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セルフポートレイト  作者: めい
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未来の彼女を守るために2

第二章 夢の続き


 「誠太君、動かないで。みんなも私の手のどこかに触れて。馬鹿みたいだと思うかもしれないけど、なにも言わず試してみて。ほら、みんな」

 川崎美久の右手は誠太と手首は一馬、左手は武と喜久雄が半分づつ握る。

 茫然としていた薫を促して、左手首を握らせると川崎美久は誠太の顔を見た。

 今の彼女には逆らえない雰囲気があって、みんな従ってしまう。

 「誠太君は、昨日の夢を最初から思い出してみて」

 言われるままに誠太は目を閉じた。

 まるで催眠術にかかったようだった。

 暗闇の中に光の点が現れる。

 光はどんどん大きくなり、視界全体をまぶしく照らし始めた。

 光の中にうっすらと細長い影が見えてくる。

 影は伸び縮みしながら、次第にはっきりしてくる。

 その影が人だとわかる頃には、服装は光ってよく見えはしないものの、少女らしいその姿が浮かびあがってくる。

 なんどもぼやけながら、そのうちはっきり見えるようになった。

 端正な顔の少女だ。

 その少女が口を開く。

 なんどもなんども動いて、ようやく音になった。

 「助けて」

 声が聞こえた途端、急速に闇に包まれ、少女も光も消えてしまった。

 みなそれぞれ川崎美久から手を離すが、驚きよりも神妙な表情を浮かべている。

 「私にこういうことができるっていうこと、ずっと秘密にしてきたの。どうしてこういうことができるのか私にもわからない。小さい時に面白がってしていたら、友達に化け物って言われたから、それ以来ずっと隠してた。でもなにかの役に立つなら、その子の助けになるならと思って」

 誠太の唇が震えた。

 「川崎さんは、俺の心の中をのぞいたの?頭の中に手を加えたの?俺がどんなに正確に思い出そうとしたって、あんなに鮮明に再生できるなんて、おかしいよ」

 「あれは誠太君の夢でしょう?思い出すのを少し手伝っただけだよ」

 「それなら、俺の頭の中にずかずか入ってこられるってこと?俺がなにを考えているのかもお見通しなんだ」

 違うって言おうとする川崎美久を誠太はさえぎった。

 「そんなんだから、化け物って言われるんだよ」

 誠太は自分でも驚くほど大声を出していた。

 一瞬にして川崎美久の顔が蒼白になる。

 誠太はいたたまれなくなって、廊下に飛び出した。

 走りながら、カバンを置いてきたことを思い出す。

 だが、戻れない。

 誠太は階段で立ち尽くす。

 俺はなんてことを言ってしまったんだろう。

 「待ってよ、美久」

 と叫ぶ薫の声が響いて、廊下を走る足音が響く。

 誠太は慌てて、駆け下りて、廊下の隅の掃除道具入れの陰に身を隠した。

 川崎美久らしき人物が階段を駆け下り、続いて薫も降りて行ったようだった。

 薫がしきりになにか言っていたようだが、誠太にはよく聞き取れなかった。

 二人が離れて行って、静かになっても、しばらく誠太は動けなかった。

 どのくらい時間がすぎたのか誠太にはわからなかったが、のろのろと力なく社会科事務室のほうへ向かった。

 とりあえず鞄を取りに戻らないといけない。


 社会科準備室のドアは開け放たれたままだった。

 中をのぞくと、男どもが窓際の机に腰かけて外を眺めていた。

 誠太の気配に、一馬が気付いて振り向いた。

 誠太はきまり悪そうに頭を掻きながら、鞄に手をかけた。

 「川崎さん、泣いてたよ」

 「うん」

 「ずいぶんひどいこと言ったよね」

 「うん」

 「謝りに行くだろ?」

 一馬の問いに誠太は答えない。

 武が焦れたように声を張り上げた。

 「駄目だよ、絶対。誠太が謝まらないと。悪いと思ってないの?」

 「思ってるよ」

 「それなら、」

 一馬が武をさえぎった。

 「俺、誠太の気持ちも、なんとなくわかるよ」

 「なにがわかるっていうんだ?俺は、俺は川崎さんがあんなふうに頭の中を見れるなんて、ショックだった。もしかしたら夢のこと以外も見てしまったらと思うと、もう川崎さんの顔も見れないよ」

 なんでって顔をしている武と、少し悲しげな顔をしているようにも見える喜久雄をよそに、一馬が口を開いた。

 「川崎さんはそんなことしないよ。誠太だってそう思っているんだよね?」

 誠太ははっとしたように一馬を見た。

 「仲直りしないと」

 そうつぶやいたのは、意外なことに喜久雄だ。

 「そうだよ。そうだよねえ。喜久ちゃん」

 武も便乗する。

 誠太はようやく鞄を持ち上げた。

 「よし。今から川崎さんにあやまりに行く。一馬、一緒に来てくれる?」

 ああ、と言いながら一馬は軽く微笑んだ。

 「ねえ、僕たちは?」

 「武は部活あるんだろ。喜久雄は塾だし。一馬は川崎の家知ってるから頼んだんだよ」

 そうかあ、と言いつつ武はまた手グローブしていた。


 川崎美久の家へ向かう途中、段々言葉数が減り、憂鬱そうな誠太の様子に気付くと、一馬は誠太の背中を叩いた。

 「大丈夫だって。川崎さんは許してくれるよ」

 「ん?ああ」

 誠太はそれでも重い荷物を抱えたような心境のまま、一馬の横顔を眺めた。

 こいつは、俺が川崎さんのこと好きなの知っているな、と思いながら。


 翌日誠太が学校へ来るなり、自習クラブの仲間が取り囲んだ。

 「な、なんだ?」

 「わかってるくせに」 

 薫がニヤニヤしている。

 誠太は観念したようにため息をついた。

 「はいはい。わかりましたよ。じゃ、川崎さん」

 と手を差し出したが、川崎美久はもじもじしている。

 一馬があきれたように言う。

 「誠太、いくら昨日川崎さんにお許しいただいたからって、それは、あんまりじゃないの?」

 「だって、みんながせかすから」

 「あ、あの、そうじゃないの。ちょっと教室では、みんなの目もあるし」

 「そうだよ、僕たちきっと変人扱いされるよ」

 「武君、声が大きい。誠太、経過報告だけしてよ。もうすぐ先生も来ちゃう」

 「そうだな。えっと、昨夜も例の彼女が出てきて」

 「え、レイのってことは、やっぱりお化けだったの?」

 武が素っ頓狂な声を上げる。

 さすがにみんなの不興を買って睨まれた。

 「んで、やっぱり助けてって言ってた。俺が君は誰?って聞いてみたんだ。そしたらむこうもちょっと驚いた顔をして、そのあと少しうれしそうな顔をしたような気がした」

 「てことは、会話できるってことだね。で、名前は?」

 「リヨコって言った」

 「リヨコ?それが名前か」

 「たぶんな。それで終わり」

 ちょうど先生が入って来て、みんな自分の席に散って行った。

 去り際に喜久雄が、仲直りできてよかった、とつぶやくのが聞こえた。

 少しテンポがずれているが、喜久雄らしいなと誠太は思っていた。

 その日は春の運動会の準備で、なにやら一日中ごたごたしていて、結局みんな集まる機会が無かった。

 仲間内で約束したわけでは無かったが、みんなあのことは自分たちだけの秘密ってことで、了解していた。

 

 誠太の夢はその後も毎日続いた。

 誠太は自分の名前も仲間のことも話した。仲間たちもリヨコのことを心配していて、応援すると言っていることも伝えた。

 リヨコは、漢字で理世子、と書くらしい。

 彼女はこれを説明するとき、理想の世界の子供、と言った。

 すごい名前だ。

 それから、ここからが問題なのだが、理世子はどこにいるのかを誠太が尋ねたら、なんと未来、と答えたのだった。

 誠太は一瞬、ミライという場所があるんじゃないかと思った。

 そのくらい彼女は何の気なしに言ったからだ。

 誠太があぜんとしていると、さらに理世子はこう言ったのだ。

 「私は2025年に生まれたの」

 誠太は衝撃を受けた。

 翌朝は日曜だったから、学校でみんなには会えないが、とても一人で抱え込むレベルではなく、一馬に連絡を入れた。

 動揺している誠太の代わりに一馬が仲間に連絡を入れた。

 集まる場所は、学校校庭の隣のほうにある小山。

 なぜ校庭ではないかというと、校庭は野球部が練習中だったからだ。

 校舎は日曜なので、入れない。

 武はもちろん部活中だったが、トイレとかなんとか言って、抜け出してきた。

 全員集まると、とりあえず誠太の夢の内容を川崎美久が(再生)した。

 仲間内では、川崎美久の特殊な能力で行うあれのことを、(再生)と言っていた。

 「今年は2020年だろ?てことは、理世子さんは、5年後に生まれるのか?」

 「てことは、僕たちとの年齢差は?」

 つまらないことでひっかかる武に、喜久雄が無表情に、20、とつぶやく。

 「そう?20ってことは、誠太の娘だったりして」

 「そうだな、武、お前の娘ってことも考えられるぞ」

 「えー、やめてよー。僕、そんなに早く結婚なんかしないよー」

 誠太はちらっと武を睨んだ。

 一馬はげんこつにした右手を口に押し当ててなにか考えている。

 もともと爪を噛む癖があったのだが、薫に不潔だと言われてから、こぶしを口に当てるだけで我慢している。

 「理世子さんが誠太の娘だっていう可能性は低いと思う。でも、誠太に助けを求めているってことは、なにか深いつながりがあるのかもしれない。恋人とか」

 「え?」

 そういうことは全く考えていなかった誠太は驚いた。

 誠太の中では、理世子はどうも現実の人間に思えていなかったからだ。

 「私の子かも」

 「え?」

 みんなぎょっとして、いっせいにその声の主を見た。

 冗談とは思えないほど、川崎美久の顔は青ざめている。

 「川崎さん、その根拠はなに?」

 すると、おもむろに川崎美久は眼鏡を外した。

 ここにいる誰も見たことが無かった川崎美久の素顔。

 いつも笑顔を浮かべている丸眼鏡の愛らしい川崎美久の素顔。

 それは、理世子に瓜二つだった。

 しばらくのあいだ誰もなにも言えない。

 「美久、あんたって、美人だったんだねえ。理世子も美人だけど、でもまあ、美人っ似たりよったりだから。特に理世子に似てるとは思わないよ」

 薫が出した助け船に、皆乗っかるように、そんなに似てないとか言ってみたり、武にいたっては焦って余計なことまで言ってしまった。

 「そうだよー、誠太の好みの美人っていう共通点があるだけだよー」

 「武、ふざけんなよ。まじで」

 誠太はなんとか取り繕おうとしたが無駄だったが、深刻な雰囲気はもみ消しになった。

 だからといって、誠太が夢から逃れられるわけではない。

 一馬が本題に戻すように言った。

 「なあ、理世子さんの問題は、俺たちが考えていたより深刻かもしれないよ。彼女が未来の人なら、助けようったって、どこまでできるか。それに誠太の夢に出て来る理由もわからないし、だいたいなんで少しづつしかコンタクトできないんだ?」

 「誠太が睡眠薬でも飲んで、ずっと寝てればたくさん話せたりしてー」

 「武君、そんなことしてもだめに決まってるでしょ」

 「え?なんで?」

 「だいたい、幽霊とか出て来る時間って決まってるじゃない。あたしがおじいちゃんの夢見たのも、いわゆる丑の刻ってやつ。誠太もそうでしょ?」

 「丑の刻って何時?」

 喜久雄が午前二時、とつぶやく。

 「そういえば、そうだ」

 「ってことは、やっぱり理世子は死んだ人?」

 と、武が少しおびえたように言うのに対して、一馬はあくまでクールな反応だ。

 「いや、まだ生まれていないんだから、未来に死んだ可能性の高い人ってことになるんだろうな」

 「なんだかわかりずらいな。頭がこんがらがっがっちゃうよー」

 「ねえ、幽霊って死ぬ直前の姿で出てこないよね。おじいちゃんは少し前の元気な姿で出てきたよ」

 「それはどうかな。見てるほうのイメージで出て来るんじゃないかな?」

 眼鏡をかけた川崎美久が言った。説得力のある意見だ。

 「それなら、理世子さんの顔だって、確かに彼女のものって保証はないね。誠太は彼女のことを知らないわけだし。一度にいろいろ聞けないのも不便だね。まだわからないことだらけだ」

 「ねえ、わからないことをいろいろ推測して悩むのは無駄だと思うよ。わかってることだけ整理して、次に備えようよ」

 薫の言うとおりだな、と誠太は思った。

 確かなことは、理世子が助けを求めていること。彼女が2025年に生まれるということ。それだけだ。

 そして彼女と話せるのは、自分の夢の中で、しかも一定の短い時間の中でだけ。

 こらー、安藤なにさぼっとるー、とどなり声が響いた。

 「わっ、やばい、ぼ、僕はもう戻るよ」

 武は小山から転げるように校庭へ降りて行った。

 残ったメンバーもなんとなく解散ということになった。

 「で、誠太、今夜はなにを聞くつもり?」

 帰る方向が同じ薫が、聞いてきた。

 「どうすれば助けられるか聞いてみる」

 「理世子が誠太のなんなのかは聞かないの?」

 「それは、俺も聞くのが怖いよ」

 「そうだよね。あたし、さっき美久の顔見て鳥肌立っちゃったよ。誠太のイメージじゃなくて、理世子がほんとに美久とそっくりだったら、しゃれにならないよ」

 誠太も、普段はよくしゃべる薫も、そのあとなにも言わなかった。

 なにか口にすれば、恐ろしい現実を見てしまいそうだったからかもしれない。


                                 つづく

 

 

 




 

 


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