094話 暗夜の放浪
-ガゼル山脈 北側斜面 アイラ・モルバン-
だいぶ人数が減ってしまった。或る者は気力を失い歩みを止め、或る者は私を見限って何処かへと去った。今も付いて来ている者は二十数名。皆同様に疲労困憊という様子で表情が暗い。
あの日、襲撃から逃れて力の続く限り山の中をひたすらに歩いた。方角は星と太陽が教えてくれる。無心にただ北を目指して進んだ。何も考えたくなかった。
一夜にしてそれまでの自分が、自身の存在意義が、所属する社会への認識が、全て崩れ去った。私は虚構の上に生きていた。事実から目を逸らし、都合の悪い物事は触れず、敢えて考えない様に皆で隠し合って、気付かないフリをしてきたのだ。
私は何も知らなかった。知らされていなかった。教えられた内容に何の疑問も持たず、皆の言う事が正しく、本当の出来事なんだと信じて来た。
今も考えが纏まらない。皆の態度を見て、察するところは有る。恐らくはあの男が話した事が『現実』なのだろう。指摘された点についても疑問だらけ。今まで不審に思わなかったのが不思議なぐらいだ。
何が『正しい』のだろう。数々の場面、色々な言葉が頭を過る。何処までが嘘で、何が本当だったのか。今の自分は夢の中で、何時かは目が覚めるのだろうか。そんな思いも浮かぶ。その度に身体中についた擦り傷と足裏の痛み、全身を覆う疲労感が私を現実に引き戻す。
あの男は最後に何と言っていたか、良く思い出せない。覚えているのは『北へ向かう』ことと『サマリード領』という言葉だけ。あの場に残っていたら確実に死んだだろう。
行く宛も無いのでひたすら北を目指して進む。この行動が『正しい』かは分からない。今の私達には寄る辺が無い。もう何日も歩き続け、皆喋る気力も無い。偶に見付かる木の実や果実で飢えを凌いではいるが、喉の渇きが辛い。草葉を口に含むことで多少は誤魔化せるが、そろそろ水場を探さねば。
あの襲撃以降、家族の姿を見ない。恐らく皆生きてはいまい。私だけではない。誰もが近しい者を亡くしている。毎晩、誰かの咽び泣く声が聴こえる。皆辛いのだ。何故こんな事になったのだろう。何が悪かった?誰のせい?
何も分からない。今の私には何も考えられない。急に何もかもが変り過ぎて、疲れ切った頭では整理も覚束ない。辛うじて分かるのは周りの目線。皆が私に『導き』を欲している。家族を亡くした今、私が必然的にその立場になってしまうのだろう。『長の血筋』と言っても両親とは違って経験も実績も無い。こんな小娘に何が出来ると言うのか。
いや、今は泣き言は止めだ。私が歩くことで皆が前に進めるなら、今はただ北へと足を進めよう。その先に何も無かったとしても、歩き続けている間は絶望を忘れられる。こんな状況になっても私を見捨てないでくれている、付いて来てくれる人達に私がしてあげられるのはこのぐらいしか無いのだから。




