作戦三、メシマズ彼女になってみる
流れるように同居が始まったんだけど。
これもうなんかもう、どうなってるの? 全くわからなくて困る。
ええと、逆に考えよう。
同棲した瞬間相手の嫌なところが見える、っていうのは男女関係でよくあることだと思う。
なら、私は嫌な面を見せていけば良い。……本当は好きな人相手にそんなことしたくないけど、背に腹はかえられない。
と言うのも、一つ作戦があって。
輸入雑貨店で探し回って、ようやく見つけた味噌と醤油!
ほんと、見つけた時は大歓喜したし、お店の人にすごい形相で見られた。
私が前世の記憶に目覚めてから、和食が食べたくて食べたくて仕方がなくて、それはもう方々探し回った。
正直お安い物ではないんだけど、家賃が浮くからってつい買いだめした後で、この味ってこの国ではあまり受け入れられてないんだったと思い出した。
使わないのも勿体ないし、これを使えば自動的にメシマズ彼女になれる上、私は美味しい思いができる!
「三十分クッキング〜!」
元気を出さないとやっていけない!
脳内で有名なてれれてってってって♪ が流れ始める。
さすが高給取りだなあ。魔導コンロとかあって日本の家と利便性がさして変わらない。これだけでも出て行きたくなくなる……。ダメだ、誘惑に負けてはいけない。
「い、いつかお金を貯めて買おう……!」
そう決意をして、無難にお味噌汁と煮物と焼き魚を作った。凝った物なんて作れないので、本当に三十分クッキングだった。
出来上がったおかずを見ていると、罪悪感が湧いてくる。……さすがに何一つ食べられないのは可哀想だから、他にも何か作ったほうが良い気がしてきた。
そう考えていたら、ふいに後ろに引き寄せられていた。額に自分のものではない髪の毛がかかる感触がして、背中が温かい。
「ご機嫌で歌ってたね」
「い、いつ帰ってきたんですか?」
「ついさっき」
いやもうほんと、不意討ちが多い! 色んな意味で動揺して、息を呑んだ。
私はいつから脳内で流していた曲を鼻歌で歌っていたんだろう。
「なんて歌?」
「曲名は知りませんが料理を作るときの……テーマ曲というか。もしかして、うるさかったですか?」
「全然。俺の家にサラがいるんだなって実感できて嬉しい」
慌てて謝ると、ニルスは機嫌が良さそうに目を細めた。
ざ、ざざ罪悪感がすごい!
「引っ越し当日くらい外で食べても良かったのに。ありがとう」
「い、いえいえ! これくらい、全然! いつでも作ります!」
まあ、頼まれることはないと思うけど!
とりあえずさっき考えた通り、せめてもう一品作らなければ、と腕の中を抜け出そうとしたけど、離れる気配がない。
「もう一品作るところなので、もう少し待っててもらって良いですか?」
「うーん、もう十分じゃない?」
「大……丈夫ですか? これしか作ってませんよ」
明らかに一般的じゃない食べ物が、鍋の中に用意されてるはずなんだけど。
「冷める前に食べよう」
「そ、そうですね」
本人が言うなら、良いの、かな?
鍋から皿によそった方が、見たことがない料理が並んでるのに気づくかも。テーブルに並べて、ニルスの反応を見る。
「異国の料理だね」
「はい、最近ハマってて」
ニルスは「そうなんだ」と感心しながら味噌汁を一口飲んだ。ドキドキしながら待ってたのに、顔色は変わらない。
……あれ?
「ど、どうですか?」
「美味しいよ」
まさか無理して食べてる? と様子を窺うものの、本当に普通に食べている。
私が困惑していると、ニルスは小さく笑いを漏らした。
「新し物好きの貴族がパーティで出してるのを見たことがあるんだ。俺は好きだけど、あまり好きじゃないって人もいたな」
「へ、へえ」
「だから、そんなに不安そうな顔しなくても大丈夫だよ」
安心させる物言いに不覚にもドキッとして、不味いと思わせなければいけなかったのに、美味しいと言われて安心してしまった矛盾が頭をもたげる。
「普段から食べてるの?」
「ほぼ……毎日です。好みが分かれると思ってはいたんですが、食の好みが合わないと後々大変だって聞いて……今後のために一応の確認というか」
聞かれてもいない言い訳を連ねて、視線を逸らした。
なんでこんな言い訳が出てきた!? これじゃ先々を考えてますって言ってるような物では!?
「なら、明日は俺の好きな物でも作ろうかな」
「そうですね、食べて……みたいです」
明日何が出てくるのかわからないけど、そう答える以外にない。
深く突っ込まれなかったことにホッとしたけど、なんかもう居た堪れなくて、美味しいはずの和食も味がしなかった。
食後、片付けが終わって何とはなしに会話が途切れると、胡坐をかいて座っているニルスにおいでおいでと手招きをされた。
「何ですか?」
「手貸して」
手? と思いつつも、手くらいなら良いか、とそのまま差し出す。
「いつも魔法をかけてばかりで、かけてもらったことはないでしょ?」
私がコクリと頷くと、差し出した手を両手で握られる。手を繋いだことはあるけど、こう目の前で包まれると大きさを実感して何とも言えない気持ちになる。
「俺は回復魔法は使えないけど、行軍の関係上、疲労回復くらいはできるから。この系統の魔法って他人にかけてもらうと心地良いって知ってた?」
「……知りませんでした」
会話の間にも、手のひらからじわじわと温まるような感覚がしてくる。確かにこれは気持ちがいい。
「やけに人が来るのって、これも目当てだったり?」
「だろうね」
それにしても、本当に皆こんな感覚だったのかな?
結構効いてるというか、上手なマッサージを受けてて、うとうとしてくるような感じで。
確かに皆リラックスしていたような気もするけど、ここまででは……なかったはず……。
何だか脳がふわふわしてきて、眠くなってくる。
「ねえ」
私が眠気と戦いつつ首をひねっていると、満足そうなニルスと目があった。
「相性が良いほど心地良く感じるっていうのが通説なんだけど、今どんな感じ? 俺はすぐ眠くなるから勤務中は全然行けなかったんだけど。……寝ちゃった?」
「…………起きてます!」
ハッ! と目覚めたように手を引っ込める。
眠気で会話が頭に入ってこなくて、三十秒くらいかけて脳内で噛み砕く必要があった。
ようやく理解した時に、衝撃で目が覚めて。
「ええと、すごく疲れてたみたいなので、ぼーっとしていたというか。そうですね、とりあえず……寝ます!」
「なら、寝る前にもう少しやってあげる。これでもよく効くって評判だから」
その後すぐ再開されて、頑張って耐えたけど、残念ながら寝落ちした。
もしかして眠くなる魔法なんじゃないかって疑ったんだけど、寝て起きたら久しぶりにすごく身体が軽かった。
……有難いけど、毎日受けたらもう戻ってこれなくなりそう。
作戦三、メシマズ彼女になってみる。失敗!