それぞれの歩幅
次の日からは何事もなかったように、日常が流れた。教師の目は問題児を見る目だったが、クラスメイトは英雄扱いだった。ただ、百合亜の周りには人が寄り付かず、浮いた存在となっていた。早くもクラスの人気者になった天音の存在が大きく、とりまきとともに百合亜の悪口を言っていた。百合亜は誰とも関わる事無く、ただただ毎日登校するだけだった。
「おい、早坂。」
声がかかると同時に、百合亜の頭に衝撃が走った。振り返ると、優が頭にチョップを入れていた。
「痛っ!何するの?」
「何、猫被ってるんだよ。そんなおしとやかじゃないだろう。」
イタズラ好きの子供の様な顔で、優はニヤニヤと笑った。
「私の何を知ってるって言うのよ!」
「パンツのガラなら知ってる。」
「あー、やっぱりあの時見たんじゃない!」
「大きい声出すなよ。パンツのガラがバレるぞ。」
「バレる訳ないでしょ!」
2人のやり取りにクラスに笑いが起こった。
「なんか、ありがとね。」
百合亜と優は屋上にいた。
校庭から部活をする運動しての声が聞こえてくる。
太陽は沈みかけオレンジ色を強くしていた。
「はぁ?なんの事だよ。早坂はパンツを見られてお礼を言う人種なのか。」
「はぁ?馬鹿なんじゃないの…もう、ふざけないでよ。言うの恥ずかしんだから。」
「別に礼を言われる事はしてねぇよ。誰と話すかは俺が決める。ただ、天音が居ると色々とややこしくなるからな。」
めんどくせーと言いながら、優は頭をかいた。
「まぁ、なんだ、明日からは普通に話すから、早坂も普通に話せ。天音の事はなんとかする。」
「…うん。ありがとう。」
優に背を向けていたが、百合亜の身体は小さく震えていた。
「そういえば、早坂の家ってこの辺じゃないよな。」
教室でカバンにノートを入れながら、優は百合亜に声をかけた。
「うん、隣の街。電車通学だよ。」
「ふーん。」
「なに。興味無いなら聞かないでよね。」
百合亜は目を細め死んだ目を優に向けた。
「はい、はい。すいませんね。…駅の近くまで一緒に行こうぜ。買いたい物あるし。」
優はカバンを担いで百合亜をせかした。
「いーけど…あ、ちょっと先行かないでよ。」
夕暮れ時の商店街は、微かにオレンジ色の光が残り、外灯の光りと、行き交う人の賑わいが、どこかワクワクさせる。
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
百合亜は隣りで歩く優を見上げた。
「…」「…」
「こ、の…」
百合亜は優の耳からイヤホンを引き抜いた。
「どう言うつもりなのよ!一緒にいて、音楽聴きまくるって!」
百合亜は軽く涙目になっていた。
「何怒ってんだよ。」
「有り得ない!有り得ないから!そんなの聴くならなんで「一緒に帰ろう」なんて言ったの!」
怒り狂い、もはや変顔としか思えない顔をし続ける百合亜。優は涼しい目でそれを見ていた。
「早坂、面白い顔すんな。」
「はぁ?この状況でそれ言うか?馬鹿ですか?馬鹿なんですか?」
「ごめん、ごめん。まぁ確かに悪かったよ。」
優は仕方ないなといった表情で頭をかいた。
「わかれば良いわよ。…で、日笠ってアイドル好きなの?この間も聴いてたよね、そのアイドルグループの歌。」
最悪の出会い。あの日にも聴いていた歌。百合亜は、優の外見からはアイドルオタはイメージがつかなかった。
「早坂、知ってるの?このグループ。」
「知ってる。笑わないって言われてる子たちだよね。」
百合亜はネットニュースで見たニワカな情報を口にした。
「…まぁいい。この歌、とにかく歌詞の力がすごいんだよ。パフォーマンスもさ。やっぱ、秋Pすげぇ。」
「キモ!え、誰秋Pって。ってかキモ。」
引くわーと言いながら、百合亜は後ずさる。
「わからなくて結構。俺は秋Pを目指す!」
「いやいや。やっぱアホだね。日笠優君は。」
引くわーと言いながら、さらに百合亜は後ずさる。
「…俺、全国模試5位な。」
「引くわー…」
…1時間後、早坂家。
「ただいま。」
百合亜は玄関で靴を脱ぎながら、キッチンにいるであろう母に向かって言った。
「おかえり。」
案の定、キッチンから母の声が聞こえる。
「ねーえー、ちょっと聞いてよー。ホント、最悪なんだけどー。」
百合亜はバタバタとキッチンへ向かう。
「えー、何どうしたの。何かあった?」
「もう、最悪!やった!すき焼き!」
「いいから、カバン置いてきなさい。」
「はーい。待って。マジ最悪だから。」
捨て台詞を残して、百合亜は階段を上がって行く。ふふふっと母は笑って手を拭いた。