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9/14

作戦七、旅先で逃げる

「姉が結婚するみたいなので、二週間ほど帰郷します」

「そっか。いつ頃?」

「来月……ですね」


 そんな会話をしたのは、先月のこと。



 いつの間にやら、その日になっていた。


「言い忘れてたけど、帰ってきたら大事な話があるんだ。仕事に関係してるんだけど」

「……? わかりました」


 ニルスの仕事で私も関係することってあるだろうか。彼が言う前に上司から話があると思うけど、今のところ、何かがあったことはない。

 ……まあ、どちらにしても私はそれを聞くことはないだろうな。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 いつかの時に旅支度した荷物をそのまま持って、見送られる。

 もしかしたらまた邪魔されるかと思ったけど、すんなりと出発できそうで安堵した。


 もう帰ってはこないつもりだから。





 姉に祝福の言葉を贈ってから、私は王都へ向かわずに、全く別方向の列車に乗り込んだ。

 事情は言わずに居たから、彼らも私が王都に帰ると思っているはず。


 ニルスには事故か何かで亡くなったと思ってもらえれば、これが「昔、大切な人を亡くしたことがある」に繋がるのかもしれない。

 好かれてはいると思うけど、『大切な人』ってちょっと自意識過剰っぽい?


 一応、本当に死なないように、身辺には気を付けておこう。それでもダメならもうどうしようもない。

 ゲームの本編が終わる頃には家族には会えるとして、ニルスは……状況によるかな……。



 乗り換えた列車が出発するまで、人が行き交うホームをぼんやりと眺めていると、カタンと荷物が置かれた音がした。誰か来たのかと視線を上げると、窓には私の背後に立つえらく美人な女性が映り込んでいた。


 彼女は私の向かいに座って、私が見ていることに気がつくとふわりと笑った。

 長い黒髪と整った顔立ちで、パンツスタイルで格好良い。前世で見た友達のようで、なんだか懐かしい。


「ねえ、貴女。どこまで行くの?」

「……終点まで」

「偶然ね、私と同じ。良ければ暇つぶしに話さない?」


 そんな風に誘われて、暇なのは確かだしと話し始めてみると、彼女は人の懐に入り込むのが上手かった。なんだかリラックスしてしまって、前から友達だったかのように、会話が弾む。


「ニコラって、昔の友達に似てる」

「友達?」

「うん。黒髪の美人で、気が強そうな顔立ちで……あれ、でもそんなに性格は似てないかな。その子とも当時はすごく仲良かったんだけどね。こんな風に話せる友達ってあまりいなかったから、錯覚しちゃったのかも?」


 ニコラはちょっと驚いたように目を見張ってから、くすくすと笑った。


「褒めてくれてありがとう。サラはすごく可愛い」

「普通だよ、普通」


 私が謙遜していると、微笑ましそうに頭を撫でてきた。黒い革手袋をしているから、人の手ではなくごわごわとした感触だった。

 初対面の相手に子供扱いをされるほど、私は子供っぽいのだろうか。


「人懐っこいし可愛いし、モテるんじゃない?」

「いやいや、そんなことはないよ。人生で一回しか誰かと付き合ったこともないし。誰かから告白されたこともないから」

「それ、本当?」

「そんなに驚くこと?」


 そんなに引く手数多に見える? いや、そんなはずはないけど。

 今も人懐っこいというより、たまたまニコラが付き合いやすいだけだから……うーん。


「ニコラは?」

「つい最近振られちゃって」

「そうなんだ……」


 そう言った彼女の表情が寂しそうだったので、ニルスは今頃どうしているだろうと頭によぎった。

 いや、そもそもまだ帰る予定の日付じゃないし、気が付いてすらいないはずだけど……。


 そんな風に話していると時間が過ぎるのが早くて、いつの間にやら終点に到着していた。


 一期一会とは言うけど、もう会えないのは残念に思えて、列車を降りてから去っていこうとする彼女を引き止めた。

 立った状態で隣に並ぶと思ったよりも背が高くて少し驚く。


「私はこれからこの街に住むんだけど、ニコラは何をしにここへ? 観光とか?」

「本当に奇遇。私もここに引っ越してくる予定で。今日はその下見」

「そうなんだ! じゃあ、また会えるかもね」

「そうね。……女性とはいえ、初対面の相手にそんなに心を許しちゃダメよ。もっと気をつけないと」


 窘められてしまって、確かにその通りだと恥じ入ってしまう。


「気をつける。ニコラも、気をつけて」

「私は大丈夫だけど、ありがとう。またね」


 私が逡巡しているのに対して、ニコラは挨拶を済ませると、すぐに去って行ってしまった。

 寂しく思いながら、少しだけ手を振って別れる。

 あの時間を楽しいと思っていたのは私だけで、彼女にとっては本当に、ただの暇つぶしだったのかもしれない。


 ……これから、今日の宿だって決めなくちゃいけない。彼女と話し込んでいる場合でもなかったし、別れたのは良いことのはず。



 そう思って歩き出せば、王都とは趣が違うものの、華やかな街並みだった。

 行き先を都市にしたのは、仕事の見つけやすさや住みやすさもあるけど、王都のニュースがすぐに入ってくるから。


 魔道具による連絡はそれなりに発達していて、大きな新聞社なんかはすぐに情報が入ってくる。地方都市からしてみれば、王都の流行などは娯楽として受け入れられているから、即位式などのイベント事ともなれば、便乗して大騒ぎをしたりもするはずで。

 乙女ゲームの始まりの合図である即位式や立太子が行われれば……私の死を回避したと思って良いと思う。


 とりあえず、暮らしていけるようにまずは頑張らないと。





 とりあえずアパートも借りれたし、仕事も見つけたし、生活はできてる。

 公的な施設だと名簿が共有されているかもしれないので避けて探した兼ね合いもあって、回復魔法とは全然関係ない仕事。

 せっかく頑張ってここまで使えるようになったのに、とちょっと勿体無い気持ちもあるけど仕方がない。


 そもそも、故郷にいた時は今より使えない魔法で。ちょっとだけ傷の治りが早くなる気がする程度の力しかなかった。

 勉強し始めたのは王都に来てから。


 王都に越して来てすぐの頃、遠征から帰ってきた騎士が整列して歩いているのを見て、すごく格好いいと興奮して、その中の一人に一目惚れした。

 正直、ミーハーでしか無かった。普通の子ならキャーキャー騒いで終わりなんだろうけど、私には回復魔法があったから、つい期待を抱いてしまって。


 頑張って勉強してみたものの、本格的な治療の知識なんて、田舎から出てきたばかりの女性が身につけられるものではなかった。中途半端な魔法しか使えないのに雇ってもらえたのは、幸運に幸運が重なった結果。


 すれ違っただけの相手の名前を知って、まさか付き合えるなんて思ってなかったし、本来関わり合えるような世界ではなかったのかも。

 知らない土地に来てしまったから、今は知り合いなんて一人もいない。


 ……なんか、寂しいな。




「あ、もう何にも食べ物がない」


 何もする気になれなくて、部屋に篭って生活してるから、仕事以外で出かけるのは食事の調達くらい。お金が心許ないから和食の調味料なんて買えるわけもなし。


 もう今日は大衆食堂で良いかな、と考えながら家を出た。


 ようやく慣れてきた風景を眺めながら歩いていると、後ろから「サラ」と呼び止められたような気がした。

 いや、でもこの辺りに知り合いなんていないし、別の人を呼んだのかも。

 そのまま歩き続けていると、いつの間にか横に見知った女性が並んで歩いていて、驚きで立ち止まる。


「サラ、久しぶり」

「ニコラ! もう会えないかと思ってたのに。この辺に住んでたの?」

「ううん。この辺りは移民や出稼ぎの人向けに貸家が多いから、もしかしたらサラもここに住んでいるかもと思って、たまに見に来てただけ」


 ニコラは着ている物が上等そうだし、この辺りに住むようなタイプじゃないか、と納得した。

 前回は長時間移動するからパンツスタイルだったのかと思っていたけど、今日も同じような服装で、単に好きな格好をしてるのかもしれない。


 それにしても、たまにとは言っているけど、まさかわざわざ探してくれていたなんて。あの場限りでお終いなのだと思っていた。


「探してくれてたの?」

「サラに会いたかったから」


 友達だからという意味なんだろうけど、ちょっと照れそうになった。


「どこかへ出かけるところ?」

「……今日は外食をしようと思ってて」


 大衆食堂、とは言いづらい。この辺りの食堂は本当に労働者向けだから、ニコラのような女性が入るところではない気がする。

 ニコラは良いことを聞いたかのように、パッと笑顔になった。


「なら、ご馳走させて。良い店を見つけたから」

「え? 流石に悪いよ」

「再会祝いだから」

「それなら尚更、ニコラだけが出すのは違うんじゃない?」

「気にしないで。いいから、行こう?」


 少し強引なニコラに手を引かれて、歩き出す。

 女同士で手を繋ぐってどうなんだろう。いや、前世でしたことがないわけじゃないけど……今世ではないな。

 距離感が近い人なのかもしれない。


 流されるまま連れていかれると、ニコラは宣言通り奢ってくれて、次に会う約束もしてしまった。




 私のどこを気に入ってるんだろう。

 今日で会ったのは二回目だけど、まさか新手の詐欺じゃ……と疑ってしまったものの、その後に会った時も会って話をするだけだったから、少し不思議だった。

作戦七、旅先で逃げる。成功……?



まあ、お察しの通りですね。

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