04話 獣から人へ
-鬱蒼とした森の中-
俺の目の前に有るのは頭から夥しい何かを流して倒れた猪。
急に高い所から落ちるわけだから当然身を守る意識が働く。
咄嗟に体を石で覆ってしまったわけだ。それなりの量の石を吸収した今の俺は相当な重量。それが結構な高さから頭に直撃すればどうなるか。なるべくしてなったというか、偶然って怖いもんだ。
近寄って確認すると頭部と思しき個所に裂傷が有り、そこから何かが流れ出ているのが分かる。色が分からないが多分血液か。さっきまで痙攣していたが、今は全く動いていない。触れてみると温度が下がり始めている。どうやら死んだのは間違いない。
狼は息も荒く倒れたまま。起き上がる様子は無い。こちらも瀕死だな。
折角なので猪の吸収を試みる。お、出来そう。結構時間かかりそうだがそうそう都合よく死体なんか落ちてるものじゃない。まして欠損部位の無い死体に逢う機会はなかなか無いだろう。選り好みしてる場合じゃないな。
猪の吸収を頑張っていたら、いつの間にか狼はいなくなっていた。それなりの時間が経過しているので、跡を追ってみよう。どこかで倒れていたとしても他の動物に捕食されてしまっては困る。
スライムのままだと移動しづらいので猪になってみる。うん、案外と悪くないかも。四本足ってのは慣れないけどこっちの方がマシだわ。
姿形を変えて分かったのは構造を真似ることで元の身体の機能が手に入るということ。蜂の時は気にしてなかったが大きめの動物になってみると違いが良く分かる。一番の違いは視界だ。なんと白黒画像の世界に進化!これは大きい!いやぁ、見えるっていいねぇ。格段に動きやすくなったわ。
さて、動きやすくなったところで狼を探そう。出血していたらしく、血の跡が続いてる。これを追えば辿れそうだ。
それほど離れていない場所で狼は見つかった。ほぼ直線的に移動していてどこか目的地が有ったようだが、ここで力尽きたらしい。
触ると冷たい。他の動物に見つかる前に吸収しておこう。見たところ大きな欠損は無さそうだ。おや?首輪が付いている。こいつは野生の狼ではなく誰かの飼い犬ということか。飼い主がいるのであればこの世界には人もしくはそれに準ずる存在が居る事に為るな。
犬を吸収したので猪から犬に変えてみる。うん、更に動き易くなったわ。
さて、こいつはどうやら目的地があったらしく、直線的に進んでいた。
ということは、この先には何があるか。飼い犬だったと考えれば先を辿ると当然ながら飼い主に行きつくはず。ホントか?捨て犬だったらどうすんだ?
まぁ、何が出て来るか分からんけど、とりあえず進んでみようかね。
しばらく進むと前から水の流れる音が聞こえてきた。川が有るらしい。音から予想するになかなか流れの激しい川のようだ。
この辺りは草の背丈が高くて前が良く見えない。いや、高く感じるのは犬の目線だからか。今までそれなりの勾配を上がってきたような気がする。結構上流に来ているのだろう。
更に直進していくと急に目の前が開けた。って崖じゃねーか、危ねぇな。いや、俺は落ちても大丈夫か。スライムだし。表面に石被ればいいわけだし。
それなりに動いたのもあって喉が渇いていた。ここで水分を補給しよう。考えたら今まで泥水と獣の血しか飲んでいない。ここらで冷たい清水が欲しいところだ。
ちなみに俺には味覚も嗅覚も無い。猪と犬を吸収していて気付いたことだ。まぁ、有ったら有ったで気持ち悪くて耐えられなかっただろう。ただ、吸収すれば「それが何か」というのは分かる。感覚的に認識出来るというか。温度や粘性、質量の違いで判別はつく。
この『吸収』という感覚は表現しづらい。『消化』とは異なり、バラバラにして保持していると言えばいいのか。このスライムの身体特有の感覚。身体の中にも触感が有るのは奇妙な感じだ。これは慣れるしかないのだろうな。
とりあえずこの崖を何とかしないとだが・・・下を覗くと水面が見える。
面倒だし、このまま落ちればいいか。特に考えるまでもなかったな。
俺は少しだけ助走をつけ、崖から空中に身を躍らせた。
表面を石で覆ったので俺自身が飛び散ったりはしなかったが、大きな音と共に派手に水しぶきがあがる。
水流が案外と速かったが、俺自身の重量のおかげで特に影響も受けずに川底を進んで岸に上がることが出来た。
川岸に上がり、表面の石を除く。どうやら吸収するにはスライム状に戻す必要が有るらしい。水中で表面から水分を摂ろうとしたが上手く出来なかった。
一先ず水辺に座ってゆっくりと水を飲む。体の内側はスライム状のままなので、飲めば吸収するのに支障は無い。やはり冷たい水は違うな。味覚はなくとも気分的にさっぱりする。
しかし、当てが外れたな。首輪が有ったがこいつは元飼い犬、つまり野生化した犬だったようだ。飼い主の情報が得られると思っていたが、残念ながら違ったらしい。
これからどうするか?とりあえず外見上が犬なら即討伐はないだろう。いや、野犬なら駆除は有り得るか。結局しばらくは様子見になるな。
あれこれと考えを巡らせたものの判断するには材料が少なすぎる。
もうしばらく辺りを探索して様子を伺うことにした。
川に沿って下ればそのうち人里に出る可能性が高い。周りを警戒しながら少しずつ進むことにする。とは言え、空から襲われてはどうにも出来ないし、離れた場所から矢だの魔法だのが飛んで来ないとも限らない。
安全策を考えた結果、川底を進むことにした。表面を石で覆っておけば予想外の水生生物がいても何とかなるだろう。幸いにも俺は呼吸の必要が無い。息継ぎの必要がないので延々と水底を進んでいけるのだ。速度は落ちるが別に急いでいるわけじゃないから何の問題も無い。
川の深さはせいぜい3メートル程度ってところか。上流だからか足元はほぼ砂利。下流域のように泥状ではないので歩きやすい。それなりに魚が泳いでいる。たまに40cmぐらいのもいるが大半は小魚ばかりだ。
水底から上を見上げるというのは意外と面白い。ダイビングとかやるとこんな光景なんだろうか。もっとも川と海じゃかなり違うんだろうが、機会が有れば海にも行ってみたい。この世界にも有ればだが。
少し進んだところで水面に妙なモノを見つけた。ゆらゆらと揺れている。川岸の岩場に引っかかっているようだ。近づいて何か見てみよう。
妙なモノは死体だった。人間の女の子。背恰好から7~8歳ぐらい。溺れたのか?しかし川遊びをする格好には見えない。どちらかと言えば山歩きの服装に近い。ふやけた感じがしないのとカニなどに齧られた形跡が無いので亡くなってからそれほど時間が経過していないのだろう。
流された過程で出来たであろう数か所に及ぶ擦過傷が痛々しい。生きていれば可愛い盛りのはずだ。人種的にはスラブ系というのだろうか。ロシアの南端辺りがこんな感じだったような。ということはここらはそういう地域で、この種の人間が住んでいるということか。
しかし今まで人間の大人を見かけていない。こんな子供が一人でここまでくるか?
今一つ釈然としない。うーん?いずれにしろ、このまま放置してもカニのエサだな。
折角なので吸収して取り込んでみよう。そもそも人間が真似出来れば俺にとって一番都合が良い。少なくとも犬よりは動き易くなる。
川岸から咥えて引き摺り上げる。吸収していた時に気が付いたが、この子の手には服装とは全く関係無さそうな紐状の物が巻き付いていた。これが『リード』だとすればこの犬の飼い主ってこの娘だったのかな。考えすぎか?これだけじゃ何とも判断出来ないな。
吸収したのはいいんだがちょっと量が多くなり過ぎた。真似した際の姿形も微妙になってしまう。原型からあまりにも離れてしまうと不自然に見えるだろう。それこそクリーチャーだ。折角ヒト型を確保出来たのにそれでは意味が無い。
まずは忠実に原型を再現してみる。表面の傷なんかは消して全体の大きさやバランスは維持する。とりあえずこんなもんか。服装はこんな感じだったはずだ。うん、上出来だな。おお!白黒だった世界がカラーに!色が有るって素晴らしい!
そうか、人間の目なら色彩が判別できるのね。これはいいわ。
だいぶ体積が余ったな。でもこの先都合よく綺麗な死体が得られるとは限らない。出来れば使っておきたいところ。切り離すとどうなるのかな・・・お、普通に動くのね。んじゃ残りは犬型にしよう。確かこんな感じだったな。こいつって毛並みは白黒だったんだな。シベリアンハスキー、いや大きさ的にアラスカンマラミュートか。これで良しっと。お、どっちの目で見てる物も認識出来るのか。ちょっと慣れるまで混乱して酔いそうだけど、これはこれで便利そうだな。残りは・・・もう一つ犬型でいいか、猪を連れてるのはおかしいよな。毛並みは茶色っぽい。まあ残った素材からするとそうなるよね。
新たな機能を見つけて何やかんや試していたが、これで傍目には犬を連れた子供に見えるだろう。当面の目標だった『即討伐の対象でなくなる』のは達成。外見は何とかなったが後は所作か。【エクソシスト】みたいな非常識な動きをしなきゃ大した問題にはならないはずだが・・・現状において、大きな問題が残っている。
その問題とは、1つは表情。もう1つは言葉。現状、俺は喋れないのだ。
普段から声を出す仕組みや表情筋を意識することはまず無い。
吸収した時に構造自体は分かっているのだが使い方・動かし方が理解出来ていない。
呼吸の必要が無いことの弊害だ。声を出すには息をする必要が有る。
今後は意識して少しずつでも出来るようにしなければならない。ずっと能面のような子供など気味が悪いに決まっている。無口で通すのも限度があるだろう。
動物であれば手足の大きな動きまでで良かったが人間ともなれば表情などの細かい動きも再現出来ねばなるまい。今後の最重要課題だな。
加えてこの地域で使われている言語を知らない。これはとにかく慣れるしかないだろう。
外国に放り込まれて現地語を頑張って覚える感じだが、必要に駆られれば何とかなるものだ。時間は掛かるだろうが他に選択肢は無い。
他にもこの地域の慣習、宗教、習俗、常識、知らないことだらけだな。少しずつ埋めていくしかないわけだが・・・まぁ、焦ったところで良い結果になるとも限るまい。
さてと・・・問題が山積みだが、まずはこの森を出よう。どうやらこの世界は朝と夜が在るらしい。気が付くと星空が消え、薄らと朝日が昇り始めていた。




