19話 温泉を見つけた
-オルナの森 城塞北側-
「もっと登るの?もうかなり上がってきてるけど」
「もう少し先です」
この辺りは道らしい道が無いので進みにくい。針葉樹が多いので見通しは良いがそもそも通り道として使われていないので足元が悪いのだ。
「ほぼ人通りが無い証拠だな。こんなところを良く見つけたものだ」
「まぁそこは気にしないで下さい。そろそろ着きますね」
今日はメリッサとタニアが一緒だ。自警団長はそれほど縛りはないらしい。
タニアが言うには自警団長は名前だけだそうで、居なくても特に問題は無いとのこと。先日メリッサに根負けしてタニアにも例の料理を振舞ったわけだが、それ以来気に入られたようだ。
ちなみに作り方は教えていない。勝手に広められると困るということで断った。その代わりたまに作って食べさせるとの条件で納得してもらった。
ところで何故山道を登っているのかと言うと、この先に温泉が在るからだ。『茶色』で探索していたら偶然見つけたのだ。
規模は大きくないが温度も高めで川が近い。入るには温度が高すぎたので川の水を誘導して調節してある。ちょっとした岩風呂みたいな見た目で、俺としては気に入っている。俺の好みで少し熱めの調整だ。
実際に飲んで調べたが、水質に毒性は無い。問題無く入れるのは確認済。利用可能にするための工事で時間が掛かってしまった。
手を入れ過ぎても不自然なので、ある程度でやめておいた。細工するのはなかなかに大変な作業だったが。
「マリーナは不思議なことばっかりだね。私らは楽しんでるからいいんだけどさ」
メリッサはあまり詮索してこないので助かる。
「確かにそうだな・・・待て、前に何か居るぞ」
タニアは流石に気付いたようだ。
「大丈夫ですよ、ここで降ろして下さい」
馬から降ろしてもらい、先導するように歩く。
その先で大きな犬がこちらを見ている。
俺が近づくと行儀良く座る。頭を撫でると目を閉じ、耳を畳む仕草をする。
「私の犬です。この通り大人しくて頭も良いので問題ありません」
皆の警戒が解けたようだ。アルという先例を見ているからか。
「何というか、驚くことばかりだな」
「目的地は向こう側です。先へ進みましょう」
軽く流して進む。掘り下げられても困るからな。
「こっちの犬も昔から飼ってたの?」
歩きながらメリッサが尋ねて来た。今は二人とも馬から降りて歩いている。
「アルと同じ頃からですね。どちらも賢い犬ですよ」
見せるのは初めてだがな。こっちはずっと森の探索で使っていたし。
「何て名前?」
「エクス」
もうひとつの、という意味の言葉から取った。我ながら安直だ。
エクストラだと長いのでエクス。まぁ、これはこれで悪くない。
「そう、エクス、よろしくね」
メリッサはアルの時と同じ様に、犬に対して語り掛けるようにして手を振った。
「着きました。馬はこの辺りに繋いでおいて下さい」
ここなら温泉からも見える位置だ。馬が少し嫌がっている様に見えるのは硫黄臭がするのかも知れないな。俺には分からないから何とも言えないんだが。
「多少濁っているが水質も温度も問題無さそうだな」
早速触って確認しているらしい。事前に確認は済ませているので大丈夫のはずだ。
「では入ってみましょう。お二人とも温泉は初めてですか?」
「聞いたことはあるがな。実物をみるのも初めてだ」
「私もだね。治療法の一つとして知ってはいたけどね」
そんなものか。山岳地帯なら温泉は定番なのかと思っていたんだが違ったようだ。
「では私が先に入らせてもらいますね。お二人は後からどうぞ」
そう言って俺は服を脱ぎ始めた。身体を拭く布は持ってきたから問題は無い。
「ちょっとマリーナ?!誰が来るかも分からないのよ?」
メリッサは驚いて俺を止めようとしている。まぁ分からんでもないか。
「ここは私しか知らないですし、アル達が警戒してますから」
実際、近づく奴が居たら即殺す。人でも動物でも俺の風呂を邪魔すれば死ぬだけだ。
俺にとって何年かぶりの入浴の癒しだ。妨げるなら容赦はしない。
服を脱ぎ終わると戸惑う二人を置いて湯舟へと向かう。石で底は積み上げてあるので座ると丁度良い程度の水深のはずだ。足からゆっくりと湯に身体をいれていく。
おぉう・・・この身体でもなかなか心地よい。やはり風呂はいいな・・・・ふぅ。
足を伸ばして湯に浸かるのは何年ぶりになるか。頻繁には無理としてもたまには来たいところ。この世界に来てからの数少ない俺の癒しになりそうだ。
しばらくすると二人の足音が聞こえて来た。どうやら入りに来たようだ。
「子供だからなのか度胸が有るのか、大したものだね。お嬢は」
「全く、こっちが尻込みしてるのが馬鹿らしくなっちゃうわ」
一応服は脱いできたようだ。まぁ着替えなんか持って来てないだろうしな。濡れたまま帰るのは嫌だろう。
二人とも均整のとれた体付きをしている。やや筋肉質かな。自警団に居るぐらいだから当然か。出るところは出ていて悪くないバランスだ。ビーチバレーの選手がこんな感じだったな。今後自分の身体を作っていく際の参考にしよう。
「おぅ・・・湯に浸かるというのはこういうものか。悪くないな」
「だねぇ、体の中から温まる感じ。膝とか腰が楽になるね」
なかなか気に入ったようだ。当然だな。現代でも温泉は年齢問わず人気の有る娯楽施設だ。 身体を拭くだけでは得られないものがここには有る。療養所としても優秀だ。
「どうでしたかお二人とも。気に入っていただけたようですけど」
「いいね、体が軽くなった気がする。また機会を作って来たいね」
「疲労回復効果も有ったはずよね。怪我の治療にも良いって聞くし」
「肌の状態も良くなるので美容にも効果が有りますよ」
「そうなの?」
「確かにそんな気はするな」
風呂から上がっての帰路では二人とも上機嫌だった。思っていたよりも長く入っていたので余程気に入ったと見える。
本格的に利用を考えるなら施設としてまともに造る必要が有る。多くの人達に使われるのならば利用手順も示さねばなるまい。
「自警団であそこの管理って可能ですか?」
試しに聞いて見る。反応次第では諦めて別の方法を考えないと。
「う~ん、どうだろう。使えば皆気に入るとは思うが管理となるとなぁ」
「そう言うってことはもうある程度の案がマリーナには有るんでしょ?」
メリッサは鋭いな。結構長く付き合ってるので分かるみたいだ。
「それなりに考えは有ります。人手が結構必要になりますけど」
「ふむ。後で話だけでも聞かせてもらおうか」
タニアも興味は有る様子だ。どう転ぶか分からないが、話すことで悪くはなるまい。
メリッサは楽し気だ。期待の籠った目でこちらを見ている。
とりあえず話すだけだ。その後はまた考えればいいさ。
自警団の砦に戻ってから、タニア達と温泉の管理について話をしている。
何故食堂で話をしているかって?戻って早々に飲み始めて『腹減った』と喧しい二人のために料理をしたからだ。作ったのはポテトフライとミートボール。えらい喜んで食ってたが俺はお前らの料理番じゃないからな?特にメリッサは近頃全然遠慮しなくなった。まぁ、仲良くしてくれるのは有難いんだが。
「ふむ、木工つまり大工か。しかも木の目利きが出来る者ねぇ」
おそらく村の家屋はその人が建てている。その人の協力が不可欠だ。建物を造るなら土台を担当している石工も必要になるだろう。
俺達は建設に関しては素人だ。実作業は専門職の手が無ければ成功しない。
設計や建築の実務は経験と知見の無い者にはまず不可能な内容だからだ。
「自警団絡みだとラムタークさんかなぁ。ここを建てた時もお世話になったし」
「あれは領主の指示があってのことだからな。頼むなら相応の謝礼が必要だぞ」
そりゃそうだ、技術職がタダで使えるとは俺も考えていない。だが棟梁をやれる人が存在することが重要なのだ。司令塔が不在では人数を集めても無駄になる。
「その方は普段はどちらに?」
「製材所に居るね。川を少し遡ると見えるかな」
やはりそういう場所が存在したか。後で確認しておこう。
「石材を扱ってる方もご存知ですか?」
「マスートさんだね。いつも石切り場で作業してるよ」
どちらも村に居るのは有難い。当てが有るだけで方針がだいぶ変わってくる。
「彼は職人気質だからな。気難しいことで知られている」
つまり面識は有るわけだ。まぁ、頼み方に気を付ければ何とかなるだろう。
「マリーナは領主の娘なんだから直接聞いてみたらどうだ?」
いや、いくら領主の娘でもそうそう頼み事が出来るわけがないだろう。
「二人とも城仕えのお抱え職人だからね。話ぐらいは出来るんじゃない?」
城仕えなら尚のこと駄目だな。領主の許可が要る。話が難しくなってきたな。
「その方々にはお弟子さんは居ないのですか?」
「弟子というか家業としてやってるからね。息子達ならそれなりに出来るかも」
「どちらも自警団にいるぞ。聞いてみるか?」
「そうですね。お会い出来るならお願いします」
少しでも経験と知見は有った方が良い。まずは会ってみてからだ。




