人はいたって平然としている。
無自覚は時に、周囲の男性陣が目のやり場に困る原因になっているのだが、本人には届かない。
……本当に無自覚なのだろうか?
「う~ん、今日は暑いなー。もう少しネクタイ緩めようかなぁ」
「そういえば、佐久穂さんはネクタイを使用しているんですね。リボンではないのですか?」
「んー、最初は使ってたけれど、窮屈だったから止めた」
そう言いながら佐久穂さんは、ネクタイを緩めると、腕を上に挙げて背伸びをした。
口から漏れる吐息と、カノジョの鎖骨がチラリと覗くその姿は、男性陣の……いや、女性陣からも注目を集める事だろう。
佐久穂さんは、背伸びを終えてこちらを向くなり、首を傾げる。
「どったの? アタシに見惚れた?」
「そうですね。見惚れてはいましたが、今は別の事を考えていました」
「ほほぉー、一応聞くね。ナ・ン・デ、こんな時に別の事を考えていたのか、アタシに教えてくれませんか?」
佐久穂さんは、僕をジトッとした眼つきで見ると、腕を組んで頬をぷっくりと膨らませた。その様子が可愛くて仕方がない。
しかし、これ以上不機嫌にさせる訳にもいかない為、素直に白状する事にした。
「佐久穂さんの制服姿について考えておりました」
「アタシの?」
「はい。よく似合っているなと思いまして」
「あ、ありがと。そっかぁ、制服姿が馴染んで来たのかぁ」
カノジョは嬉しげな表情を浮かべていると、不意に立ち上がり、僕に魅せ付けるように、その場でクルっと回ってみせた。
「どうっ? どうかなっ? 似合ってる? 可愛い?」
「はい。とても可愛らしいですよ」
「でしょでしょ! いやぁ、アタシの制服姿に心奪われちゃうなんて、アオイも男の子だねぇ!」
佐久穂さんは、僕の前でくるり、くるりと何度も回り、その都度ポーズを決めて感想を求めてきた。
そんなカノジョに正直な気持ちを伝えると、満足してくれたようだ。




