13話
僕をからかい倒して満足したのか、佐久穂さんは僕の上から降りて、隣に座り直す。
「ふふっ、こうしているだけなのに楽しいねー」
「それは良かったです」
「もっと楽しませてあげよっかー?」
「これ以上は僕が持ちそうにないので勘弁してください」
「しょうがないなぁ」
佐久穂さんは、今度は僕の膝を枕代わりに寝転ぶ。足をパタつかせながらニコニコと笑いながら言う。
「これくらいは許してくれるでしょ?」
「そうですね。このぐらいなら、なんとか」
「やったぜ!」
嬉しそうに声を上げると、僕の膝に頭を預けてゴロゴロと転がり始める。
「ちょっと、佐久穂さん。そんなに動いたら落ちちゃいますよ」
「大丈夫、だいじょーぶ」
佐久穂さんは、まるで自分の家にいるかのような寛ぎっぷりで、ソファーの上でだらけている。
そんな佐久穂さんを眺めながら、僕も少し休憩しようと思い、鞄から美鈴さんから頂いた『祓魔師の心得』を取り出して、ページを捲る。
佐久穂さんは、暫くするとピタリと動くのをやめて、僕に声をかける。
「何を読んどるのじゃ?」
「美鈴さんから頂いた『祓魔師の心得』ですよ」
「ほう! あの女狐から貰った本か!」
「女狐って。美鈴さんに聞かれたら怒られますよ、佐久穂さん」
「ぶーぶー! アオイはアタシの事よりも美鈴伯母さんの味方をするんだー!」
「別にそういう訳じゃないんですけど……。ただ、佐久穂さんが変な口調で言い始めたものですから」
「うへへー。冗談だよ」
彼女はそう言うと、僕の膝から起き上がり、冊子を覗き込んでくる。
「ねぇ、アオイ。難しい顔をしていた理由って、やっぱりコレが原因?」
「ええ、そうですね」
"穢れ"について書かれている箇所を読みながら、佐久穂さんの問い掛けに応えると彼女は真剣な表情で僕の話を聞いてくれている。
その事に安心感を覚えながら、僕は話を続ける。
「美鈴さんからこれを頂いてから、毎日の様に夢を見るんですよ」
「夢?」
「はい。夢の中では、僕はあの黒い塊と対峙していて、そして……」
「喰われる?」
「ええ。そこで目が覚めるんです」
「なるほど。つまり、今朝も見たと」
「うん」
「それで、どう思ったの?」
「怖いと思いました。あんなものが実在して、人を襲うなんて信じられなくて、怖くて、気持ち悪くて、頭がおかしくなりそうだと思った」
「そっか」
「でも、それ以上に何も出来ない自分が悔しかった」
「……」
「僕には"穢れ"を浄化する力がある。自分一人が頑張ってどうなるかは分かりませんが、動き始めれば、何かが変わるかもしれない」
佐久穂さんは僕の言葉を黙ったまま聞いてくれた。
僕の言葉が終わると、彼女の瞳は真っ直ぐに僕を捉えて離さない。僕もその視線から目を逸らす事が出来ずにいた。
佐久穂さんは、僕の頬に手を伸ばしてくると、優しく撫でてくれる。
「きっと、危険な事や、怖い事とか、沢山あると思う。それでもアオイは、『祓魔師』になるの?」
「はい。覚悟は出来ています」
佐久穂さんに問われた僕は、迷わずに答える。
「そう」
佐久穂さんは短く呟くと、ソファーから立ち上がり、キッチンの方へ向かって行く。
僕はその様子を目で追いながら、彼女が戻ってくるのを待つ。
「はい、お茶」
「ありがとうございます」
差し出されたコップを受け取ると、僕は一口飲む。冷たい麦茶は喉を通り抜けていき、僕の身体を冷やしていく。
佐久穂さんは僕の隣に座ると、同じように麦茶を飲む。
「ねえ、アオイ」
「何ですか? 佐久穂さん」
「もしも、の話だけどさ」
「はい」
「『祓魔師』になって、もし危なくなったら、その時は逃げても良いんだよ?」
「逃げる?」
「そっ、逃げる。だってさ、命がけなんだよ? 危険過ぎるもん」
「そうかもしれません。でも、佐久穂さん」
「ん?」
「僕は佐久穂さんに助けられて、救われて、生きている。今度は、僕の番なんです。もしも再びあのような事が起きたら、今度は僕が佐久穂さんを助けたい。護れるようになりたい」
「そう……なんだ。そっかぁ……」
佐久穂さんは僕の話を最後まで聞くと、僕の手を取り、握り締めてくれた。
顔だけはソッポを向いてしまうが、彼女の耳は赤く染まり、頬は膨らんでしまっている。
僕はそっと頬を突くと、プシューと空気が抜けるような音がして、頬の赤みが増していく。
佐久穂さんは、恥ずかしさを誤魔化すように僕の手を強く握って、勢い良く立ち上がる。
「あー! もうっ! 分かったよ! そこまで言うなら、止めない! でも、一つだけ条件がある!」
「は、はい!」
「アタシも『祓魔師』になる! アオイと一緒に戦う!」
「……はいっ!?」




