25話
東御先生の厳しい訓練、美鈴さんからは頭がパンクしそうな情報量を詰め込まれた僕達は、帰りの電車の中でグッタリとしていた。
「あぁ……もうダメだ……。アオイのお家に帰ってアオイ成分豊富なお布団に潜り込んでアオイと一緒に寝るんだ……」
「佐久穂さんが物凄くお疲れなのは理解出来ましたが、ご自宅にお帰り下さい」
「アオイが冷たいっ!! もう少しアタシの心配をしてくれても良いと思うの!!」
「僕は筋肉痛でちょっと余裕がありません。あと、正直言って眠くて瞼が閉じそうです。帰ったらすぐに休まないといけないレベルで」
僕がそう呟くように伝える。すると佐久穂さんがニヤリとして――。
「ほほぉ~、つまり、私の膝枕が欲しいと言う訳ですね?」
「今なら素直に、"はい"と答えますが、電車の中ですからね。我慢します」
「……えーっと、アオイがデレ期突入中? なんかめっちゃ嬉しくて可愛い。写真を撮ろう」
「や、やめい」
カシャッと音が聞こえたので、スマホを取り上げようとするが、避けられてしまう。日頃使わない筋肉をフル稼働したせいで、お年寄りの様な速度でしか動けないのだから無理はない。
「消さないからね? 絶対に残しておくから!」
「何の為にですか!」
「そりゃ、アタシの心にあるアオイ専用フォルダに入れる為ですけど、何か?」
「また新しい言葉が生まれた……出来れば消して下さいね?」
「ふーんだ。そんなの知った事かー」
「開きなおりましたか……」
僕は呆れ顔を見せながら、佐久穂さんを見る。彼女は悪戯っぽく笑いながら、自分の太股をポンと叩いている。
「どうぞ?」
「いや、あの、確かに僕達以外にお客さんはいませんけど、ここは公共の場ですよ?」
「誰も見てないから良いじゃん。はい、早く早く」
「……」
佐久穂さんが急かす。彼女の瞳が期待の色に染まっていて断れない。それに、なんだかんだと拒否してみたところで、「はーやーくぅー」と甘えた声で言われてしまえば、逆らう事など出来やしない。結局は折れることになるのだ。
肩が触れる程の距離にいた彼女から少しだけ離れ、覚悟を決めて佐久穂さんの太股に頬を近づける。
頬と肌が触れる瞬間に感じる柔らかさと温かさ。
佐久穂さんの脚は細く見えるのだが、意外と肉付きが良くとても柔らかい。肌もスベスベしている。何よりも女性特有の甘い匂いと、訓練をしてきたから汗の匂いが交じり合って鼻腔を刺激する。その香りが脳を刺激し、クラクラしてしまう。
「アオイの顔が真っ赤だ。それに……目がトロンとしている」
「仕方ないじゃないですか。膝枕をしてもらうなんて初めてなんですし、この距離ですよ。平常心を保つのは難しいんです」
「うーん……その気持ちは分かる。私もドキドキしてるし、落ち着かないし、恥ずかしいし。でも、それ以上にアオイの体温を感じられるのが嬉しい」
「そう言われると……照れます」
「アオイが可愛すぎるのが悪い!」
「僕のせい!?」
「そうそう。もっと自覚してよねー。あ、言い忘れてた」
「このタイミングで何でしょうか?」
「お疲れ様」
佐久穂さんが僕の頭に手を添えると、優しく髪を撫でてくれる。それが心地よく感じ、自然と目を細めた。
「うん、ありがと。佐久穂さんこそ、お疲れ様でした」
「うんむ。お互い、良い勉強になったね!」
佐久穂さんが僕の頭を引き寄せて、ギュウと抱きしめてくれた。
僕の視界は通路側にあるので、佐久穂さんの表情は分からなかったけど、後頭部にはお腹らしき部分が当たっている。
抱きしめられたという事は、言うまでもなくもう片方の頬には、佐久穂さんのご立派なお胸が乗っかっていたりするわけである。
「あ、あの、佐久穂さん? 素敵な感触に挟まれて幸せな気分なのですけど……これは一体どういう状況なのでしょう?」
「ふっふっふー、これぞ必殺、幸せのサンドイッチ攻撃である! アオイに逃げ場は無し! 観念するがいい!!」
「は、計ったな! 策士め! 効果は抜群ですよ!」
「へへん! アオイを悶絶させる為に考えた技である! さぁ、存分に堪能するが良い! その代りに……もう少しだけこうしててもいい?」
「……もちろんですよ、佐久穂さん」
僕は佐久穂さんにそう答えるのであった。
佐久穂さんは僕の頭を撫でながら、優しい声色で囁いてくる。まるで子守唄のように、僕の意識が遠退いていくのだった。




