日常
朝。差し込む光がまぶしい。
何故か普段と違って目覚めが良い。
然し体が起きていないので、寝たまま首だけを回す。時計の針は7時を指している。
辺りを見渡すと、見慣れないベッドに嗅ぎなれない匂いの枕、何なら無臭だ。小鳥の声は大きいし、川の流れも聞こえる。
そうだ。昨日はエノの家に泊まったんだ。
エノと暫くの間会えてなかったから、話のネタも豊富な夜だった。興奮しながら話しきった後、僕はそのまま疲れ切って寝ちゃったんだ。
眠る直前、エノは神妙な顔つきで自粛期間中の溜まりに溜まった新聞を睨みつけていた気がする。
それより
「う~ん…。」
「あ、おはよう、亮。よく眠れたかい?」
「おはようエノ。」
僕は眉をひそめる。
「どうしたんだい。考えこんで。」
「…昨日の夜、夢を見たんだ。」
「…。」
エノは驚いたように、笑顔に戻る。
「確か誰かと遊んだ夢だったんだけど…、誰だったかなぁ…?」
「高校の友達とか?」
「う~ん、そうかなぁ。」
後頭部にできた寝癖を直しながら、顎にしわを寄せて見せた。
「そんなことより、さ、朝食、できてるよ。」
「あっ、ありがと。」
朝食はフレンチトーストだった。たくさんの卵の液を吸い取った食パンを、フライパンで金茶になるまで焼く。その上から飴色の、はちみつの衣を纏わせれば完成だ。
「いただきます。」
「どうぞ~。…あ、そっか。今日新聞無いのか。」
少しシュンとした表情になる。
「あぁ、どうする?持ってこようか?」
昨日深夜まで付き合ってもらった礼だ。少しは貢献したいと思ったが、
「んや、いいや今日は。」
「そっか。」
少し冷たく感じたが、フレンチトーストの熱さで我に返る。ま、今日ぐらい読まない日もあるか。
何ならここ数か月読んでなかったし、少しは耐性が付いたのかな。
ネクタイを結んでいるとエノが質問してきた。
「今日はどうするのかい?」
「ん?何が?」
「夜、ウチくる?」
「あー、うん。行く。」
「クラスとの交流は大丈夫なのかい?」
「うん。ここの森が落ち着くんだ。…それに、」
「それに?」
エノが顔を覗き込んでくる。
「エノがいれば、それでいい。」
「…よく恥ずかしい言葉を真顔で言えるよね。」
「う、うるさいなぁ!」
顔から火が吹き出そうだ。が、
「。」
彼の顔もほんのり真紅に染まっている。
「ほら、もう、時間だよ。8時。」
言葉が詰まって出てこないようにも感じる。
「ほんとだ、あー!寝癖直してない!…もう今日はいいや行ってくる!」
「…行ってらっしゃい。」
ちょっと色っぽく見せるなよ、気色悪い。だが、元凶が僕なので野暮な返答はできない。
でも自分でも驚いた。エノがこんなにも自分の心の柱になっていることが。今日はどうしよう。家から新聞持ってって、飲み物は何がいいかな。エノっていつも珈琲飲んでたな。そうだ、そうしよう。喜んでくれるかな。くれるといいな…。
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芹小、芹南生にばれないよう森を抜ける。誰もいないのを確認し、通学路に合流し、しばらく歩いた後
「亮ちゃん!おはよ。」
虎鉄が肩を組んできた。僕はそれに応える様、無意識に笑顔を作っていた。
「おはよ、てっちゃん。」
「おいおい亮ち~ん。昨日の親睦会来なかったのもったいなかったなぁ。」
虎鉄は何かいいことがあったとき、僕のことを必ず「ちん」呼びするのだ。その上、気持ちの悪い笑みを浮かべているので、悪代官の名がぴったりだ。
「悪い顔してんね。何かいいことあったの?」
虎鉄が言う。
「そりゃあかわいい子よ。」
「そりゃあって…。」
「あのなぁ、お前、女気なさすぎ。そろそろ作れよ、彼女。」
「いや、いいって、僕は。それで?どんな子だったの?」
こう聞かないと虎鉄は満足しない。これだけが面倒だ。
「それがさっ、聞いてよ!黒髪のショートカットにウェーブがかかってる子なんだけど…。」
「うん。うん。へぇー。」
適当にあしらっとく。なんかその彼女の容姿を事細かに言っていたが、何となく聞いとく。
「そんで、確か名前はー、」
「うん。」
「"えのちゃん"だったような。」
「ふーん。…え!?」
勢いよく虎鉄のほうを向く。寝癖がぴょこぴょこ跳ねる。
「お!ついに亮が女に!」
悪代官が馬鹿で助かった。然し、同じ名前か…。あり得なくはない事だけど、何故か胸騒ぎがする。どうにかコンタクト取れないかな。
「あー、うん。そうなんだよ。あー、その女の子気になるなー。」
どうだ僕の大根芝居。はぁ、やって後悔した。
「いいぜ!今日紹介するよ。実は連絡先交換したんだよね。」
悪代官が馬鹿で助かった。
「あ、会ってからでいいよ。」
聞き手によっちゃ、最低なこと言ってるなぁ。然し、エノとは何ら関わりのない人物だったとき、面倒な関係が尾を引くことだけは勘弁だ。ここは馬鹿のお花畑を信じる。僕の評価が酷くなりませんように。
「おっけ、じゃあHR後に紹介するよ。」
馬鹿がお花畑で助かった。
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「えー。このクラスの担任なった、金丸勲だ。よろしく。私が担任になったからには~…。」
今年は鬼丸か。ついてないな。机に頬杖を突きながら目を泳がせる。えのちゃん…、どんな子かな。鬼丸に目を付けられぬよう、例の子に目星を付けようとした。途端に、
「げぇ…。鬼丸かよ~。」
虎鉄が嘆き始めた。それが鬼丸本人に聞こえたのか、
「おい瀬尾。後で職員室来い。話がある。」
あの馬鹿…。
呆れて彼女の捜索を急遽やめにする。HR後でいいか、彼女の容姿はなんとなく分かってるし。