僕は僕である為に
朝露に濡れた花がきれいだった。
雨の匂いの残る空気は少し肌寒い。
電車の揺れる音が私の心臓の音みたい。
音楽室からピアノの音が聞こえる。
運動部の掛け声。
世界はこんなにも色に満ちている。
百合亜は、毎日登校するのが楽しかった。天音を中心としたイジメも少なくなり、他のクラスメイトとも仲良くなっていた。優とは一定の距離を保ちながら、天音の目につかない様に話ていた。
「おはよう。」
百合亜を見つけて走ってきたのは理奈だった。名良橋理奈。百合亜のクラスで一番仲のいい友達だ。理奈は大人しい性格で、人見知りもあり、中々友達が出来なかった所、同じく友達のいなかった百合亜に声をかけられたのだ。
「おはよう、理奈。なんかあった?」
大人しい理奈が走って来たので、百合亜も首をかしげた。
「ちょっといい。」
理奈は百合亜の手を引き、屋上へ続く階段へ向かった。
「どうしたの?」
理奈の顔を百合亜が覗き込んだ。
「百合亜ちゃん、日笠君とはあんまり話さない方がいいかも。」
理奈は周りを見ながら小さな声で言った。
「あー、天音ちゃんね。大丈夫、天音ちゃんの見てない時話してるから。」
心配性だなぁと、笑いながら百合亜が言った。
「ち、違うの。坂崎さんがいない時でもダメなの。武井さんと、風見さんが坂崎さんに報告してるの。」
理奈は自分の大きな声に慌てて、あたふたしていた。
坂崎天音。芸能事務所に所属し、ファッション雑誌のモデルもやっている。優とは幼なじみで、家族ぐるみで付き合う仲だ。そんな天音はクラスは元より、学校中から憧れの存在となっていた。そんな天音のとりまきが、武井晴香、風見りんだ。天音がモデルの仕事でいない時も、優に近づく女子を見張っていた。
「あー、そうなんだ。たまに、視線感じてたんだ。わかった、気をつけるね。」
百合亜はうなずくと、理奈の手を引いて階段を降りていった。
教室に戻ると、百合亜は天音達の視線が気になって仕方なかった。ここ最近は百合亜に興味無さそうにしていたのだが、今日は良く目が合う。
(なんか、嫌だなぁ…)
百合亜は曇り出した空をながめながら、そんな事を思った。
休み時間も警戒したが、天音達は近寄ってこなかった。優も天音が居る時は百合亜に距離をとっていた。
まぁ、天音がべったりくっついているので、他のクラスメイトは誰も近寄らないのだが。
それは空がさらに曇り出した4時間目に起こった。
授業中に、百合亜に小さく折られたメモが回って来た。何回も。
「ブス」「消えろ」「キモ」
天音達だった。回してくる他の子は悪口とは思っていない。理奈だけは何かが始まった事に気付いた。そして、それは起こった。
「死ね」
「…」
百合亜は静かに立ち上がっていた。うつむいたその顔は、血の気が引き、身体は小刻みに震えていた。
「うわぁぁぁぁ」
百合亜は叫び、教室を飛び出して行った。
一瞬の静寂の後、教室は騒然となった。
「えー、何?何があったん?」
「ちょー怖いんだけど」
「あいつ、大丈夫か?」
「やばくね。」
ザワザワとクラス中が騒ぎ出す。天音達も想像以上の反応に戸惑っていた。あれこれ騒ぎ、教師も収めきれない。他のクラスの教師も来て「何があったんですか」と。他のクラスの野次馬も来て、収拾がつかない状態になっていた。皆が慌てふためく中、1人だけは冷静だった。優は席を立っていた。
「あのバカ…」
優は小さく呟いた。走り出そうとした瞬間、優は強く腕を掴まれた。
天音だった。天音は無意識のうちに優の腕を掴んでいた。
「行かないで。」
天音は泣いていた。自分でもなんでこうなったのか、わからなかった。混乱する頭の中で、優の腕は離してはいけないと必死にしがみついた。
「悪りぃ、行かなきゃ俺じゃなくなるんだ。」
優の目は静かで、優しく天音の手を引き離した。