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好きな人が『いないいないばぁっ!』ガチ勢でした

作者: 相浦アキラ


「このカフェは私のお気に入りでしてね。いい雰囲気でしょう?」


「はい。とっても素敵です」


「浜崎さんが気に入ってくれて良かった。早速注文しましょう。お勧めはブレンドコーヒーですが」


「それでお願いします」


「マスター、ブレンドを二つ」


「かしこまりました」


「注文を受けてから手動ミルで豆を挽いていくので少し時間は掛かりますが、香り高くてとても美味しいですよ」


「……へぇ、こだわりがあるんですね」


「ええ。そこも私がこのカフェを気に入っている理由の一つです。小さく響き渡る上品な香りと静かな低音が、カウンターテーブルの木目に沁み込んで行く……。決して効率が良い訳ではないでしょう。だからこそ、この空間は非日常と日常の境目のような、温かい安らぎに満ちている」


「分かります……すごく……。海老谷さんと私は、感性が似ているのかも知れませんね」


「フフ。私もそんな気がします」


「あの……海老谷さんはお好きなテレビ番組とかは?」


「テレビ番組ですか。あまり見ないですが、唯一欠かさず見ている番組があります」


「何でしょうか?」


「『いないいないばぁっ!』です」


「――えっ?」


「『いないいないばぁっ!』です」


「…………」


「失敬。ご存じなかったでしょうか。『いないいないばぁっ!』はNHKのEテレで、8時10分から8時25分、16時5分から16時20分の一日二回放送されている乳幼児向けのテレビ番組で……」


「いや、知ってますけど。――あっ、親戚の子と一緒に見てるとかですか?」


「いえ、いつも一人で見ています」


「ああ……そうですか……」


「『いないいないばぁっ!』は大変に奥深く、素晴らしい番組です。幼児的全能感をベースとした、根源的かつ独創的かつ自由奔放な面白さの連続。メタファーレベルでストレスフリーの構成。そして何より……私がこの番組を愛してやまない一番の理由。それはこの作品の全編に、幼子を抱きしめる母のような慈愛が満ち満ちているという、その一点に尽きます。ひたすらに承認を追い求め、他者を蹴落とし、不毛な努力を続けざるを得ない生きづらい現代社会。そんな中、『いないいないばぁっ!』は……『いないいないばぁっ!』だけは、無条件で私を優しく肯定してくれている。私は生きていていいんだと、生きていて良かったと、『いないいないばぁっ!』を見ている時だけは、心からそう思えるんです」


「そうなんですか……」


「うーたんはご存じでしょうか?」


「ああ……あの頭がマラカスになってる……?」


「そうです! マラカスなんですよ! 頭が! 元気さが一目でわかる素晴らしいデザインです! 実際、友達想いで、可愛くてとっても活発な子なんですよ! ちなみに外見から女の子だと誤解されがちですが、うーたんは音楽の国出身の妖精でして、女の子でも男の子でもありませんので、そこは誤解なきようにお願いします。……うーたんは本当に趣深い。まだ二歳前後と幼い事もあり、元気さが有り余って失敗してしまう事も多いのですが、間違いを認めて成長する事が出来るのも魅力の一つと言えるでしょう。そして忘れてはならないのが、類まれなる歌唱力……『ボンボン・シャボン』は名曲です。一人でカラオケに行く際は必ず歌わなければ気が済まないくらいです。そうです。『いないいないばぁっ!』の歌は名曲ぞろいなんですよ! 特にお気に入りなのは、ゆうなちゃん世代の楽曲ですが、『くらげのぷわりん』ですかね。優しくて、でもどこか切なさのこもった名曲ですよ。聞く度についつい涙が……おっと失敬、思い出し涙が……でもやはり、一番歌って楽しい曲は『ピカピカブ~!』ですかね! 浜崎さんとも是非一緒に歌ってみたいです!」


「あの……」


「コーナーですと、最も心躍るのは、王道の『ピカピカブ~!』ダンスですかね! 視聴しながら踊るのも楽しいですし、多種多様なお友達の行動様式にも目を奪われます。ですが個人的にはお友達のイラスト紹介コーナーも非常に推しておりまして、狙っては決して出来ない、真っ直ぐな純粋さと明るさ。あの発想力と描写力は天才としか言いようがない……。画面の前で何度唸った事か。……私も何度かイラストを送付してみたのですが、残念ながら一度も採用して貰えていません。もっと精進しなければ……」


「ええ……」


「そうそう、ワンワンはご存じですか? もちろんご存じですよね? 祖父のような優しさと、愛くるしいかわいらしさ、自然な人間らしさを両立していて大変に趣深いです。ちなみに声優の方がスーツアクターもなさっているそうです。少しでも演技を自然にする為の努力の一端なのかも知れませんね。……そうなのです。巷では『子供だまし』なんてふざけた言葉が飛び交っておりますが、実は子供を楽しませるのが一番難しいのです。私は年の離れた弟がいるので分かるのですが、子供は大人よりよっぽど苛烈で理不尽な評価をくだします。一つでも、どんな些細な事でも気に入らない点があると、一瞬で唾棄されてしまう。だからこそ、子供向けコンテンツというのは作り手が細部までこだわりぬいて作り込む必要があるのです。そう考えて見ると、ワンワンの声優の方がスーツアクターを兼任しているという事実にも重みが出て来ると思いませんか?」


「えっと……」


「あれ? どうなさいました?」


「あの……私ちょっと急用を思い出してしまって……」


「そうですか。それは残念です。是非またご一緒させてください」


「いえ、もう結構です……」


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