1話
月明りが照らす街中。
幾つもの唸り声がそこら中から聞こえてくる。
それらは皆、僕らを狙い押し寄せてくる。
「アオイ! 手を抜いてないわよね!」
「これでも精一杯やっているんですけど!」
僕達の前には、意思疎通を図ることが出来ない敵が、どこもかしこも湧いて現れる。
剣を持ち、前衛を務めている僕だが、流石にこの数を捌ききれるかと問われれば、難しい。
だからといって、瑠依を危険な目に合わせるのは、もっと嫌だ!
「瑠依! 一旦後退しよう!」
「何か策でもあるの!?」
「この先に狭い路地がある! そこまで奴等を誘導して」
「狭い所で一気にドカン! って事ね! 分かりやすくていいね!」
僕達は、奴等の気を逸らせない様に、必死に煽りつつ防御に専念して、誘導を行う。
「ここなら全力で戦っても、始末書ぐらいで済むはずだ!」
「全部倒しても始末書かぁ……」
「奴等を逃したりすれば、監査官との面談まで食らっちゃうよ? 始末書の方なら手伝うからさ、お願い!」
「ご飯はー?」
「奢る! 奢るから! 瑠依の力で一掃してくれ!」
「オッケー! それじゃ一丁働きますかっ!」
僕は敵を一か所に集める為に、前線で死なない様に動き回る。
その間にも、瑠依の手にしている銃が、輝き始める。
彼女の持つ力が、銃に貯め込まれ、発射を今か今かと待ちわびている。
「瑠依! これぐらいの範囲ならどう!?」
「なーいす、アオイ!」
その言葉を聞き、慌てて僕は彼女の射線軸から外れる。
あんな大砲みたいな威力をまともに受けたら、自分の身体はどうなる事やら。
「アタシのご飯とお給料の為に、消し飛べぇぇぇ!!」
トリガーを引かれた瞬間、固まる様に集められた奴等が、一瞬にして消え去る。
それでも一部、生き残った奴等は、僕が再び前線に戻り、一つずつ消し去っていけば、任務完了だ。
はぁ……。事が終え、一息ついていれば、近寄ってきた瑠依に背中を叩かれる。
「さっすが、アオイ! アタシよりも先に目覚めただけはあるね!」
「どうなんだかね、出来ればこんな事は知りたくなかったし、日々平穏に過ごしたかったけど」
「それは無理じゃない?」
「だよねぇ……」
僕は溜息をつくと同時に、ポケットの中で震えるスマホを取り出し、画面を見つめる。
どうして僕は、こんな事をする羽目になってしまったのだろうか。
それを説明するには、少しばかり時間を戻さなければならない。
―――――
僕、立科葵はあの日、いつもどおり眠気と戦いながら学園に辿り着き、授業を受け、机の上で力尽き果てようとしていた所、隣人である、佐久穂瑠依に声を掛けられた。
「まーた眠そうな顔をしてるね」
「これが普通です。授業中に寝ないように頑張ってるだけ褒めて欲しいくらいですよ」
「そんなんじゃ、彼女出来ないぞ~」
「余計なお世話です」
うりうりーっと呟きながら、僕の頬を細く綺麗な人差し指が突き、その感触がなんともむず痒い。
彼女は誰とでも分け隔てなく接して来るため、男女問わず人気が高い。
性格も明るく活発的だが、それだけではない、常に周りへの気配りを忘れないため、彼女の事を慕う者も多い。
ただ、残念なのは、この様に自由奔放で自分が麗しい姿をしている自覚がなく、無防備に振る舞う事だ。
「アオイの頬っぺた、ぷにぷにー」
ほれーと言って僕に触れ続ける彼女。
この学園に入学してから数ヶ月、毎日の様にこの光景が繰り広げられているため、クラスではすっかりと風物詩になっていた。
最初こそ、抵抗を試みたり、クラスメイトが止めようとしてくれたが、今では誰も止める様子はない。
「もう好きにしなさいな……」
「やったぜ! あ、そういえば聞いた?」
「何がですか?」
頬を突くのを止めたかと思うと、今度は両耳に手を伸ばし、引っ張ったりしてくる。
僕はそれに抗おうとはせず、そのままされるがままにしていると、彼女は嬉々として喋り始めた。
「最近、この周辺で変な生物が目撃されているってハナシー」
「あー……確かそんな噂がありましたね」
「それでさ、今日、先生達が地域の人達を一緒に対策会議を行うんだってさ」
「イノシシか、熊でも現れたんですかね?」
僕の言葉に、彼女は「ううん……」と言い、僕の両耳から手を離して腕を組む。
疑問符を浮かべれば待ち続けていると「その変な生き物を見た人がいて、そいつはこう言ったのさ」と言う。
僕は耳を傾けると、彼女が言い放つ。
「オバケが出たんだよ」
僕を脅かそうとしているのか、両手を前に垂らす古典的な動作をしてそう言い放つが、可愛さが勝って一欠けらも怖くないのは、彼女らしいなと思った。
僕も、彼女に習い両手を前へと持ってくると「こわーい!」と笑い出す。
「それで、何処にいたんですか? オバケは」
「えっ!? いやー、どうだったかなぁ……」
「佐久穂さんの作り話でしょ?」
「う、うぐっ! そんなことないし!」
ムキになった彼女の顔を見て笑ってやれば、彼女は不貞腐れた表情を見せ、机の上に突っ伏した。
「だってさ、アタシ達が住んでいる町は田舎で、娯楽も少ないし、暇を持て余してるのは確かだけど、流石に怖いのとかはパス」
「確かに。暇だからといって危ない事に巻き込まれるのは避けたいですよね」
「だよね! というわけで! アオイの家でゲーム大会だー!」
「また勝手に僕を巻き込む! というかまだ諦めていなかったのですか!?」
佐久穂さんは、にひひと笑顔を見せつつ、僕の背中を叩いてくる。こうなった佐久穂さんを説得する方が無駄であり、仕方なしに彼女の誘いに付き合う事となった。
それから放課後になり、彼女と二人並んで僕の自宅へと向かう。
―――――
帰宅してすぐ、僕は彼女を自室へ案内すると、彼女はベッドに飛び込んだ。
「んぅ~!」
気持ちよさそうな声を上げて枕を抱きかかえ、足をばたつかせる。
僕はその姿を視界に入れつつ、鞄を部屋の隅に置きながら尋ねる。
「ゲームをするんじゃなかったんですか?」
「んふー! やる気が失せた!」
そんな事で大丈夫なのかと思いながら溜息をつくが、まぁいつもの事だしいいだろう。
こうなっては僕がいくら言っても聞くはずもなく、諦めるしか選択肢はなくなる。
僕は本棚から一冊の本を取り出し、椅子に腰掛けると、彼女は横になっているベッドの空いた空間をバンバンと叩き、僕を呼ぶ。
「お隣さん、空いてますよ!」
「遠慮しておきます」
「なしてー!?」
「逆に、何故こんなに僕と一緒にいようとするのか、不思議でなりません」
「え? いちゃ駄目なの?」
彼女は、心底意外だという顔をしながらこちらを見つめてくる。
僕の方が、何か間違った事を言っている様な感覚に襲われてしまう程に。
「別に悪いなんて一言も言っていないでしょうに」
「にひひ! やっぱりアオイは優しいね! そういうとこ好きだよ! さっ、アタシ達も仲良く遊ぼうぜ!」
彼女には一生勝てないような気がする。