作戦二、仕事が忙しくてと言ってみる
私の仕事は騎士団に所属している回復術師というやつで、術師と言うと大仰だけど実際は大した力はない。
できるのはせいぜい止血くらい。
まあだからこそ気楽に使えるわけで。
欠損や重度の火傷などを回復できるような術師の魔力は出来る限り温存しておきたいけど、私のようなちょっとしたことしか出来ない回復術師は、魔力を使い切らせたところで問題はない。
生傷やら水虫やら口内炎やら、もはや訓練とは関係ないことまで頼まれる。
水虫はね、職業病だからわかるんだけど、口内炎って何? それって魔法で直す必要ある?
いや、ご飯食べる時しんどい気持ちはわかるから治しますけど。
訓練の合間に女性の世話になるというのは癒されるらしく、魔力の都合で人数制限はあるものの、盛況である。
と言ってもニルスはほとんど来ないんだけど……逆にそこが好印象で、おっとそんな話は今は必要なかった。
普段は班ごとに順番に訓練の日が設けられているけど、やっぱり集団で訓練する時期というのはあって、それはちょうど今だった。
つまりは、繁忙期と言うやつ。
わざわざ私の仕事が終わるのを待っていてくれたニルスと合流して、帰路を歩く。
ここのところずっと、家まで送ってくれていた。
「疲れた……疲れた……」
「お疲れ様、大丈夫?」
「う……はい。だいじょうぶで…す…」
魔力がカラカラに吸い取られたせいで、疲労感がすごい。油断すると口から疲れたしか出てこなくなる。
こんなことしか言わない恋人ってどうなの? という感じだけど、毎回律儀に心配してくれるので、心に染み渡る。
ああ、でもこれ、恋人が別れる理由でよくある「仕事が忙しくて」ってやつができるんじゃない……?
疲れた頭の中に浮かんだ妙案。この疲れ果てた現状から見て、すごく説得力があるのでは、と頭の中で計算した。
「私達、終わりにしませんか」
あまりに唐突な言葉に、ニルスが驚いて目を見開くのがわかった。当然だ、本当に思いつきだもの。
「……どうして?」
本当に疑問のようで、傷ついた顔というより、驚き顔のまま首を傾げた。
「仕事が忙しくてデートも出来ないし、迎えに来てもらわないと普段は会うことも出来ないですし……申し訳ないので」
「もうすぐ忙しい時期も終わりじゃなかった?」
「……そうでした」
それもそうだった。これじゃあ、別れたい言い訳としては弱い。……疲労で思考がおかしいのかもしれない。疲れてると頭働かないって言うけど本当だな、と独り言ちる。
納得させるためには、何か他の言い訳も捻り出さないといけない、くたびれた脳に鞭を打つ。
「ええと、でもほら。普段もお互いそれなりに忙しいじゃないですか。こうやって迎えに来てもらうのも悪いし、休日の度に会ってたら、休む時間もないですよね?」
「そうだね」
考えついた内容を早口で捲し立てると、ニルスが神妙な表情で頷いた。正直適当だったけど、これは好感触かもと期待を抱いた。
「俺は全く問題ないけど、サラは日に日にやつれて行くから心配だなあ……。むしろ君の方が疲れてるように見えるよ」
「ははは……」
同意というか、私への心配だったらしい。
最近、ひどい顔色をしている自覚はある。
死ぬかもしれないのに別れられない心労とか、ワンチャン死なないんじゃないかって急に過信が始まったり、やっぱり無理だって絶望したりとテンションが上がったり下がったりで、私自身がその変化についていけてない。
さらに、仕事で体力的にも疲れるっていうコンボが効いてるので、私の顔面偏差値がダダ下がり中だった。
しかもそんな顔でもニルスに会わなければいけない緊張で……なんかもう、疲労困憊の今。
「そうなんですよ。このままだと仕事にも支障が出るし、会う回数を減らすのも申し訳ないので……」
こんな感じでどうだろう。
ニルスも悩み始めたし、このまま別れるほうへ持っていけるのでは?
「うーん、そうだな。なら、一緒に暮らす?」
「え? ――え?」
今、なんて?
期待をぶち壊すような、あまりにも耳を疑う言葉を聞いた気がして、二回聞き返した。
「一緒に暮らそう。そうしたら忙しい合間を縫わなくて済むし、疲れてるなら家で一緒に過ごせばいい」
聞き間違いじゃなかった! そして疑問符が取れた!
すごく普通の顔で誘われてるけど、付き合って……二ヶ月、経ってないよね? 早くない? この世界で他に誰かと付き合ったことがないから基準がわからない。
「そ、そういうのはまだ早、」
「空いてる個室があるから、君の家の物を全部持って来ても問題ない」
「うっ」
「持ち家だから家賃もいらないし」
断ろうとした瞬間、被さる声。
まずい、まずい、これは良くない。
治安の良い場所に引っ越したばかりで、思ったより家賃がヤバイなとは思ってたけど、頷くわけにはいかない!
魅力的すぎる提案だけど……!
「女性の一人暮らしっていうのは何かと不用心だって、前も言ってたでしょ? あれからずっと心配で」
そうだった、私が相談したんだもんね……!
田舎から仕事を求めて出てきた女性をターゲットにした犯罪は多いし、私も同じ境遇で。
騎士というのはもっと重い犯罪しか捜査しないし、自警団に相談するにも地域の裁量が強くて、何もしてくれないことも多い。
ストーカー紛いの男に付き纏われてて、どうしても怖くてニルス相談したのに、結局そこに住み続けるのは気持ち悪くて引っ越したっていう顛末だった。
「迷惑を掛けるわけには、」
「何にも迷惑じゃない。むしろ嬉しいくらい。他に何かダメな理由、ある?」
「な、ないです」
実際にはあるけど聞かれて答えられる物はないし納得させられない、と瞬時に理解した私は反射的に頷いていた。
しまった! と我に返るとちょうど私の住んでいるアパートの前だった。「考えておきます!」って言えば良かったのに、と思ってももう遅かった。
あああ、失敗した! 基本的にニルスと話すときは頭が真っ白になりがちで……!
「それじゃ、また明日」
「は、はいぃ」
私が慌てている間にも、いつも通り別れ際に触れるだけのキスをされて、毎回のことながらさらに狼狽えてしまう。しかもそれを楽しんでいる様子なのがなおさらタチが悪い!
「お、おやすみなさい!」
返事を待たずにアパートの階段を早足で上って、部屋に駆け入る。
窓から見下ろすと、部屋の扉が閉まった音が聞こえたのか、ようやく離れていくのが見えた。
心配っていうのは、本当なんだろうな……。
「……どうにかして、お断りを……」
別れる事すら上手くできていないのに、無理では。
墓穴掘った……。
作戦二、仕事が忙しくてと言ってみる。失敗!
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