アカネとナナミ
どこを走ってるんだろう…
百合亜は、グルグル回る頭の中を整理出来ず、ひたすら走った。前も後ろも、右も左も分からず走った。
空は今にも雨を降らしそうだった。今朝までの百合亜なら、雨の匂いも、街の喧騒もキラキラと感じたろう。でも今は、色も、音も、匂いも無い世界を走っていた。心臓が壊れそうなほど痛い。百合亜はよろよろと壁にもたれかかった。
知らない街だった。正確には知らない場所だった。
人通りの少ない裏路地。普段なら歩かない場所だった。百合亜は壁を押しながら、よろよろと立ち上がろうとした。ふと、目の前に人影が現れた。
「お嬢さん、どうしたの?具合でも悪いの?」
派手な柄のシャツに、ネックレスと指輪をジャラジャラつけた男が声をかけてきた。
「お、JKじゃん。学校サボったの?悪い子だね〜。補導しちゃおうか。」
瞼や、唇にピアス、身体中にタトゥーの入った男が百合亜の腕を掴んできた。
「おっと、大きな声でを出すなよ。」
声を出そうとした瞬間、百合亜の首にナイフが当てられた。
「じゃあ、気持ちいい事しに行こうか。」
2人に抱えられながら、百合亜は怖くて声が出せなくなっていた。
「オイッス!キャサリン!待たせたな。」
金髪に派手目なメイク、サラシに赤の特攻服、時代錯誤のレディースが声をかけてきた。
「ないなーい。キャサリンはないわ。アカネ。」
フリル付きのカチューシャ、フリルだらけのシャツ、いわゆるゴスロリファッションの女の子が、ゆる〜く突っ込んでいる。
「おい、おい。なんだてめーら!おぢさん怒っちゃうよ!」
派手シャツの男が2人に凄んだ。
「そっちの2人も一緒に楽しむか。…アレ、赤7ちゃん?」
全身タトゥーの男が、ニヤニヤしながら2人を舐め回す様に見た後、何かに気付いた。
「赤7?なんだ、お前あいつらの事知ってるのか?」
「知ってるって言うか、ネットアイドルっすよ。アカネと、ナナミで赤7って呼ばれてるんすよ。」
「スロットかよ。」
「上手いっすね。」
相手は女の子2人。派手シャツと、タトゥーはニヤニヤと余裕で話していた。
「おっさん、話終わった?ナンシー返してほしいんだけど。」
アカネが腕組みをして、睨みつけた。
「ナンシーって。名前変わっとるがな。」
ボーとしながら、ナナミがゆる〜く突っ込んだ。
「なめやがって!てめーらも拉致ってやる!」
派手シャツの男は、キレて目も血走っている。
「うちらの庭で、デカい顔してんじゃねーよ。田舎者。」
アカネは半笑いで、派手シャツの男を煽った。
「てめー。半殺しにして、売り飛ばしてやるよ。」
派手シャツの男が、キレながら近づいて来た。怒りで身体が震えている。細身だが、鍛えられた身体だ。
アカネの前に立ち塞がる。
「ぶっ殺してやる。」
派手シャツの男が、にやりと笑った。
「ヨォ!あかねん。」
野太い声が、アカネの背後から聞こえた。
派手シャツの男は、血の気の失った顔でアカネの背後を見ていた。
アカネの背後には熊の様な大男が立っていた。傷ある顔、潰れた耳、岩のような拳。風貌が全てを物語っていた。
「ヨォ、よっちゃん。」
さすがのアカネも怖かった様で、ほっとした表情を浮かべた。
「よっちゃん、遅いわ〜」
ナナミがゆる〜く突っ込む。
派手シャツの男と、タトゥーの男は、よっちゃんとその仲間達に囲まれていた。ナイフを握っていたタトゥーの男の手は潰されていた。
「ごめん、よっちゃん。後任せていい?私達クリスの事面倒見ないといけないから。」
アカネはよっちゃんの腕を叩いて、頼りになるなーと、いいながら笑っていた。
「あかねんの頼みなら。おい、こいつら事務所に連れてけ。」
震える派手シャツの男とタトゥーの男は大男に囲まれて消えて行った。
「じゃあ、あかねんまたね。」
よっちゃんはゴツい手を振りながら去っていった。
「よっちゃん、かわいいなぁ〜」
ナナミは手を振りながら、ニヤニヤしていた。