33話
お昼休みが始まると、佐久穂さんが僕の鞄からお弁当を取り出して、声を掛けてくる。
「アオイ、一緒に食べよ!」
「うん、分かった」
筆記試験を行った部屋を借りて、僕達は机の上に広げた昼食を摂る。
「う~ん。やっぱりアオイの料理は美味しいね!」
「そうですか? ありがとうございます」
「いつもの様に、お腹一杯食べたいのになぁ」
「この後は、実技試験もありますからね。腹八分目が良いですよ」
「そうだよね。う~、我慢だ、アタシ!!」
はむはむはぐはぐと、僕の作った唐揚げを口に運んでいく佐久穂さんは、とても幸せそうに食事を進めていた。僕はその様子を眺めながら、彼女と一緒に過ごす日々を噛み締めていた。
そんな時、扉が開かれて入って来た人物は、東御先生であった。
「あ! センセーだ!」
「二人共、手応えはどうだ?」
「ダイジョーブ! アオイは?」
「何とかなりそうかな」
「そうか、よかったな」
僕と佐久穂さんの頭にポンッと手を乗せる。見上げるとそこには、優しく笑みを浮かべる東御先生の顔があった。
「次はいよいよ実技試験だ。そちらでは、私と佐久穂先生が直接見守る事が出来るそうだ。試験中は口を開く事を禁じられているがね」
「わかりました!」
よしよしと言いながら頭を撫でてくれるのだが、これは果たして子供扱いされているのではないのかな……。でも、悪い気分にはならない。不思議だけどね。
あれこれ考えているうちに、時間は過ぎていく。やがて午後の試験開始時刻となると、僕達は、案内された試験会場へと向かう事になったのである。
―――――
エレベーターに乗り込み、地下へと連れて行かれる。
ここは僕らが美鈴さんに連れられた、『祓魔師』の鍛錬場。そして今から行われる実技試験の場所でもある。
「少し緊張してきました。佐久穂さんは?」
「うぅ……。実はね、結構緊張しているんだ」
「そうだったんだね」
「だってさー、これからどんな人が相手になるか分からないじゃん? どんな戦い方する人なのかとか、全く知らないしさ」
「確かにそうだよね」
隣に立つ佐久穂さんは、そわそわしっぱなしであった為か落ち着きがなく、キョロキョロと周りを見渡しながら歩いている。
先程から何度も話しかけてきているのだが、会話が弾まない。どうしたものかと困っていると、目的の部屋の前に辿り着く。
佐久穂さんが先にノックをし、返事を待ってから室内に入ると、「どうぞ」との声が聞こえたので、僕もそれに従う様に後に続くと、部屋の中にいた人物は、筆記試験の時にいた男性であった。
「お待たせしましたね」
「い、いえ。よろしくお願い致します」
「それでは、実技試験について簡単な説明をさせていただきます」
「はい」
「まず初めに、この試験は戦闘における技術や、能力の高さ等を確かめる為に行う試験です。よって、試験官である私と戦う形となります。今回は二対一……いや、立科さんの力を使われれば三対一になるでしょうか」
「あの、一つよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「イオ……僕の力から生み出された子を使用しても良いのですか?」
「勿論です。貴方は、『祓魔師』になる為にここにいるのです。持てる力をここで使わずに、いつ使うというのですか」
「……ありがとうございます」
僕は深く頭を下げた。そして腕に力を集中し、彼女に呼び掛ける。
「出ておいで、イオ」
その言葉と同時に、腕の先から光が放たれ、それが収束すると一匹の狼が姿を現す。漆黒の毛並みは綺麗であり、凛々しい顔立ちをしている彼女は僕と目が合うと、嬉しそうに大きな声で鳴く。
「……なるほど。話は伺っておりましたが、これが貴方の力ですか。想像以上に興味深いですね」
「ありがとうございます。僕の大切な家族ですので。それと……」
「はい?」
「僕と佐久穂さん、そしてイオの力で全力を尽くし、勝ちます」
僕は真っ直ぐに彼の瞳を見る。
その表情は、僕の考えを汲み取ってくれたらしく、口角を上げながら口を開いた。
「分かりました。貴方達の全力を受け止めましょう。ですが……簡単に勝たせるつもりはありませんよ?」
その返答を聞いた僕は、ゆっくりと深呼吸を行い、気持ちを落ち着かせる。
武器を用意する様にと言われ、僕は日頃から使用していた木刀を用意した。佐久穂さんの薙刀も、刃が潰された物となっている。
試験官は、腰に携えた長剣を引き抜き、軽く素振りをした。
僕は、佐久穂さんと顔を合わせると、互いに笑い合いながらも、気を引き締める。
『始め!!』
その掛け声と共に、僕と佐久穂さんは走り出す。
僕達の動きを予測していたのか、即座に間合いを詰めて来た試験官は、鋭い一撃を放ってくる。それを防ごうとした佐久穂さんであったが、予想以上の力強さに、そのまま後方へ弾き飛ばされてしまう。
しかし、吹き飛びつつも、すぐに体勢を立て直すと、佐久穂さんは薙ぎ払いを繰り出し、反撃を仕掛ける。だが、それは容易に回避されてしまい、逆に隙を作ってしまう結果となってしまった。
そこに、追撃が迫る。僕は力を集中させ、佐久穂さんの前に土の盾を作り出した。佐久穂さんを守るように現れた土の盾は、追撃を受け止め、地面に落ちる。
その間に佐久穂さんは一旦後退し、僕の後ろへ素早く移動した。
「ありがとう!」
「いいえ! まだ始まったばかりです!」
「分かってる!」
佐久穂さんは僕の背中をポンと叩くと、再び試験官に攻撃を仕掛ける。僕はそんな佐久穂さんに攻撃が当たらないよう、彼女の前にも防御壁を作り出す。
佐久穂さんは、自身の身体を回転させながら勢いを付け、回転切りを繰り出す。
試験管は、難なく攻撃を受け止めるも、佐久穂さんは続けて連撃を放ち、着実にダメージを与えていく。
佐久穂さんの猛攻は続き、試験官は押されていた。
「なかなかやりますね」
「ふふん! とーみセンセーに鍛えられているんだからね!!」
「ほう、あの特別顧問の方が。ならば、これはどうでしょう」
そう言うと試験官は、佐久穂さんの攻撃を防ぐと、その反動を利用して距離を取る。しかし、折角のチャンスを無駄にする気はない。
「イオ! 行くよ!」
僕の掛け声と共に、駆け出すイオ。彼女はその速度を活かして、地面を蹴ると一直線に飛んでいく。
負けじと追い掛けて、佐久穂さんは僕と入れ替わりになると、背後に回り込みながら試験官に襲い掛かる。
イオの攻撃を受け流しつつ、僕と佐久穂さんの攻撃を、紙一重で避ける試験官は、余裕のある笑みを浮かべていた。
「くっ!」
「アオイ! 大丈夫!?」
「問題ない!」
佐久穂さんの心配に答えつつ、僕達は同時に動き出し、試験官に仕掛ける。それと同調するかの様に、試験官が振るう斬撃は、僕らを翻弄するかの様に繰り出され、次々と迫り来る。
僕達は何とか受け流すも、時折直撃を受けそうになる場面もあり、後退を迫られた。
「その判断は正解です」
「ありがとうございます!」
佐久穂さんは、試験官の言葉を聞き、小さく笑った。
「褒めてくれているみたいだよ? 私達が少しずつ強くなっているのを認めてくれたのかな?」
「そうだったら嬉しいな。僕もそう思いたい」
「そうだね!」
視線は試験官に向けたまま、隣にいる佐久穂さんの言葉に同意する。そうしている間にも、今度は試験官から僕達に斬り掛かってきていたのだ。
「では、そろそろ私も攻めさせて頂こうか」
そう言って笑うと彼は踏み込んできて――速い!! 僕は咄嵯の判断で前に出て、試験官の一撃を受け止める事が出来たものの、凄まじい威力だ。
「なるほど、これが立科さんの力を注いだ木刀の力ですか。大変美しく、そして硬い」
「ぐ……ッ。そうですよ。これでも受け流しきれないとは」
「いえ、素晴らしい反応でしたが、まだ私の敵ではありません」
「その言葉、そっくりお返しします」
僕の一言に、試験官は僅かに眉を潜めたが、すぐさま切り替えて僕に肉薄する。
連続で打ち出される突きに、対応しようと身構えるも、試験官は一歩だけ下がりながら、横なぎの動作を行う。その瞬間、僕が持っていた木刀は弾かれ、宙を舞っていた。
(まずい!)
反射的に後ろに下がるものの、既に遅かった。その僅かな差を埋めるかのように、目の前まで迫ってきた刃が振り下される。
だが、飛び出してきた佐久穂さんが、僕に襲いかかろうとしていた試験官の剣に自分の得物を絡め、軌道を変える事に成功した。
イオが追撃を行い、試験官の脇腹を捉えるが、それを受け流された後に距離を取られてしまったのである。
「ありがとうございます、佐久穂さん」
「怪我は無い?」
「はい。佐久穂さんのおかげで」
「良かった」
佐久穂さんは笑顔で僕に告げた。すると、試験官は佐久穂さんを見て、口を開く。
「先程の連携は見事でした。正直に言いましょう。一介の学生である貴方達が限られた時間でここまでの成長を見せる事は、とても喜ばしい出来事であります。それ故に私は、手加減を致しません」
そう話すと、彼からは先程までの柔らかな雰囲気が消え去り、纏っている空気が変わったのである。
「本気で戦わせて貰います」
僕は唾を飲み込むと、佐久穂さんと顔を見合わせ、お互いの表情を確認し合った。
佐久穂さんの顔には、不安の色が見える。それも当然だろう。今までの戦闘ですらギリギリの戦いであったのだから。だが、今は違う。僕は佐久穂さんの手を握り締める。
「アオイ?」
不思議そうな顔をしながら僕の方を見る佐久穂さんに、僕は優しく笑い掛ける。
「佐久穂さん、ここが正念場です。僕に力を貸して下さい!」
「……うん!!」
僕の問いに力強く返事をしてくれた佐久穂さん。お互いの意思確認が出来たところで手を離し、イオに語り掛ける。
「さあ、行くよ。佐久穂さんを全力で守るぞ!」
『ウォン!!』
最初に佐久穂さんが、試験官と相対する。
先ずは佐久穂さんが先手を取り、薙ぎ払いを放つが、それを簡単に避け、試験官は佐久穂さんに反撃の一撃を繰り出してくる。
しかし、それは佐久穂さんが狙って行った行動だ。
「そこ!!」
佐久穂さんが薙ぎ払いを行った直後、逆手に握る。その攻撃は、試験官に避けられてしまい空を切るのだが、僕は佐久穂さんの動きに合わせ、佐久穂さんの背後から接近して、そのまま薙ぎ払いを放った。
僕の薙ぎ払いは、佐久穂さんに意識を向けていた試験官に見事に命中。その隙を逃さず、イオが跳躍し、上空より体当たりを繰り出す。
イオの突進をまともに受けた試験官は、後方へと吹き飛ばされ、体勢が崩れる。そのタイミングを狙い済ました様に、佐久穂さんが試験官へ飛び掛かり、追撃を仕掛ける。
「せいやぁああ!!!」
気合の入った声を上げながら、佐久穂さんは試験官に攻撃を加えるが、寸での所で回避されてしまう。だが、それでも佐久穂さんの攻撃は止まらない。
佐久穂さんが攻撃を繰り出す度に、試験官に回避行動を取らせ、距離を取らせる事で、佐久穂さんは確実に相手の体力を奪っていく。僕と佐久穂さんが繰り出す連撃により、試験官は徐々に追い込まれていった。
「素晴らしい……! 流石です!!」
「ありがとうございます!!」
佐久穂さんは嬉々として攻撃を続けていく。その様子を見た試験官も負けじと応対するも、徐々に傷を負い始めていく。
だが、僕達も無傷という訳ではなかった。イオは佐久穂さんを守る為にも必死になり、その身体に無数の傷を負っている。しかし、佐久穂さんのフォローに徹しているのもあって、そこまで酷い状態ではない。
佐久穂さんも持ち前の体力で試験官を追い込んでいるが、やはり決定打に欠けるようだ。
問題は、僕だ。佐久穂さんを守る為に土の盾を使用し、共に攻撃を仕掛け、イオに力を供給している今の状態は、明らかに限界を超えての行動をしている。
僕自身、こんなに長時間の発動は初めてである。しかし、僕の中で何かが訴えているのだ。もっと動ける筈だと。
僕が倒れれば終わりだという事も理解している。だからこそ歯痒かった。
僕が佐久穂さんのように、強ければ……。――そんな時だった。
突如、佐久穂さんが僕達の前から姿を消す。いや、正確には地面に転がったのだ。その光景を見ていた僕の隙を逃さまいと、試験官が仕掛けてきたのだ。
防御態勢を取るが、間に合わない。その瞬間、腹部に衝撃が走る。何が起こったのか分からなかった。
気が付けば床に倒れ込み、痛みが襲い掛かる。しかし、このままでいる訳にはいかない!
僕は必死に立ち上がり、木刀を構える。
「まだ、終わっていない!!」
「その意気や良し!」
近付いてくる試験官。彼の表情は何処か満足げだった。
僕と佐久穂さんは、二人とも満身創痍で、いつ倒されてもおかしくない状態だ。イオに任せるべきか? いや、最後はやはり全員で乗り越えなければ駄目だ。
佐久穂さんは、僕を信じて最後まで戦い抜く覚悟を決めてくれた。僕も佐久穂さんを信じる。イオの瞳も諦めてはいない。
息を吐き出し、試験官の次の行動を警戒していたその時――佐久穂さんの声が聞こえた。
「――私はまだやれる。アオイを守って、絶対に勝つ!!」
「……ッ!?」
佐久穂さんはそう叫ぶと、地面を蹴ると、勢い良く試験官に向かって走り出した。
(もう時間がない……迷うな! こうなったら短期決戦しかない! 一気に勝負を決める!!)
「行きます!!」
「……良いでしょう」
佐久穂さんが試験官に迫るが、試験官は迎え撃つつもりのようだ。
彼女は試験官の間合いに入ると、追撃態勢に入る。試験官の動作を確認した佐久穂さんは、その動作に合わせて跳び、その動作を補助するように僕とイオも同時に動き出す。
佐久穂さんが薙刀で横なぎの動作を行うと見せ掛け、一歩前に踏み込んだ瞬間、佐久穂さんはしゃがみ込むと、足を払う動作を行うも――これは囮! 本命は試験官の足元を潜り抜け、背後に回り込むことにあった。
「はああっ!!」
佐久穂さんは気迫の籠った雄叫びを上げると、試験官の背に拳を喰い込ませる。
試験官は呼吸を詰まらせながらも、即座に振り返り、佐久穂さんを迎撃しようとしたのだが、既に佐久穂さんは離脱しており、僕とイオが動く番となっていた。
「おぉおおおっ!!」
『ガァアアッ!!』
僕の渾身の一振りが試験官の胴に吸い込まれ、イオもその一撃に合わせるように爪を振り下ろした。
試験管の口から苦悶に満ちた声が漏れ、試験官はその場に膝をつくように崩れ落ちた。
僕は安堵した表情を浮かべながら、その場に立ち尽くす。すると、佐久穂さんがこちらに飛び込む様に抱きついてきた。
彼女の顔は笑っていた。それは単純な勝利の喜びではなく、僕達が協力した結果を得られた事に対する嬉しさが混ざっているように見えた。
「やったね、アオイ! 凄く格好良かったよ!」
佐久穂さんの言葉に返事をしたいが、上手く口が動かない。それ程までに、僕の身体は疲労していた。
それでも彼女に伝えたい。僕を抱きしめてくれた佐久穂さんに。
残る力を振り絞り、僕は彼女を引き寄せ、力一杯その華奢な体を腕の中に閉じ込める。突然の出来事で、驚いた表情をする佐久穂さん。僕は構わず言葉を続けた。
「あり……がとう、佐久穂さん。君のおかげで勝てました……」
「うん。うん! 私の方こそ、ありがとう! 本当にありがとう!」
泣きじゃくりながらも感謝の言葉を伝えてくれる佐久穂さん。僕は優しく佐久穂さんの頭を撫でた。
佐久穂さんは僕の胸に顔を押し付けて涙を流した。
その姿に、僕の胸は締め付けられる。
21時にも
次回で一区切りとなります




