2話
僕達は暫くの間、遊び倒し、気が付いた時には外はすっかりと夜の帳が下りる。
「あぁぁぁぁ! 負けた! もう一回!」
「明日も学校がありますし、今日はもうお開きにしますよ」
「ちぇー。分かったよー」
佐久穂さんはコントローラーを置き、渋々と立ち上がって、「アオイも帰る?」と言いながら部屋から出ようと扉の方へ向かっていた足を止め、振り返る。
「僕の帰る家はここですから。それよりも家まで送って行きますよ。女性の一人歩きは危険ですから」
「おっと! 心配してくれるなんて、彼氏面かい!?」
「彼氏云々の前に、佐久穂さんは女性なのですから当たり前です」
「アオイに言われるの、なんか違和感あるなぁ」
「僕は男です」
身長が平均値よりも僅かに小さい男性であると、佐久穂さんに訴えたいが、それを言い始めるとからかわれて更に時間が伸びてしまうので我慢だ。
室内を一通り確認し、玄関を施錠していれば、後ろから、「遅いぞー!」と叫んでくる佐久穂さん。
彼女は相変わらず元気が良いようで、僕の数歩先を歩きながら楽し気にしている。
月の明かりに照らされながら歩く道中、僕達の会話が弾む。
僕は彼女の言葉一つ一つを丁寧に返していくと、佐久穂さんは満足げに笑みを零していた。
その時であった。見慣れた景色に違和感を覚えたのは。
(あれ?)
僕はその場で立ち止まり、辺りに視線を這わせる。
「どしたの? アオイ?」
僕が立ち止まった事に驚いた佐久穂さんは、駆け寄ってきて僕の顔を覗き込むと、「具合でも悪いの?」と心配してくれる。
「あぁーもしかして、アタシの魅力に見惚れていたの?」
「違います」
「即答!」
「何度も経験済みなんで。それより、何か違和感を感じませんか?」
「違和感?」
僕に言われ、佐久穂さんは周囲をぐるりと見渡し、考え込む。
しばらくして、彼女はゆっくりと話し出す。
「空気感かな?」
「空気感、ですか」
「うん。いつもなら聞こえている風や虫の音が、一切聞こえない事」
「この時間帯であれば、車や人の声も聞こえてもおかしくないですよね」
僕は耳を澄ませて周囲の気配を探るが、何も感じられない。
ただひたすら、静寂だけが満たしていた。
佐久穂さんは続ける。
「ここは通学路の途中にある場所だから、人はそれなりにいるはずなんだけど……」
僕は周囲を見渡したが人影どころか猫の子一匹も見当たらない。
「おかしいですね」
僕は首を傾げる。佐久穂さんも不安そうに僕の顔を見てから、俯き気味になる。
「何事も無ければ良いのですが」
「そ、そうだね! きっと気のせいだよね! はっはっは!」
彼女は乾いた笑い声を上げて、自分の頬を叩き、「よし!」と意気込みを見せる。そして勢いよく僕に手を差し出した。
「ほら! 暗い雰囲気を吹き飛ばす為にもさ、手を握ろうぜ!」
「……はい?」
彼女は、頬を赤らめながら上目遣いで、チラリとこちらの様子を窺う。
僕はそんな彼女を見ながら、「どうしたのですか?」と訊けば、頬を膨らませた彼女は、少し涙目になりながらも口を開いた。
「だ、だから! 手を握ってくれれば、怖いものも吹き飛ぶんじゃないかなと思って!」
「あぁー、なるほど。そう言う事ですか」
僕は苦笑いを漏らしながら差し出された手を握ると、彼女が嬉しそうにはにかんだ。
「うわー、大きいねー。アオイの手って」
「そうでしょうか?」
彼女の手に引かれるままに進んでいくと「そうだよー」と言って僕の指の間に自分の指を入れて絡めてくる。
「こうしていれば安心だねー!」
彼女がぎゅっと握り返してきて、「うへへー」と呟く。
その顔は心の底から喜んでいるようであり、思わず微笑んでしまう。
しかし、本当に周りには人の姿が見当たらない。
まるで、僕達だけ別の世界に放り込まれたような錯覚に陥る程に。
「あれ? 何だろう?」
佐久穂さんの声に反応して、彼女と同じように前方へ目を凝らす。
そこには小さくて黒い塊みたいなものがゆらゆらと存在していた。
僕はそれを見た時、背筋がゾクリとした。
それは生理的な嫌悪感と言うか、何か良くないものだと感じたからだ。
佐久穂さんも僕と同じような事を思っているらしく、僕の顔を見るや否や眉根を寄せていた。
だが、それも束の間、彼女はすぐに顔を引き締めると、「行こう」と囁いて歩み始める。
僕は黙って首肯し、黒い塊から離れようとした瞬間、ソレが動いた。
ソレは大きく跳ねて僕の元へ向かってくる。
僕は慌てて佐久穂さんと繋いでいた手を離し、彼女を突き放す。
同時に襲い掛かる強烈な痛み。
僕の腕を喰らいついたソレは、犬の様な形をしており、赤い瞳で僕の腕を噛み付いたままニタニタと笑う。
「アオイ!」