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作戦六、逃げる

 乙女ゲームについて、よくよく思い返してみる。


 そもそもの話、ゲームの始まりというのは即位式の後だ。

 攻略対象の中に皇子がいて、その人が皇太子になった直後くらい。具体的な日時まではわからないけど、現在の陛下が引退した後で、その息子が即位して、孫は立太子するという流れ。


 皇子は周囲の環境がガラッと変わってしまい、自らへの期待も重い中、お忍びとして城下町に降りるようになる。そんな中、出会ったのがヒロインで。 ヒロインは街中で会った男が皇太子だと知らずに交流を始める。


 ニルスは皇子の護衛として出会う予定。純粋に貴族だと、街中を案内するのが難しい。かといって平民だと礼節を弁えていない。一代貴族の孫というのはちょうどいい塩梅というやつなのかもしれない。


 今のところ現在の陛下が引退するという話は聞こえてこないけど、おそらく今から三年から五年くらい後だと思う。ニルスは年上枠だったから、逆算するとそれくらいのはずだ。


 そう考えるとゲーム内ので『昔、大切な人を亡くしたことがあるんだ』という言い方からして、あまり猶予は無さそう……。

 昔っていうと……せめて三年程度は期間が開くか、あるいはもっと長くてもなんらおかしくはない。


 今日か明日にでも、私が死んでいる可能性もある……?

 待って、正直もっと猶予があると思ってた。全然ないじゃん!


 ……逃げるしかないんじゃない?


 だって、説得も難しい上に、これ以上時間をかけていられない。

 私が逃げた場合、別の誰かがその役割を負うことってあるのかな。逃げ出すのは無責任かと思いつつも、やっぱり自分の命は惜しい。


 ただ、あんまりゲームの中のニルスと今の彼と、イメージが合わないというか……誰かを亡くしたせいなのかな。

 今のあんな甘い感じじゃなくて、もっと落ち着いていた。

 大切な人を亡くせば元気もなくなるとは思うけど、立ち直れずに何年もってこと? ヒロインとくっついた後も落ち着いた感じで……今のような感じでは無かったけど、数年経てば人も変わるものかもしれない。


 もしかしたら、この世界が乙女ゲームとは全然違う道を行ってるのかもしれないけど、確かめようがない。


 逃げ出そうとした先で死んで、それがニルスに伝わる可能性も考えられるけど……とにかく、何もやらないよりはマシ!


 次……というか最後の作戦になるけど、ここから逃げ出そう!


 



「とりあえず、ほとんど持っていけないけど、持ち歩ける程度の荷物をまとめておいて……」


 唐突に消えて、本当に申し訳ないけど……。

 私が休みで、ニルスが仕事の日を選んで、出発の準備を整えた。


「よし、行こう」


 と、立ち上がった瞬間、遠話の魔道具が鈴の音を鳴らす。

 はたと立ち止まって、音の方向を見やる。


「流石に無視できない、よね?」


 滅多に鳴らないので、大事な用件だったらまずい。

 仕方なく音の方向へ歩き出して、受話器を手に取った。


「はい」

『サラ? ちょっと忘れ物しちゃって。書斎の机の上に封筒が置いてあるから、中身は見ないで持ってきてもらえない? 大事な物なんだ』


 受話器の向こうから、ニルスの声がした。

 彼が忘れ物なんて、珍しい。


「書斎にある封筒ですね」

『うん。昼休憩の時間に持ってきて欲しいんだ。いつもの場所で待ってるから』

「わかりました」

『ありがとう。それじゃ、また後で』


 プツッと切れた遠話の魔道具に、なんだか妙にタイミングが良いな、と首を傾げる。

 別に今すぐ出ていかなければいけないわけでもないし、延期してもいいか。いや、できる限り早い方が良いけども。

 大切なものなら、私が家を出る前で良かった……のかな?


 旅支度をした荷物は自室の奥の方へ仕舞い込んで、昼を待った。





 いつもの待ち合わせする場所へと赴くと、誰もいない。かと思ったら、ちょうどニルスもやってきたところらしく、遠くでこちらに向けて手を振っているのが見えた。


「これで間違いないですか?」

「ありがとう! 助かったよ」

「良かったです。なら、私はこれで」


 笑顔で受け取ったニルスは、これで用事を終えたと帰ろうとした私の腕を掴んだ。


「ついでに、外でご飯食べない?」

「書類は良いんですか?」

「午後一番に出せば大丈夫。行こう」


 そのまま手を繋いで、有無を言わせず連れて行かれる。


 食事をしてからだと……やっぱり今日は無理か。

 水を差されたような、ホッとしたような。





 ちょっとお洒落なレストランに連れて行かれて、ようやく家に帰ってきた頃には、もう昼を大分過ぎていた。


 今から遠くまで逃げるにしても、日が暮れた後に今夜の宿を探さなければいけないかもしれない。知らない土地での夜歩きは避けたい。

 ……別の日にしよう。

 そう思って普通に過ごしていたら、帰ってきたニルスは手に何か大きな袋を持っていた。


「家に引っ越してきたときに沢山持ってきてくれたけど、そろそろ無くなりそうでしょ?」

「ありがとうございま……」


 何だろう? と思いながら、ニコニコと手渡された袋の中には、私が好きな和食の調味料がたくさん。

 高くて手が出せなかった物まである。

 私が笑顔のままで固まっていると、ニルスは首を傾げた。


「どうかした? もしかして、どれか間違ってた?」

「い、いえ! いっぱいあって驚いただけです。ありがとうございます!」


 間違ってはないけど、和食の調味料、普段は私しか使ってないんだよね……。

 私が出て行ったらたくさん余って、ニルスは困るかもしれない。

 もうしばらくここにいて……いや、でもそんな風にぐだぐだしていたらどんどん時間が。


 そんな私の思いを知ってかしらずか、ニルスは笑みを浮かべていた。





 なんかおかしくない?


 タイミングが悪いというか。

 とにかく、逃げ出そうとするたび、なんというか邪魔が入る。


 運命的なものが、何としても役割を全うさせようとしている、とか?

 そんなことあるのかな。


 考え事をしていたら、手の中のものを壁にぶつけそうになって、慌てて立ち止まった。


「それにしても、超、重い……! 」


 劣化したわけじゃないけど、新しいレシピが開発されていたりして廃棄になる予定の薬瓶が、籠一杯。

 これどうしますか、なんて聞くんじゃなかった。捨てるのが最適解なんてわかりきってたのに。みんな面倒臭がってやらなかったことなんだから、何も見なかったふりして薬品庫に戻せば良かったのに。


 流石に瓶が籠一杯と、さらには中には液体も入っているのであれば相当重い。

 時々休憩しながらよたよたと歩いていると、前から制服に身を包んだニルスが歩いてきていた。

 お互い勤務中に声をかける気はなかったけど、向こうがこちらに気づいてしまい、籠を取り上げられてしまった。


「随分大荷物だね。どこまで行くの?」

「集積所です。廃棄の予定なので」

「じゃあ、代わるよ」

「あ……ありがとうございます」


 悪いなとは思ったものの、やはり重かったので素直に礼を言った。


 隣り合って歩き出すと、いつもと違う感じがして、その理由がすぐにわかった。家を出る時は普段着だし、仕事の前に制服に着替えているようなので、制服姿というのはあまり見慣れない。

 この期に及んでそんな些細なことでドキドキしているとか……自分のことながら呆れてしまう。


「来月にさ、気になってるって言ってた演劇見に行かない? 延期になってた公演が再開するんだって」


 ふと思い出したかのように、ニルスは私を誘った。


「来月ですか」

「そう、来月」

「……わかりました。楽しみにしてますね」


 来月の約束をしていいのかわからない。というか、破ることになる約束はするべきじゃないと思うものの、断る理由も見つからない。


 別れようと話をしたのはついこの間なんだけど、先の約束をしようとするなんて。きっとわかっててやってるんだろう。

 ……まさか、何か気づいている訳ではないと思うけど。


 ……絶対絆されないようにしないと!

作戦六、逃げる。保留!

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