18話
寄り道をしたあの日から時間が過ぎ、再び週末を迎えた。
僕達は電車に揺られながら、美鈴さんに指定された場所へと向かっていた。
たかが三駅、されど三駅。田舎の駅間隔は、都市部とは違い、長いのだ。
窓の外の景色がゆっくりと流れていき、時折停車する駅のホームには、押し車に座ったおばあちゃんの姿が見える程、のどかな風景が広がっている。
僕に寄りかかりながら寝息を立てて眠っている佐久穂さんを見ながら、今朝の事を思い出す。
(昨日は、あまり眠れなかったって言ってたっけ)
佐久穂さんは楽しみにし過ぎてなかなか眠る事が出来なかったらしく、集合場所である最寄り駅に辿り着いたら凄く眠そうな顔をして待っていてくれたっけ。
その様子が何とも可愛くて、思わず笑ってしまった記憶がある。
眠りについている佐久穂さんの様子を見つめていると、佐久穂さんは薄らと目を開け、僕の方へ視線を向ける。
「おはようございます、佐久穂さん」
「……んぅ」
佐久穂さんは小さな声で返事をしてくれたが、しばらくして規則正しい呼吸音が聞こえてくる。どうやら本格的に眠りについてしまったようだ。気持ち良さそうに夢の世界へ旅立っている。
車窓から差し込む陽光が、佐久穂さんの顔を照らし、髪が光を反射する様は、いつもの彼女とはまた違った魅力を感じさせる。胸の奥から言葉が湧き上がってくる。
「……綺麗だなぁ」
自然と口から漏れてしまった一言に、僕は慌てて口元を手で押さえる。
幸いにも周囲には聞かれていなかったみたいだ。僕はホッと安堵し、改めて佐久穂さんの方を向いた。
僕の肩に頭を乗せ、完全に体重を掛けてきている。まるで恋人同士の様に密着している状態だ。正直なところ、緊張とドキドキのせいで心臓が爆発してしまいそうである。
お互いがお互いに無防備になっている状況。このまま時が止まってくれれば良いのにと願わずにはいられない。
美鈴さんから指摘されたあの日以来、今まで以上に佐久穂さんを意識するようになった。
それは僕だけでなく、佐久穂さんも同じようで、あれほど躊躇なく接近して来ていたというのに、今ではすっかり距離感を掴めず、何処かぎこちない態度を取ってしまう事が多くなった。
会話もそうだ。僕が話し掛けると、佐久穂さんは決まって笑顔を返してくれるのだが、「ふにゃっ!?」とか、「ひょわああっ!」とよく分からない悲鳴を上げる事がある。
佐久穂さんも佐久穂さんで、どうしていいのか分からずにいる様だ。そんな彼女さえ可愛いと思えてしまうあたり、僕も既に末期かもしれない。
その様な日がずっと……続く訳もなく、緩やかに落ち着いていった。むしろ、落ち着きすぎると言っても良いだろう。
いつの間にか、以前と同じ様に話す事が出来るようになっていたし、一緒に下校する事も出来る様になった。
ただ、少しだけ変化があったとすれば、僕と彼女にあった距離感が、更に縮まったと感じられる事だろうか。
『次は~終点~』
僕はハッと我に返り、降車準備を始める。
隣にいる佐久穂さんは、僕の肩で熟睡しており、起こすのは少し申し訳ないが、目的地に到着したのだから仕方がない。
「佐久穂さん、起きてください。もうすぐ着きますよ」
声を掛けると、佐久穂さんは瞼を開き、僕の方を見て微笑んだ。
「あ……アオイ……おはよぉ……」
佐久穂さんは半分夢の中と言った感じだったが、なんとか起こせた様で良かった。
それから程なくして、目的の駅で停車し、車内アナウンスが流れる。
『ご乗車ありがとうございました。次の駅は……』
その言葉を聞き届けた後、佐久穂さんと共に下車すると、改札口へと向かう。
「佐久穂さん、ここだよ」
「うー……ねむいぃ」
佐久穂さんは僕の手を握って歩き出すと、その手を前後に動かしている。僕は彼女の歩幅に合わせて歩いた。
まだ眠気が強いのだろう、佐久穂さんは僕に身体を預ける形になっており、彼女の体温を感じながら、心地の良い感覚に包まれていた。
僕達が目指していた場所は、駅から十五分ほど離れた場所にある立派な建物。
美鈴さんから指定されていた場所に辿り着くと、佐久穂さんは、大きく深呼吸をしていた。
「よし! 到着!」
佐久穂さんは、いつもの元気いっぱいな様子を見せると、握っていた僕の手を離した。彼女の温もりが消えていくのが寂しく思える。
しかし、佐久穂さんはすぐに僕の元へと駆け寄ってくると、腕を絡めてきた。
「うぇーい! アオイ! 早く行かないと美鈴伯母さんに怒られちゃうぜ!」
「あはは、そうだね。それじゃあ行こうか」
「いえーい!」
佐久穂さんに引っ張られる形で門扉へ進み、傍にいた守衛さんに用件を伝え、敷地内へと入っていく。
ここも『祓魔師』と関係のある施設なのだろうか? 建物の外観を見ただけでは、全く見当がつかない。
敷地の中に足を踏み入れ、案内された道順通り建物の中へと入っていく。
通された応接室。そこには笑顔で迎えてくれた美鈴さんの姿が見えた。
「やあやあ、休日なのにわざわざ呼び出して悪かったねぇ」
「大丈夫ですよ。僕達に関係する事でもありますから」
「美鈴伯母さん、久しぶりー」
「今週会ったばかりだけど、まあいいか。二人とも今日はよろしく頼むよ」
美鈴さんはいつもの様に笑みを浮かべている。僕は佐久穂さんと目配せをして小さく笑う。
促され席に着くと、目の前に置かれた紅茶を口に含む。
「さてと、二人を呼んだ理由は他でもない。『祓魔師』の試験に関する話をしようと思っていてね」
美鈴さんは真剣な表情を浮かべて語り始めた。
「以前にも話したとおり、『祓魔師』の試験は二つあり、学科と実技に分かれている。立科君の場合は、これらは免除されるんだけれど……どうするのかな?」
美鈴さんは優しく語り掛けてくれるが、僕が考えている事は一つだけだ。
「『祓魔師』になる為の試験を受けさせて下さい」
「折角、免除されるというのに? 勿体無いと思うけれど」
「僕にとっては、重要なんです」
「……そうかい。分かったよ」
美鈴さんは困ったように笑いながらも、納得してくれた。
「まっ、立科君ならそう言うと思ったけれどね。一応聞いておかないとダメだと思ってたんだよ」
「すみません」
「気にしないでくれたまえ。むしろ可愛い姪の為に一肌脱いでくれるっていうんだったら、私としては嬉しい限りなんだから」
「ありがとうございます」
僕の答えを聞いて、満足そうな笑みを浮べている美鈴さんと佐久穂さん。僕は小さく頭を下げた。
「瑠衣ちゃんも、本当に、『祓魔師』を目指すんだね? 命の危険だってある。それでも構わないのかい?」
美鈴さんは佐久穂さんの方を向いて、そう尋ねた。
佐久穂さんは一瞬戸惑ったが、すぐに力強く答える。
「うん。アタシ、決めたから」
その瞳は真っ直ぐに美鈴さんを見据えており、強い意志を感じる。
「瑠衣ちゃん、無理だけはしてはいけないよ。もしもの時は、必ず連絡するようにして頂戴。絶対に、自分の身を優先して欲しいの。これは私の願いだ。いいかな、瑠依ちゃん。約束できるかな?」
普段の明るい声とは違った、落ち着いた声で語る美鈴さんの問いに対して、佐久穂さんは首を縦に振って応える。
「はい、分かりました。心配してくれてありがとう。美鈴伯母さん」
美鈴さんは優しい笑みで返事を返すと、佐久穂さんの頭を撫でている。佐久穂さんは照れ臭そうな笑みを見せていた。
―――――
「さてさて、二人の意思を確認できたところで、早速、試験対策を始めようじゃないか」
美鈴さんは嬉しそうに言いながら、机の上に置いてあったファイルを開く。その中には様々な資料が挟まれていた。
「学科については、私が責任を持って教えるから、二人は安心してくれたまえ。これでも以前は、大学で講師を務めた経験もあるんだから」
それは凄い。流石と言うべきか。僕が尊敬の意を込めて「はい」と呟くと、隣の佐久間さんも「へえ~っ!」と感心している様子だ。
ただ……この人が先生をする姿が全く想像出来ない。一抹の不安を覚えるが、それは僕らだけじゃないらしく……。
応接室にある扉からノックの音が聞こえ、扉が開かれる。
僕と佐久穂さんは、扉の先から現れた女性に驚きを隠せないでいた。
「佐久穂先生の教え方は独特だから、覚悟しておいた方がいいぞ、二人共」
「と、とーみセンセー!?」
佐久穂さんが驚いた様子で叫ぶ。その言葉のとおり、僕達の元に現れたのは、クラスの担任である、東御玲先生であったからだ。
19時にも




