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森と都  作者: 禅寺 京水
1/2

この作品は私の完全な自己満足作品であり、完全な妄想です。


気分を害した方は申し訳ないです。

小鳥がさえずり、朝露が光る。


少し肌寒く感じる初夏、1番過ごしやすく、尚且つ憂鬱である。

オレは重い瞼をのしりと開き、朝食を雑に頬張った。


淹れたての珈琲の香りは僕の脳を殴る。半強制的に叩き起こされたオレは、大きさが噛み合っていない窓をバンっと五月蠅く開ける。



その開かれた世界に現れるのは、緑、翠、碧。新緑と深緑。そして一粒の青と壮大な藍色。誰も手をつけていない故、放置された故に出来上がった自然の美。

耳を澄ませば、川がせせらぐ音が聞こえる。ちょろちょろと優しくさざめきながらも、それでいて力強い生命の音。この開かれた世界に視線を投げて、珈琲を飲みながら、呆ける。



冴えた眼とは裏腹に、固まった体をゆっくりと動かし、伸びをする。

こんな生活をするようになったのも彼のおかげだ。今までと違い、生を実感するようになるとこの体のだるさも脳が喜んでいる、気がする。



家の掛け時計はまだ5時を指している。彼もまだ起きていない時間だろう。あたりの緑を見渡し心を静めながらも、「まだかなぁ」と待ちわびながら、興奮しながら彼を待つ。まるで恋する少女のように。


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りょう、起きなさい!」

母さんのひびきが洗濯物をいそいそと外に干しながら、僕を叩き起こす。

「…んぁあ…、今起きるぅ…。」

これ以上母さんの機嫌を損ねないようにするための反射的な返事だった。、僕は開かない眼をさすさす擦り、体をむくりと起こした。口をゆすぎ、顔を洗う。

夏といえど、水は冷たい。目脂めやにを落とし、眼が冴える。



重い足取りでリビングに行くと、眼鏡をかけた父、啓太郎けいたろうが朝食をとりながら新聞を読んでいた。

僕に気づいた父さんは

「おはよう、亮。」

と声をかけてくれる。

僕もそれに答える様に

「父さん。おはよう」

と返す。


父さんと僕の朝の会話はいつもこれだけ。然し仲が悪いわけではない。寧ろ良いほうだ。父さんは朝がめっぽう弱い僕に気を使い、そっとしておいてくれる。

これが今までの"時乃ときの家"のモーニングルーティーンである。


しかし今日は違った。

「今日からやっと高校2年だな。」

「う、うん。少し面倒だけどね。」

「そんなこと言ってないで、久々の学校なんだからしっかり楽しんで来な」

「うん。」


そんな普段はしない会話で少し心がくすぐったくなりながら僕は冷めきったトーストに齧りつき、氷が解けきったオレンジジュースを飲み干した。オレンジジュースは味が薄く、普段より酸っぱい気がした。



父さんが「おはよう」以外の会話に少し驚いたが、無理はない。

理由はテレビの中のニュースキャスターが説明してくれた。

「新型ウィルスの影響により、例年よりレジャー観光客が3割減…」

そう、このウィルスのせいだ。

「相変わらずだな。」

父さんがため息交じりに言う。

「そうねえ…」

洗濯物が終わって、次は父さんの使っていた皿を洗いながら適当に流す母さん。


最近のニュース番組は新型の肺炎で持ち切りだ。新型なので当然ワクチンはない。そのせいで世界は大混乱になっている。この新型肺炎の対処は各国で行っており、また日本も例外ではなく5月末まで「緊急事態宣言」という、簡素に言えば「外に出てはいけませんよ」という警告が全国に出された。

そのせいで僕も6月に入るまで外出は控えるようにしていた。


「仕方がないが、今年の旅行は無しだなぁ…。」

「そんな年があってもいいわよ。しかも亮は今年で高校2年よ?家族旅行は飽きたんじゃあない?」

母が僕の気持ちを代弁しているように聞こえた。然し、僕は家族旅行は満更でもなかった。

「ううん。みんなで行く旅行は楽しいよ。」

「そっか。じゃあ来年は少し豪勢にしてみようか。なんせウチは一人息子だからなぁ。経済的にも少し余裕があるし、贅沢にしてみるかな。」

「いいわねぇ。母さん、温泉巡りしてみたいわ。」

普段しない会話に、時乃家に色が添えられる。こんな会話も悪くないな。少し気恥しいけど。



その後歯を磨き、制服に着替え、この自粛期間、伸びに伸び切った髪を整える。あぁ、そろそろ切らなきゃなぁ。

友達にもらったワックスが目に入る。普段ならつけているところだが、何せ髪が伸びてうまく決まらないし、アイロンを使うのも面倒だったので、今日は視野に入れるだけにした。


時計の針は7時ジャスト。普段は8時ごろに家を出るが、今日は僕にとって特別な日。早めに出る理由がある。

ほかの同級生は部活の朝練のため、それ以上に早く登校している。朝の弱い僕は部活に入らなくてよかった、とつくづく思う。


「あ、」

思うと同時に忘れていたものを慌てて引っ張りだす。

「父さん、新聞もらうよ。」

「おう、持ってきな。久しぶりだな。新聞持ってくの。」

僕は必ず家を出るとき、父さんの読んでいた新聞を持っていく。

厳密には、登校する最中に新聞を使うのだ。

「久々の外出だからね。いってきまーす。」

僕はあえて憂鬱そうに、それでいて隠しきれない楽しみを含ませながら二人に挨拶した。

「「行ってらっしゃい。」」

二人が朗らかな顔で送ってくれた。


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僕の学校は家を出て15分もかからない。家を出て右折しそれから真直ぐ。迷うことは一切ない。



然しその道中、右手に滅茶苦茶に大きい森がある。僕の住んでいるところはかなりの都市化が進んでいる。高層ビル、マンション、息の詰まる社会になりつつ、相対的にカフェなども建ち始めたのだが、妙にこの森だけは開拓されないのだ。まるで神の加護があるかのように。



そして僕は学校に行かず、そんな不思議な森の中に入っていく。一切のためらいもなく、それも奥深く、誘われる様に。

その中にあるのは、緑、翠、碧。新緑と深緑。そして一粒の青と雄大な群青色。誰も手をつけていない故、放置された故に出来上がった自然の美。耳を澄ませば、川がせせらぐ音が聞こえる。ちょろちょろと優しくさざめきながらも、それでいて力強い生命の音。

何度来てもここは自然で心が落ち着く。余計に学校に行きたくなくなってきた。



そして彼の名前を呼ぶ。

「エノ~、きたよ~。」

僕の声が静かに広く木霊する。蚊が鬱陶しい。露出の部分を手で払う。早く来ないかな。そう思ったのもつかの間、来た。


エノと呼ばれる彼は、贅肉のない細い体、短い髪、猫のような大きく、少し吊り上がった眼。彼の所有している肉体すべてが、純白。そしてその体には、今日は黒い衣を身に纏っている。その姿は儚く、美しい。そのしなやかで、且つ潤った唇からの一声は

「遅いよ亮。しばらく会えなかったのも相まってより一層長く感じたよ。」

文句だった。

「なんだよ。久しぶりくらい言ってくれてもいいのに。」

「それより、早く、新聞。」

エノは僕なんかに目もくれず新聞を求めた。

「やっぱり僕は二の次か。」


彼はノア。あだ名はエノ。エノはこの森の精霊らしい。守り神に近い存在と言っていた。この森が開拓されなかったのも彼が守り続けたおかげだ。

然し何故、人間の僕と、森の精霊、エノが他愛のない会話ができるのか、それは8年前まで遡る。

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過去


正味、出会いは最高とは言い難い。

僕は小学3年生の春にこの市、芹生せりお市に越してきた。理由は親の転勤。当時から引っ込み思案だった僕は、新しい環境は気が乗らなかった。その上、引っ越すときは誰も別れの言葉をかけに来てくれなくて泣きそうになった。



僕の通っていた小学校、芹生第一小学校せりおだいいちしょうがっこう(以下、芹小せりしょう)と今の高校、芹生南高等学校せりおみなみこうとうがっこう(以下、芹南せりなん)の通学路は途中まで全く同じなのだ。芹小は、芹南を超える手前、エノの住んでいる森の向かいにある。


芹小は3年生に理科の授業の一環で、森で昆虫採集をする。7月の中旬、夏休み前日くらいに1日をフルに使い捕まえた昆虫を観察し、レポートを書き、そしてそのまま下校する。

皆、カマキリやアリ、チョウを捕まえる。カブトムシ、クワガタを捕まえた子には、エア勇者の称号が与えられ、クモを捕まえた子には馬鹿の称号が与えられていた気がする。


僕は最初、あまり乗り気ではなく、早く帰ってゲームがしたいと思っていた。然し、いざ始まるとこれがまあ楽しい。男の子の本能ってやつが前線に出てくる。血眼ちまなこになって虫を探した。その頃の僕は、瞬きさえも忘れていただろう。ありったけの虫を、持参した土のにおいのする虫かごに投げ込む。

そして、とある事件が起きる。


あまりに夢中になりすぎて、先生の招集が聞こえないところまで虫を探しに行ってしまった。当時の僕は前記のように引っ込み思案だったのでいざ、我に返ると怖くて仕方がなかった。半ベソをかきながらも、先生を探す。然し一向に見つからず、寧ろ初めてみる獣道を前にして、大泣きしそうになる。



空にグラデーションがかかる。露草色から金赤色に変わり、所々、卯の花色の雲が、紅く染まりながらもこれらを隠す。焦燥と憂虞を感じたそんな時、彼が現れた。

「だ…大丈夫かい…?」

逆光で顔が見えないが、彼が後のエノだ。

沈む太陽が木々の隙間を縫って、彼の白い身体を優しく包む。神々しかった。この世のものではないと思うほど。

「ぅうぇ…誰ぇ…。」

泣いたおかげで出た鼻水が太陽に照らされて宝石に昇華する。

そんな僕の顔を見てドン引きのエノ。そのせいか少したどたどしかった。

「"え…ノ"、ノア…。」

何故か自己紹介を始めた。それほど彼も混乱していたのだろう。

「グス…ぇえ…えのぉ…?ズビッ」

彼は少し困ったような顔をして僕に希望の手を差し出す。

「ま、まあ、いいや…。」


暫くの沈黙が続く。


「…迷子、なのかい?」

「う、うん…。」

「そっか。とりあえず、ウチ、くる?」

小学生は必ず"知らない人に絶対について行ってはいけない"と習う。僕もそう習った。絶対に引っかからない地震があった。然し、今の僕はそうは言ってられない。


彼の言葉には何故か悪意が感じられなかった。慈愛を含んだその言葉は僕の焦りを払ってくれた。

僕にドン引きながらも家に誘ってくれた勇気?声色?顔からにじみ出る朗らかな表情?理由はわからない。僕の喉を通って出た言葉は「うん…。」だった。



彼の家は神秘で、殺風景だった。まず家の外見。大木だった。地面にずっしりと構えたその大木は、大地の養分を得ている。空まで突き抜けるその枝は、枝先まで誰にも負けない、強いを持っている。

大木の中の構造は、大木の中をくり抜いてできた玄関から入り螺旋の階段で上へ。そのまま外に出ることはなく、木の中に部屋がある。まさにツリーハウスだった。転々と置かれたランタンの優しい光に照らされて、心が落ち着いた。然し、家具が何もない。あたりを見渡しても木、のみなのだ。


「おいで、こっち。」

彼の言うがままにリビングに通される。そして唯一ある家具、素朴で良い質感の椅子に座らせられる。

彼も僕の対面に座り、そして珍妙な質問をしてきた。

「人って、何、食べるの?あぁ、いいよ。目を瞑って、想像してみて。」

より一層奇妙さが増したが、何故か僕は言われるがままに身を任せ、今日の朝食で出た、ジャムパンを想像した。

「いい感じ、もっと細かく。」

彼が言う。

もっと細かく。。。こんがりと焼いたシュガーの塗ってるパンに、普段家で使っているブルーベリージャムを細部まで塗りたくったパンを想像した。

「オーケー、目を開けて。」

目の前にあるのは今朝食べたジャムパンと瓜二つの物体が2つ、置いてある。最初は気味が悪かったが、

「大丈夫。食べてごらん?こうやって…。」

と、彼は大きく開けた口に1つ、ジャムパンを運んで見せた。

僕もそれを真似て、勇気を振り絞って食べてみる。すると、普段食べているジャムパンと何ら変わりない味がした。

「おいしいかい?」

「…うん。」

「そっか。それはよかった。落ち着いたかい?」

「…うん。」

「じゃあ名前、言えるね?」

少し警戒したが、ここまでよくしてくれた人に警戒心を出すのは失礼だろう。

「亮…。と、時乃亮…。」

「時…乃、亮、か。そっかそっか。」

彼は頷き、僕の名前で感傷に浸った後、もう一度、自己紹介を始めた。

「僕はノア。この森の守り神って思ってくれていいよ。細かく言えば精霊だけど。」

「…エノは?」

「君の聞き間違い。」

「…エノのほうがいい。」

「君、結構無礼だね。嫌いじゃないよ。」


それからエノはこの森のこと、自分のこと、精霊のことを詳しく教えてくれた。

この森は進化はしていて、姿かたちは変えて育っていること。エノは地縛霊のようなもので森からは出られないこと。この地だけでなく、他の森、海、空も精霊が守っていること。要は神の使いらしい。


精霊は魔法が使える。エノ曰く、基本何でもできるらしい。モノを触れずに動かす超能力から、人の記憶の改ざんまで。先ほど見たトーストの流も魔法らしい。エノが人の記憶に入り込んでエノが念じれば出来上がり。万能らしい。


エノとのやり取りが懐かしく感じた。それが余計に心地がよくて。離れたくなくて。思い切って訊いてみた。

「エノ、」

「ノア。」

「エノって呼んでいい?」

「…、ま、いっか。うん。いいよ。ちょっと気に入ったし。」

「エノ、また会ってくれる…ますか?」

変な敬語が出てしまった。

僕らしくなかった。自分からまた会いたいって思う人ができたことが。でも、大きな一歩だった。引っ込み思案の僕が。

「…。」

「ダメ…?」

「…いいよ。また会おうか。」



外に出て木の香りから土の香りに変わると、空は既に濃紺のうこんの帳が下ろされていた。エノは森から外に出られないため、森の入り口までの見送りとなった。


後日、招集がかかっても集まらなかったことを母さんが担任に謝罪の電話を掛けたら、「いましたよ」と返答が来た。気になって、エノに聞いてみたところ、エノが記憶を改ざんして僕がいたことにしてくれたらしい。


エノは「今後会うための約束」を2つ決めた。

1・来るときは必ず新聞を持ってくること。

外の世界のことが気になってしょうがないかららしい。精霊だから超能力でどうにかなりそうだが、「読むことに意味がある」だそうだ。そこは同意見だ。


2・僕の存在をほかの人物にばらしてはいけないこと。

あくまで精霊なのでばれたくないのだとか。ばれたら記憶を消すらしい。なぜ僕の記憶を消さないのか、また会ってくれるのか聞いたところ、「亮は特別」と言っていた。


そんならばこちらも2つの条件を出した。

1・僕の引っ込み思案を治す手伝いをすること。


2・できる限り外の世界に干渉しないこと(エノの存在を知った人以外)。


2は利害の一致だが、1も「話し相手がいなくて寂しかったからちょうどいい」と、快く承諾してくれた。話し相手がいないのならば精霊のプライドなんて捨てて記憶を消さなくてもいいのに、と子供ながらに感じたが、そんなことも野暮だったのであえて突っ込まずにいた。早く帰りたかったし。


それから僕とエノの奇妙な関係が始まった。


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現在


そして今に至る。

「うへぇ。今の世界って大変だねぇ。」

新聞をバサバサしながら読むエノが、木の椅子に腰を掛けながら興味ありげな声でつぶやく。貫禄があるように感じた。僕はエノの隣の椅子にカバンを下す。


エノの家は初めて会った時に比べれば、あらゆる家具が置かれるようになった。どうやら人間の生活に興味を持ったらしい。あのガタガタな窓も自分で取り付けたのか?台所は。。。火なんて扱っちゃって。火事になったら。。。余計な心配か。


「前も言ったじゃん。しばらく会えないかもって。」

「そうだけどさぁ、ほんとに会えなくなるとは思わないじゃん。オレに頼めばこんなの一発なのに。」

一人称がオレになったのは「僕との区別化」らしい。そんなのどっちでもいいのに。

「ダメ。外の世界には干渉しない。2人で決めたでしょ?」

「そうだけどさぁ…。」


生成色の肌が木の机に上半身を預ける。ランタンに照らされたのか、先ほどより健康そうな肌に見えるが、やはりまだ色白だ。

本当、エノは何をしても画になる。写真撮りたいな。

「ダメだよ。写真。もし他のだれかに見られたらどうするのさ。」

してやったり顔のエノが悪戯に笑っている。

「勝手に人の脳みそ見やがって。セクハラだぞ。」

「男同士何言ってんだか。」

「性別あるの?お前。」

「まあね~。」

これは初耳だ。てっきりどちらにでもなれるものかと。

「なれるにはなれるけど、心が男だからね。」

「また見たな。」

僕は優しく睨む。

「ふんっ。いいじゃんそのくらい。」

文句を垂れるエノ。

「お前初めて会った時より人間味増したね。」

「ほんと?へへへっ。」

彼はほころんだ笑顔を見せた。

「今のは嫌味だぞ。」

「それでもうれしいよ。」


「あれ。亮、8時だよ。学校行かなくていいのかい?」

「あぁ、もうか。それじゃ、いってくるよ。」

ここの森は兎に角落ち着く。時間を忘れてしまうほどに。

「夕方もまた来るから。」

「うん。行ってらっしゃい。」

今日2回目の送りの声は少し特別感を感じた。


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「りょ、亮ちゃん…。お…おはよう…。」

登校中、後ろから右肩をたたかれ、左からは乱れた呼吸を感じる。

「こ、虎鉄、おはよう。どったの、朝から…。」


こいつは瀬尾せお虎鉄こてつ。虎鉄とは高校のころに仲良くなった。普段はおちゃらけていて、如何にも「今を楽しむ」がモットーっぽい生き方をしている奴。言わずもがな馬鹿。

芹南は決して高い偏差値ではないが、50後半だ。どう考えても虎鉄の学力では届かない偏差値だ。なんでこの高校に受かったのかわからない。

少し田舎に住んでいるので電車組。一本乗り遅れると遅刻するらしい。


普段は茶色のつんつんした頭にだらしない制服の着こなし。今日は戦に行ってきたようなレベルで汚く、直していない寝ぐせも鳥が住んでいる。


「わ…忘れ物して、急いで…とってきた。」

普段お茶らけている虎鉄が、本気で焦って取ってきたものといえば。。。わからない。僕も忘れ物をしたのかもしれないと不安に駆られる。

「なんかあったっけ。」

恐る恐る聞いてみると、

「お…鬼丸。」

「あー。」


金丸勲かなまるいさお、通称鬼丸。スパルタで授業をする社会科の教師だ。今日は新学期初日なので各担任の提出物はなかったはずだが、虎鉄は一年時の課題を溜めていた。そのせいで鬼丸の怒りは有頂天に達し、虎鉄を呼び出し授業は次週。虎鉄本人はおもっくそ泡吹くほど絞られたそうだ。その後、虎鉄のみに課題が与えられた。


虎鉄は電車の中でもある程度呼吸を整えてきたのか、今は少し辛そうな、澄み切った顔をしてる。

「あぶねー。鬼丸の課題提出今日だったよ…。今日忘れたら頭砕け散ってたぜ。」

「そうなったら墓は作ってやるよ、虎徹。」

「お?おおおお!修爾しゅうじ!久しぶりだなぁ!」

「おはよう、修爾。」

「おはよう、亮ちゃん」


華僑かきょう修爾しゅうじ。彼も僕の旧友だ。修爾は小学5年のころに仲良くなった、虎鉄より古い仲だ。エノが「コミュニケーションの練習の成果を見せてこい」と、課題を出されたときに声をかけた人物。最初は威厳がありそうで怖かったが、話してみる案外距離の縮め方がうまい奴。正味、こいつがいなければ僕は一人ぼっちだったろう。

眼鏡をかけた高身長堅物。と、思いきや表情豊か。本人曰く、優しいゲン〇ルー。これは自他認めている。見た目も少し似てるし。


「でもこの時間に修爾が登校なんて珍しいな。今までなら学校のトイレででクソ踏ん張ってんのに。」

虎鉄が冗談交じりに言う。

「ん?あぁ、休み長かったから生活習慣が治らなくて…。でも安心しな。家で踏ん張ってきたから。」

動じず答える修爾。親指を上にたてながら、歯を光らせる。

こういうところが好かれる所以なんだな。


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学校につくと、クラス替えの張り紙が昇降口に貼られていた。と、言っても2年次からは1、2、3組は理系、4、5、6組は文系、7、8、9組は進学クラスという、いわゆる偏差値の高い大学を目指すクラスになっている。その上、理系クラスは理系クラス同士、文系は文系でクラスの壁が極限に薄いので実際どのクラスでも問題なかった。僕ら3人は皆文系なので大雑把なクラス分けは安易に想像できた。


幸い僕たち3人は同じクラス、4組になった。


始業式は校長の話をだらだらと聞き流す。虎鉄が鬼丸に課題を提出し、本日は終了。この後クラスの親睦会があるらしい。虎鉄、修爾は行くそうだが僕はいい人そうに断った。

この断り方も、エノがいなかったらできなかったぁ。


時間は13時。思ったより早く終わったので、エノにお土産でも買ってこうかとシュークリームを選んだ。どうせ魔法でどうにかなってしまうだろうが、エノはこうやって買って食べるのも人間の醍醐味だと言っていた。人間ながら感心。


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その日の暮れ、エノから初めての提案が来た。

「ウチに泊まってみる?」

「…ん?」

口からシュークリームがこぼれそうになる。

「暫く会えなかったんだ。積もる話もあるんじゃあないかい?」

「…い、いいの?」

驚きすぎて日本語がしどろもどろになってしまう。

「ああ。その代わり、誰かに泊まることがばれたら記憶を改ざんするけど、それでもいいなら。」

「も、もちろん!やった~!着替え持ってくるね!」

「いってらっしゃい。」


初めて会った日以来だった。エノが何か提案してくれるなんて。しかも泊りの誘いだなんて!

何を持っていこう。お菓子?ゲーム?それとも彼が普段から読んでいる自粛期間中の新聞?

興奮しすぎて、アスファルトを全力で走った。息が止まっていることも忘れて。そして初めて知った。エノがそれほどに大切な存在だったことが。大切な友達だったことが。

久々にエノといろいろな話ができる。それだけで嬉しい。



その日の夜、僕は夢を見た。

エノが僕の兄のように外に出て一緒に遊んでくれたこと。一緒にゲームをしたこと。


そして、







エノが死ぬこと。


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親愛なる亮へ。

今16?17?どっちでもいいや。

元気でいてくれて本当に良かった。

突然だけどオレ、余命5年もないんだ。

亮、早くお前と一緒に酒を飲めるようになりたいなぁ。

そのころまで、生きてると、いいなぁ。

                                         _より。


エノはこの手紙をそっとタンスにしまった。

普段の優しい顔ではなく、残忍な顔で。

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