185話 アイラの成長
-サマリード領 フォート開拓村 外柵脇-
トリスタンの東側に有る森を抜け、カラムダ湖畔に沿って湿地帯を北上する事丸二日。急ごしらえの獣道だったのも有ってだいぶ時間は掛かってしまったが、何とかフォートに辿り着けた。よくもまぁこんなルートを進んで来たものだ。方角を見失わないのが信じられない。これも彼ら独特の特技と考えて良いのだろう。長年山中で暮らしてきた中で培われた技能という事か。
「何とか無事に着けたな。ここから先は特に問題あるまい。俺達の仕事はここまでだ」
「貴方方はこれからどうするのですか?」
「少し南に下りた位置に切り拓いた場所が有る。今の拠点はそこだ。何か用が有れば連絡してくれ」
「領民として受け入れられたのでは?確かマイネル司教が約定されたと言ってましたね」
「サマリード領に住む事はな。どこの住民となるかは別の話なのだろう。今の各村にはそれぞれに長が居る。その権限までは立ち入らないという意味だと捉えている」
成程、司教なりに気を使った対処という事か。上から頭越しに決めても対立の火種を作る可能性が高い。最終的な判断は現場に委ねる、悪くないやり方だ。
「そうですか。では私から言う事も有りませんね。案内有難う御座いました」
最終的にはフォートに彼らが集約されるのが望ましい。だがそれは今ではない。蟠りを無くすには何か大きな壁を協力して超える等、契機となる事態が無くては難しいだろう。彼らとしても自分達の存在価値を認められての参入の方が負い目を感じずに済む。気持ち的な壁は後々に対立の芽となってしまうものだ。感情的な問題を解決するのは難しいと改めて思う。
-フォート開拓村 衛門付近-
ファイサル達と別れて村の入口へと向かう。外柵はほぼ完成している。これに堀を加えれば大抵の襲撃には対処出来そうだ。入口の門がだいぶ頑丈な造りに変わっている。これなら多少の攻撃にも耐えられるかな。閂も大型化し、蝶番も金属製、要所は金属板で補強が為されている。ノーマが作ったのかな?村というより砦の入り口みたいだ。
「あ、マリーナ様、お戻りになったのですね。お疲れ様でした」
アイラの声も久しぶりに聞く。弓を持っているところを見ると、皆と射撃訓練でもしていたのだろう。長弓だから防衛訓練かな?
「随分と工事が進んでいるようですね。順調ですか?」
「皆が協力して工事はかなり進んでいます。問題は私達の動きが良くないと言いますか、上手く展開出来なかったり、弓の扱いが下手だったり・・・難しいです」
アイラ達は山脈での籠城戦もしていたはずなんだがな?まぁ、全員が戦闘に携わっていたとも限らない。そもそも俺自身で指揮していた奴らを殲滅したのが悪いか。
「そうですか・・・大勢で何かをするというのは基本的にどれも同じ着意が必要です。アイラ、貴女は何か考え違いをしているのではありませんか?」
「考え違い、ですか?」
「貴方達は既に立派な舗装道路を造り上げた実績が有ります。あれ程の事が出来るのに今更『動きが悪い』と考えるのは初期の到達水準が高過ぎるか、『置き換え』が出来ていないのだと私は考えます」
「『置き換え』というのは何でしょうか?」
そこからか・・・気付けば簡単な事なんだがな。
「この村に来た当初、私から言われた内容を覚えていますか?」
「はい、覚えている・・・と思います」
「そう自信無さげな声を出すものではありません。見ていた限りではしっかりとやれていましたよ。舗装工事では上手く成果が出せていましたね」
「はい、ありがとうございます。私達もあれで自信がつきました」
「それは良かった。であれば、皆さんは既に大勢で何かをするという『土台』は出来上がっている訳ですね。後は目的が『道路工事』か『拠点防衛』かの違いだけです」
「?」
「工事の時は貴女はどういう役割をしていましたか?」
「えぇと、直接作業には加わらずに皆の疲れ具合を見て交替させたり・・・成程、そういう事ですか。仰る意味が分かりました」
防衛戦だろうと道路工事と似たような役割分担となるはずなのだ。大勢で何かをするにはどうしても担任を分けて指揮・管理をする仕組みになる。プロスポーツのチームが典型例だろう。各ポジションは勿論、監督、コーチ、栄養士に専門医と様々な知見を用いて最高の戦力を発揮出来得るべく、それぞれの分野、立場で習熟することで『強いチーム』と成る。目的が何であれ、集団が対処するための仕組みはほぼ共通しているものだ。
「後は大きな枠組みを示す事でしょうか。例えば『基本的に左側通行』をするとか、配置に付いたらしゃがむとか、大きなところは揃えてしまった方が全体として動き易くなると思います」
当然だが『戦闘』と『工事』は異なる内容だ。しかし『この時はこうする』といった感じにそもそものやり取りを減らす工夫はどこでも通用する。要は上手く『システム化』するのが肝心で、その上でしっかりと管理する事が重要。極論すればそういう事なのだ。
「後でタニア達を寄越します。弓の取り扱いや、動作の基本は彼女達から直接教わるのが良いでしょう」
特に弓はメリッサが適任かな。俺自身も教わったが教官としても相当有能だし、単純に射手としての技量も高いので話に説得力がある。身体の構造を良く理解した教え方なのは流石医者の娘というところか。身体の使い方が本人も非常に巧い。
「弓に関して簡単なところでは・・・胸を張った姿勢で背中を使って引く、その練習をするのが良いかと。多分ですが腕力で頑張っているのでは?」
「・・・何もかもがマリーナ様の仰られる通りです。長として面目有りません」
「貴女は今知ったではないですか。知らない事は誰にだって有ります。だから気にする必要は有りません。知ろうとしないのは良くない事ですけれど」
アイラが変に落ち込んでしまった。マリーナの見た目は子供だからなぁ。中身は倍以上の知見と経験値を持っている訳だし、そこを気にされても困ってしまう。この娘なりに努力を積み重ねているのは分かっている。成果は確実に出ているし、充分優秀だ。
「アイラ、貴女はここに来てから沢山経験し、成長しています。もっと自信を持ちなさい。私も貴女を頼りにしているのですよ」
不意に顔を起こして俺の目を見つめる。少し驚いたような表情。何だ?目が潤んでいる様な?
「私は・・・頼りにされていたのですね。良かった・・・これからも励みます」
ゆっくりと彼女の手を取り、その指先を丁寧に包み込む。若干驚いた様な反応を示したが、逃げたりせずにこちらの為すがままに任せている。華奢で荒れ気味の薄汚れた手、彼女のこの手がこの村の今日を、明日を支えている。何を恥じる事があるものか。
「もっと胸を張りなさい。貴女は私が選んだ。貴女はそれに応えた。期待以上の成果が出ています。自分の働きに自信を持って下さい」
「はい・・・・・・ありがとうございます」
彼女の指先から震えが伝わって来る。そうか、これは俺が悪かったな。ずっとアイラは不安だったのだろう。皆の、俺の、役に立てているか。期待を裏切っていないだろうか。自問自答しながら必死に頑張っていたのだ。そうした中、俺は彼女の我慢強さに甘えてしまっていた。
他にすべき事は沢山有るが、アイラにフォートの長を命じたのは俺だ。彼女の面倒を見る責任が有る。忙しいのは理由にならない。経験値が少ない彼女には適正な評価とそれに基づく段階的な自信、反省、学習の繰り返しが重要。少しずつ自己肯定感を高め、最終的には自信を持って独り立ちしてもらう。
本来そうなるところ、俺は途中経過で総括して褒めるという重要な部分を忘れていた。確信が持てない状態で継続するのは不安が常に付き纏う、非常にストレスの高い環境。ずっとその状況だったという事だ。自分の間抜け加減に嫌気が差す。
「これからも、皆の力になって下さい。私も期待しています」
「はい、お任せ下さい。必ず、ご期待に応えてご覧に入れます」
強く握り返してくる手。どうやら彼女の自信には繋がった様子。今回はたまたまアイラの性格上、問題が表面化しなかっただけだ。恐らく、村の誰かしらがメンタル的なフォローをしてくれていたのだろう。
アイラの承認欲求に俺だけが応えていなかった。彼女の立場からすれば最も重要な相手である俺の応えが欲しかったはずだ。人を育てる過程での最重要部分を疎かにしていたとは、何とも情けない話である。反省してもっと良く目を配る様にせねばなるまいな。




