桜の咲く頃
「きれい…」
ため息のまじる声で少女は呟いた。
舞い散る桜
体育館から漏れる祝辞
春の木漏れ日と青葉の匂い
校舎の屋上はまだ少し肌寒い。
真新しい制服は少し大きめで春の風になびいていた。
肩にかかるくらいの髪がサラサラと流れている。
「うーん、生きてるって感じ。」
小さな身体を伸ばして両手を上げる。
風がスカートを軽くはためかせ「きゃっ」と小さく声をあげた。
「うるせぇ。」
誰もいない筈 の始業式中の学校の屋上
(誰もいないしまぁいっか)と思った瞬間、後ろから声がした。
少女が振り返ると壁にもたれて少年が座っていた
端正な顔だちと、少しクセのある栗色の髪、色素の薄い瞳。いわゆるイケメンが睨んでいた。
「ちょっと!見たでしょ!」
少女はスカートの裾を押さえながら言った。
「うっせぇなぁ。見るかボケ。」
「大体、お前なんでこんな所にいんだよ。始業式だろ。」
少年は面倒くさそうに立ち上がる。
「早坂百合亜。」
「はぁ?」
「お前じゃないけど!名前ありますから!」
「めんどくせ…」
少年は苦いものでも噛んだように顔を歪ませた。
百合亜は早足で近づいて、少年を見上げるように睨んだ。
「名前は?」
「はぁ?」
「名前聞いてんの!あんた馬鹿?」
「はぁ!マジうぜぇんだけど!」
少年は見下ろすように睨み返した後「ふぅ」と肩で息をして階段口に向かって歩き出した。
「ちょっと待ちなさいよ!」
百合亜が少年の前に立ち塞がる。
「名前くらい名乗りなさいよ!私だって言ったんだから。」
「はぁ?お前が勝手に名乗っただけだろ!なんで俺が名乗る必要があるんだよ。」
「また、お前って言った!」
「ホント、めんどくせー!」
少年は苛立ちを隠さず下を向き頭をかく。
前を向いた瞬間、目の前に百合亜がいた。
「大体、さっきから何聞いてんのよ」
ふいをついて百合亜が手を伸ばして、少年の耳からイヤホンをはずす。色鮮やかな音楽と、少女達の歌声が漏れ出した。
「お前いい加減に…」
少年は言いかけ目を見開いて硬直した。
「いい加減にしようか。2人とも。」
2人は職員室に呼ばれていた。1時間以上、代わる代わる先生に怒られ、やっと解放された。
「いや〜、やばかったね。日笠優君。」
「…」
「もう少しで親を呼ばれる所だったね。日笠優君。」
「…」
「返事くらいしたら。日笠優君。」
「お前さ、友達いないだろ。」
先を歩き、無視をしていた優も、百合亜のしつこさに思わず声を出した。
「君もさ、友達いないだろうから、なってあげようか、私が。日笠優君。」
「否定しないのかよ。友達いないの。」
「私は心が広いのだよ。まぁ、まさかのクラスメイトだとは思いもよらなかったけど。日笠…」
「フルネームはやめろ。日笠でいいよ。」
優は遮るように言うと、少し照れくさそうに言った。
「じゃあ、私も百合亜でいいよ。日笠君。お前って言うのはやめてよね。」
「なんで名前なんだよ!…早坂。」
2人は自己紹介真っ最中の教室へ向かった。2人はみんなに遅れて自己紹介したが、教室の空気はざわついていた。
「ちょっと、優なにやってんのよ!」
ホームルームが終わると、優の側にツインテールの美少女が近づいてきた。
「お前も同じクラスか。天音。」
「って言うか、誰?あの早坂って子。知り合い?」
眉間にシワを寄せながら、百合亜を睨みつける。
「まぁいいわ。もう関わらないでよね、あんな子と。」
「おい、聞こえるぞ。」
「聞こえるように言ってるの。私はおじさまから優の事を頼まれてるの。さ、帰りましょ。」
天音に手を引かれ、面倒くさそうに優は立ち上がる。
一瞬、百合亜に視線を送るが、天音に強く手を引かれ教室を出て行った。
百合亜は誰も居なくなった教室を見廻し、静かに立ち上がった。
「やりすぎちゃったかな。」