22話
僕が言葉を発するよりも先に、東御先生が動き出す。立て掛けてあった木刀を素早く手に取ると、一直線に漆黒の狼に向かっていった。
そして鋭い一撃で薙ぎ払う様に振り下ろす。それを軽やかに避けた漆黒の狼は、距離を取るべく後方に跳躍した。
漆黒の狼の動きに反応したのは東御先生だけでは無かった。佐久穂さんの両手には薙刀が握られており、威嚇するかの様に低い姿勢のまま、ゆっくりと前に足を進めていく。
二人の行動を見て、僕の身体にも自然と力が入ってしまう。だが、東御先生はそんな僕らを手で制し、何もするなと言う。
僕達が動かなくなったのを確認すると、東御先生は一人で前に出る為、歩き始めた。
そして一歩ずつ近付いていくのだが……なんだろう? その光景を見た瞬間に感じた違和感。それが一体何なのか分からずモヤっとしたものが胸に引っかかった様な感覚に陥る。
二人は対峙し、睨み合う形になった。東御先生は目の前の相手に対し、冷静に観察をしている。漆黒の狼も同じような印象を受ける。二人の間には緊迫感が流れており、どちらも動かない。
その時であった、美鈴さんが口を開いたのは。
「はいはい、ストップ。それ以上近づくの禁止。今すぐにね」
「佐久穂先生! 目の前にいるのは、貴女から教えられた"穢れ"のはずです。なのに何故、攻撃を止めるのです!」
「その子が本当に、"穢れ"であれば、止めやしないよ。でも、この子は違う。立科君の力から生まれた存在。つまりは、"穢れ"ではないんだよ。私達の敵じゃない」
「でも! あの時、アタシ達を襲い、アオイに噛み付いてきた"穢れ"とソックリだよ! ねぇ、そうだよね!?」
"穢れ"と呼ばれた事に腹を立てたのか、漆黒の狼は敵意剥き出しの態度を取り始める。しかし、美鈴さんはそれに臆する事なく、諭すように話を続けた。
「立科君、そこにいる子に見覚えはあるのかね?」
「はい、佐久穂さんの言うとおり、僕達を襲い掛かってきた"穢れ"によく似ています」
僕はそう答えると、改めて漆黒の狼を見つめてみる。
佐久穂さんと遭遇した時に見た、全身を漆黒で覆う胴体、真紅の瞳、間違いなくあの"穢れ"ではあるのだが、僕の本能的な部分が、何か違うと感じるのだ。アレらとは何かが決定的に異なっていると。
ふとした事に気付いた。この漆黒の狼からは、禍々しいオーラや、不快な視線を感じないという事だ。それどころか、こちらの様子を伺っている様にすら見える。
あの時は、運良く退治する事ができ、僕は力を手にする事が出来た。そして、その力でこの子が現れたのならば……。
僕は漆黒の狼に向けて、手を向ける。すると、手の先から光の粒子が現れ、あの子へと粒子が飛んでいき、包み込んでいった。
(やっぱりだ。これは……僕の中にある力と同じなんだ)
確信を得る。間違いないと。息絶えようとしていた"穢れ"に手を伸ばし、僕に『祓魔師』の力を与えたアイツであると。
「東御先生」
「……なんだ、立科」
「あの子に近寄ります。良いですか?」
「……ゆっくりと、慎重に行動しろ」
「はい」
僕は東御先生の指示に従い、ゆっくりと歩みを進める。佐久穂さんと美鈴さんは僕の後ろで見守ってくれている。
あの子の前へと近づき、ゆっくりと手をかざす。その先に見えるのは、警戒心を露わにしている漆黒の狼。
「驚かせてごめん。怖がらないで」
僕が語りかけると、その声に反応するように、徐々に距離を詰めていく。
「大丈夫だから。危害を加えるつもりは無いんだ。ただ……キミと話がしたい」
僕の言葉が通じているのかは分からないが、伸ばした手をペロッと舐めてくれた。そのまま優しく撫でるように、首元を触ってあげると、嬉しそうな鳴き声を上げ、頬擦りしてくる。
「あはは、くすぐったいな」
その様子を見ていた東御先生が深い溜息と共に、美鈴さんに声を掛ける。
「佐久穂先生、どうします?」
「立科君の力に呼応するかのように現れたのが、"穢れ"ではなく、人の力で生まれたものなら……もう、決まりでしょ?」
「……はぁ、佐久穂先生に関わると常識が何なのか分からなくなります」
「あら、失礼しちゃいますな。私の何処が非常識だって?」
「自覚がないところが尚の事ですよ……」
呆れたように東御先生は言葉を漏らすと、美鈴さんは悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
二人の会話を横切る様に、佐久穂さんがこちらへとやってくるが……今まで見た事が無い程、怖い表情をしていた。その視線の先には、漆黒の狼がいる。
「……アオイ、そいつの味方をするの? もしかすると、またあの時の様に襲い掛かってくるかもしれないのに?」
その言葉を聞き、漆黒の狼は怒りをあらわにする。それはまるで否定するかの様な威嚇をしているかのようだった。僕は慌てて、落ち着かせる為に言葉を続ける。
「佐久穂さん、安心して。コイツは僕の中の力を糧として生まれてきた、言わば僕自身みたいなものだから」
僕がそう告げると、佐久穂さんは歯を食いしばりながら頭を左右に振って何かを悩み続けている。
「どうして……なんでそんな事を平気で言えるのさ!? もし、コイツが本当に危険な奴だったら……って思うと……アタシは……!!」
「……うん、ありがとう。佐久穂さんは優しいね。でも、大丈夫。先程までよりもコイツと繋がりを感じられる。決して僕達を襲った"穢れ"の状態では無いと言い切れる。お願い、僕を信じて」
真剣に訴え掛けると、佐久穂さんは少し間を置いてからコクリと首を縦に振る。漆黒の狼は、ゆっくりと佐久穂さんに近づくと、匂いを嗅ぎ始める。
佐久穂さんの方はというと、その行動を嫌がる様子も無く受け入れていた。
やがて、満足したのか、佐久穂さんから離れると僕の方を向いて小さく鳴いた。
「……分かった。信じるよ。アオイがそこまで言うんだから……信じる」
「ありがとう、佐久穂さん。佐久穂さんが傍にいてくれるから、こうして自分の気持ちを素直に伝えられるよ。佐久穂さんには感謝しても、しきれないくらいの恩があるからね、いつか、返せるといいんだけどな」
「いいの。そんなの別に気にしないよ? お返しなんて……そんな風に思ってないから」
「僕がそうしたいだけなんだ、遠慮なんか要らないからさ」
僕は佐久穂さんに笑みを浮かべる。すると、照れくさくなったのか、少し俯いて視線を逸らすと、「ありがと」と言ってくれた。
ふと、視線を感じてそちらに視線を移せば、美鈴さんと東御先生が生暖かい視線を向けてきている事に気づく。
そこでようやく、僕達はお互いに密着している状態だという事に気が付き、顔を真っ赤にして離れた。
その様子を見ながら美鈴さんはニヤッとした顔になり、東御先生は呆れたような目で僕達を眺めていた。
僕達の足元にいる漆黒の狼は、小さく遠吠えをする。
21時にも




