未来の彼女を守るために3
第三章 接触
理世子が誠太の前に立っている。
もうかなりはっきりと見えるようになってきていて、誠太には現実に起きていることのように感じる。
なんだか夢なのに身体も自由に動きそうだな、と思いながら起き上がろうとしてみる。
「あれっ」
普通に起き上がれる。
誠太はベットに腰かけた。
目の前にはやはり理世子が立っている。
誠太はつい彼女の足元を見てしまった。
ちゃんと足もある。
「君は、幽霊じゃないの?」
言ってしまってから誠太は我ながらアホなこと聞いてしまったと思った。
理世子がふふっと笑う。
「違うよ。まだ死んでないもの。でももうすぐ殺されてしまうの。こちらでね」
「なんで?殺されるって誰に?」
「私は私でない者に変えられてしまうの。私の体はそのままで、心は殺されて他の人間にされてしまうの」
「そんなひどいことを誰が?ねえ、ちゃんと教えて。俺は君を助けたいんだよ。どうすればいい?」
「誠太君。もうこれが、ただの夢じゃないってわかってくれたよね」
「うん」
「明日の午前二時、誠太君の仲間たちを集めてくれる?場所はどこでもいいの、私は誠太君のいるところに行けるから。それから美久という人は必ず呼んでね。彼女の力が必要なの」
お願い、きっとね、と声を残しながら、理世子は消えてしまった。
あまりのことに誠太はただ理世子の立っていた辺りを眺めながら茫然としている。
去り際の理世子の必死な表情は脳裏に焼き付けられて当分離れそうもない。
体はそのままで、心は他の人間に変えられるというのは、どういうことなんだろう?
今から五年後に生まれる理世子が15歳なら、あと二十年後の未来では、そんな非倫理的なことが行われているんだろうか?
明日いったいなにが起こるんだろう?
誠太はそのまま一睡もできずに朝を迎えた。
「で、なに?今日、いや今夜二時に集まれって、理世子さんがそう言ったのか?」
誠太はうなづいた。
一馬は低血圧で、朝は頭が回るまで時間がかかる。
それでも誠太の話で、とたんに目を覚ました。
「なあ、一馬、だけどその時間じゃ、どこに集まるのかも問題だし、女子もいるのに無茶言えないし、どうすりゃいいんだ?」
「そうだな、その時間に出歩くのはまずいよ。泊りにする口実作って集まるしかないかな」
「泊りか。でも親を納得させる理由がないと。しかも今夜だぞ」
「三木本さんに聞いたら?こういう調整みたいなの得意そうじゃない?」
誠太もその通りだと思い、昼休みを待って薫に相談してみた。
薫は一瞬目玉をぐるりとまわし、こともなげに答えを出してきた。
「美久ん家行こうよ。おじさんはどっか外国に行ってるし、おばさんは看護師さんで今日も夜勤だからいないよ。どっちにしろ今夜はあたし美久ん家泊まる予定だったし」
誠太と、一緒に話しに来ていた一馬の二人は、あまりのことに顔を見合わせた。
「なに?二人とも変な顔して」
「いえいえ、あまりにも偶然にしては出来すぎなので驚いているんです」
「ん?もしかして理世子があたしが美久の家に泊まることも知ってて言ったとか思ってるの?」
一馬は恐る恐るといった体でうなずいた。
「あたしが美久のところに泊まるのなんてしょっちゅうだよ。うちの親も忙しいし、美久のお母さんもあたしなら安心だって言ってくれてる。それに美久の家のマンションセキュリティーしっかりしてるしね」
そうか、と誠太は納得したようにうなずいたが、一馬はなんだかまだ青ざめている。
「やだ、かずぴーは、まだなにか気になるんだ。だいたいかずぴーは見た目は申し分ないのに、怖がりなんだよ」
「薫、なに、怖がりって。なあ、前から思ってたんだけど、一馬は薫になんか弱味でも握られてんの?妙に言葉遣い丁寧だし」
「俺はいつも女子には丁寧に話してるよ。姉貴たちが俺に紳士たれって教育したんだ」
「まあ、そう言われてみれば、川崎さんにも丁寧しゃべりしていたような気はするけど」
「でしょ」
「でも薫には、なんかこう怯えているというか、尻に敷かれてるっていうか」
「ちょっと、誠太。あたしがかずぴーになにかしたとでも言うの?冗談やめてよねー。かずぴーが臆病なだけじゃない」
「ちょっと三木本さん、それはあんまりじゃないですか」
珍しく一馬はムキになっている。
「だってこの年になっても歯医者でぴーぴー泣くなんて」
「なら、三木本さんは全然平気だって言うんですか?」
「あたしは虫歯できたことないから、わからないもん」
「じゃあ、なんで歯医者にいたんですか?」
「あたしがおじさん家行ってなにが悪いの?おじさん、あの歯医者の医院長なんだよ」
誠太はつい吹き出しそうになったが、二人の険悪な雰囲気に押されて、ぐっとこらえた。
が、我慢しようとすればするほど、おかしさが増してくる。
ついに体が震えて、涙まで滲んできた。
そんな誠太の異変に薫が気付いた。
「あれ?誠太、どうしたの?具合悪い?」
一馬まで、どうしたんだ、こんなに震えて、と言い出す始末。
ついに誠太はこらえきれずに噴出させてしまった。
涙やら鼻水やら唾やら、自分の想像をはるかに超え量を飛び散らかして。
「ぎゃー、きったないじゃない。なにすんの」
薫は本気で怒っている。
それに一馬まで気を悪くした様子で、むっつりしている。
そこに武がやって来た。
「なになに?楽しそうじゃん、僕も入れてよー」
間の悪い武に三人とも笑ってしまう。
誠太は薫にもらったちり紙で鼻をかんで、武に押し付けた。
「ちょっと、やめてよー。誠太が捨ててきてよー。だいたい例の話をするなら、みんな集めてからにしてよ」
「それもそうだな。武、喜久雄と川崎さん呼んできてよ。俺、これ捨ててくるから」
「ほーい」
その場に残された二人、一馬と薫は気まずそうに、お互いの失礼をわびていた。
みんな集まると、昼休みでかなり騒々しい教室とはいえ、やっぱり目立たないところへ移動しようということになり、薫の提案で、校舎の裏庭へ出ることになった。
もちろんみんな一緒にぞろぞろ歩いたりしたら駄目なので、適当に時間をずらして、ばらばらに向かった。
裏庭に出ると、五月だというのに、ひんやりとしている。
全員が顔を合わせると、さっそく薫が口を開く。
「あまり時間が無いから、簡単に言うけど、喜久雄君、今晩みんなと一緒に美久の家に泊まりに来れる?」
「え?泊り?」
「そう。理世子が今夜二時に集まれって言ってきたの。美久の家は今夜は親もいないから、もともとあたしは泊りに行くことになってて、都合がいいから。どう?来れる?」
「行くよ」
喜久雄があまりにも簡単に返事したので、誠太はちょっと心配になった。
「喜久雄は、おばさんにはなんて言うの?」
「うちはみんな十時には就寝だから、そのあと出てくればわからないよ。川崎さんの家は住所教えてくれれば調べて行くよ」
十時にみんな寝てしまう家なんてあるんだ、でも喜久雄の家らしいな、と誠太は思った。
「そしたらあとは、かずぴーか、かずぴーは来られる?」
薫はさきほどのこともあってか、いつもより優し気な声を出した。
「俺は誠太の家に泊まるってことにしておくよ。前も泊ったことあるし、俺、信用あるから大丈夫」
「よし、あとは俺だな、夜みんな寝てから出て来るよ」
誠太がそう言うと、これで決まりだね、と薫が言う。
「ちょっと、まってよー」
武が慌てている。
「あ、ごめん、そうだった、武、来れるだろ?」
何の気なしに誠太は聞いたのだが、武は困った顔で首を振る。
「うちはさあ、泊まりってなると、母ちゃん絶対相手の親に電話するんだよ、どうしよー」
「そんなの簡単じゃない。誠太の家に泊まるって言っといて、電話番号は美久の家のを教えとくの。そしたらあたしが声色を変えて対応してあげるわよ」
「そんなのばれちゃうよー」
薫は横目でちらっと武を睨むと、おばさんしゃべりを始めた。
「もしもし。はい、松本でございます。ええ、はい、うちはちっとも構いません。友達同士で集まってなにかするっていうのも、貴重な経験になるかと。武君に代わりましょうか?」
誠太の母親と似てるかは別として、武のお母さんには、そのくらいで十分なレベルだろうと、みんな納得した。
「これでみんな集合できるな。いよいよ今夜か」
誠太の言葉にみんなそれぞれ頷いた。
昼休みの終了のチャイムが聞こえてきて、メンバーは解散した。
夜十二時。
家族が眠っているのを確かめてから、誠太は忍び足で家を出た。
こんな時間に一人で出歩くなんてもちろん初めてだ。
五月とはいえ、かなり肌寒い。
でも少し震えているのは、寒さのせいだけではない。
これから起きるであろうことに対する恐れもあるが、それ以上に武者震いというんだろうか、理世子を助けるんだという、なんとも言えない高揚した気分に支配されている。
いつのまにか走り出していた。
川崎美久のマンションに着くと、入り口のインターフォンで教えられていた番号を押す。
呼び出し音の後、どちらさまですか、と言う薫のおばさん声が聞こえた。
「俺だよ、早く開けてくれ」
つまんないの、と言う薫の声が聞こえてから、ブーという音がして、入り口のロックが解除される。
エレベーターに乗り、3階で降りる。
目指すべき302号室にたどり着く前からドアが開いていて、薫が顔を出していた。
口の前に人差し指を立てている。
誠太は頷いて、なるだけ音を立てずに中へ入った。
細長い通路を薫の後ろからついて行きながら、みんな集まってるのか、と聞く。
「そ、誠太が最後だよ」
通路を突き当たったところのドアを開けると、広いリビングになっている。
誠太が入っていくと、みんな振り返った。
川崎美久がこの家の主人らしく言う。
「誠太君、いらっしゃい。なんか飲む?」
「うん。喉乾いちゃった」
「じゃあ、ジュース持ってくるね、座って」
川崎美久が台所らしき方へ行ってしまうと、一馬が誠太を肘でつついた。
「誠太あ、なんかいい感じゃない?」
「ちょっと、なにがだよ?」
「なにがっていうわけじゃないけど、顔、赤いよ」
「走ってきたからだよ」
「そういうことにしとくか」
なんだよっと言おうとした誠太に、今度は武が肘でつついてくる。
「ねえねえ、僕なんかさあ、聞いてよー。やっぱり母ちゃんが電話かけてきて、冷や汗かいちゃったよ」
「あら、あたしの演技完ぺきだったでしょ。感謝してよね」
「そりゃあ、もちろんだよー。いやあ、僕、こういうの、なんか楽しくなっちゃっつて」
「なに言ってんの、遊びじゃないんだよ、これは」
薫が憮然と言うと、川崎美久が戻ってきて、まあいいじゃないと言いつつ、ジュースを誠太に手渡しする。
「まだ時間もあるし、お菓子も持ってきたよ」
せんべいやら、ビスケットやらいろいろ川崎が出してきて、みんな歓声を上げる。
「あたしもお母さんがお菓子持たせてくれたんだ。これも食べようよ」
薫が取り出したのは、ちゃんとした和菓子の詰め合わせだった。
じゃ、俺も、と誠太が取り出したのは、台所からくすねてきたポテチ。
「俺は、これ」
一馬はなぜか妙にかわいい手提げ袋から、いろんな種類のチョコレートを取り出している。
一目でバレンタインにもらったのがわかるようなものばかりだ。
「おい一馬、これってバレンタインのだろ?まだとってあったのか?」
誠太があきれて言うと、
「なにこれ、すげー。僕なんか母ちゃんにもらっただけだよー」
武は心底うらやましそうだ。
「ねえ、賞味期限大丈夫?」
妙にまともなことを心配する川崎美久に、これまた妙に喜久雄が反応して、日付を確認して仕分けを始めた。
薫はチョコレートの山を横目で見ながら面白くなさそうだ。
「こんなの持ってくるなんて自慢したいの?」
「ち、違うよ。俺、甘いもの苦手だし、うちみんな甘いもの食べないんだよ。すぐに捨てるのも悪いから取っておいたんだけど、みんなに食べてもらえるかなと思って」
「ふーん、へえー。で、、誰にもらったの、こんなに」
「覚えてないですよ。カードとかは見られるといけないから、抜いてきたし」
誠太はつい、やきもちやいてるんだろ、と言ってしまいそうになったが、薫の逆鱗に触れそうでやめておいた。
なのに川崎美久はふんわりと、薫ちゃんかわいい、やいてるんだー、と言い放った。
「ちょっと美久、なに言ってんのよ」
「そうだよ、川崎さん」
焦る二人ににっこりとして、川崎美久は喜久雄が仕分けした期限切れチョコを捨てに行った。
なんとなく気まずくなった一馬と薫の間に喜久雄が鞄をごそごそしながら割って入る。
空気をまったく読まず、僕も持ってきた、と言うと、鞄からなにやら出し始めた。
見ると、ガムだ。
それもいろんな種類の。
喜久雄はガムおたくでもあったのを誠太は思い出した。
「なにこれ、ガムばっかりじゃない」
薫が言うと、武がかばう。
「いいじゃん。やっぱ、ガムもないとね、喜久ちゃん」
「それで、武君は?まさか手ぶら?」
「えへへー。つい母ちゃんをだますことばかり考えてて」
「ほんと、気が利かないよね、いつも」
「三木本さん、そんなこと言ってー、後悔してもしらないよー」
「な、なによ」
「じゃ、じゃーん」
武はなにやら風呂敷に包まれたものを勿体ぶりながら、取り出した。
なかなかおいしいと評判のカステラだ。
「うわー、これ、まじでうまいやつじゃん」
誠太はカステラの箱を撫でさすりながら言った。
「すごいでしょ?食べたいでしょ?ね、三木本さん」
「うっ、悪かった。ごめんね、武君」
カステラも、そのほか山のようにあったお菓子も、いつのまにかあらかた食べ尽くし、最後まで残っていたガムも味がなくなって、包み紙に捨てる頃には、もうあと数分で夜中の二時というところだった。
みんな怖かったのかもしれない。
食べてはしゃいで、そうやって理世子待った。
二時まであと一分。
誰も口をきかなくなった。
静かな部屋の中で、時計の針の音だけが響く。
誠太はただじっと時計を見つめた。
つづく