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遊園地3/3

 樹さんの先導でたどり着いたのは周りより高台になっているところだった。煉瓦造りを模した建物の一角、アーチ状にくり抜かれた窓からはパレードのメインステージとなる湖がよく見える。既に湖の正面にある幅広の階段には大勢の人が集まっていた。


「ほんとに穴場ですね」


 私たち以外にもパレード目当てらしき人たちはいるが、それでも片手で数えるほどだ。


「まぁまぁいいところだけど狭いからね。ここまで上ってくるのも大変だし」


 たしかにここに来るまでそれなりに階段を上ってきている。それだけして人がいっぱいで見れない、なんてことになれば悲しいだろう。

 眼下に湖を見下ろしながら待つこと数分、見た目にも鮮やかなフロート車がぞろぞろと湖上に登場してきた。楽しげな音楽が流れ、あちこちで水柱が吹き上がる。季節柄ささやかなものだが、夏場だと観客にかかる勢いになるのだろう。こういうものを見ていると心も浮き立つ気分だ。私はいつしか夢中で見入っているのだった。


「あ、ケンがいる」


 樹さんの声にハッと我にかえる。隣にいることすら忘れていた。変なところで集中力を発揮するのは私の悪い癖だ。


「どこですか?」


 パレードに夢中になっていたと思われるのも恥ずかしいので、素知らぬふりをして相槌を打つ。


「ほら、あそこ」


 指の先を目で追うが、人が多くて見つけられない。


「えーっと‥‥‥?」

「あの、木が並んでるとこあるじゃん。そこの手前っていうか」

「んーー‥‥‥あっ、いた」


 健と菜津さんが並んでパレードを見ている。


「わかった?」

「はい!」


 返事をして振り返ると、思いがけず樹さんの顔が近くにあってどきりとする。


「ああ、ごめん」


 すぐにスッと身を引かれたが、特に何も感じていないようで顔色ひとつ変わらない。なんだか私だけ意識してしまったようで気恥ずかしさを覚える。

 異性の顔が思いがけず近くにあったのだからもう少し動揺して欲しい。いや、私が異性として見られていないのか‥‥‥。

 悶々と考え始めそうになったことに気づいて、気をそらすべく再度健たちに目を向けると健は菜津さんの髪に触れているところだった。ゴミか何かでも取るような素振りをしたあとそのまま髪をすく。菜津さんが振り返る。ここからだと表情はよく見えないが、雰囲気からして2人で笑い合っているようだった。仲睦まじい様子になぜだか胸がもやっとして私は目を逸らした。

 湖上のショーに視線を戻すも、一度霧散した集中力が再び戻ることはなく、見るともなしにそれを眺める。


 なんでこんなところに来てしまったのだろう。私は何をやっているんだろう。さっさと死ぬつもりだったのに、先延ばしにするうちにいつのまにかこんな場所まで来ている。分かっている。死ぬタイミングがなかった。私は私自身の選択で今ここにいる。それでも。調子に乗っていたのだろうか、と考える。自分はほんの少し、健と仲良くなれたような気がしていて、以前とは違った道を歩けている気がして、調子に乗っていたのだろうか。私自身は何も変わっていないのに。


「遊園地なんて久しぶりに来たけど、いいものだな」


 不意に樹さんが呟いた。


「そうですね」


 少し迷ってから続ける。


「また‥‥‥また一緒に来れるといいですね」

「‥‥‥そうだな」


 樹さんの『そうだな』の後には、そんな機会があったらな、と続いているような気がした。私自身がそう思っていたからかもしれない。いつか、とか、また、なんてきっと来ない。機会なんてもうない。もしかしたら、もう会うこともないかもしれない。そう分かっていて、それでもまた一緒に、なんて言ってしまったのは、夢の世界の魔法ってやつなのだろうかと考えて自嘲する。これで私は結構テンションが上がっているらしい。


 これはひとときの夢だ。


 調子に乗って見ている夢だ。


 遠からず醒めてしまう夢だ。


 だから、せめて今だけは。もう少しだけ夢を見ていたかった。








「こんにちは」


 健が部屋の扉をあけて入ってくる。遊園地に行って以来最初の授業だ。

 結局あの後も私は樹さんと日没まで遊園地で遊んだ。パレードを見たり、お土産を物色したりしているうちにあっという間に時間は過ぎていって、最後の最後で合流するまで健や菜津さんの姿を見ることはなかった。合流したのもそれなりに遅い時間で碌に話もしないままお開きとなってしまったので、まともに顔を合わせるのは随分と久しぶりな気がする。


「こんにちは‥‥‥」


 なんとなく目を合わせられずに、宿題を探すふりをして鞄をごそごそしながら返事を返す。無駄に時間をかけて鞄から宿題を取り出すが、健は気にした風もなくあっさりと授業に入っていく。

 やはり私は調子に乗っているらしい。1人で空回りしているような気恥ずかしさを振り払おうと両手で頰を叩く。健が不思議そうな顔をするが、無視してノートを開く。こういうのは気にしたら負けなのだ。




「そろそろ休憩しよっか」


 健の声にハッと我にかえる。どうやらもう1時間経ったらしい。


「あ‥‥‥はい‥‥‥」


 ふうと息をついてシャーペンを置く。こんなに集中していたのは久しぶりだ。


「そうだ。ごめんね、こないだ遊園地でイツキと2人にしちゃって。急にいなくなって困ったよね‥‥‥」

「いえ、楽しかったです。誘ってくださってありがとうございました」

「そう? それならよかったけど。そういえばイツキも楽しかったって言ってたよ。2人にして大丈夫かなーって心配してたんだけど。2人でまわったんだね」

「はい」

「てっきりあの後別れたのかなと思ってたよ。合流する時、2人でいるって聞いて驚いた」

「樹さん結構色々調べてくれてたみたいで。快適にまわれて楽しかったです」

「そっかぁ、よかった〜。イツキとまわってくれてありがとうね。イツキにも言われたんだ、文香ちゃんによろしく伝えてって。一緒にまわれて楽しかったってさ」

「それは、よかったです‥‥‥」


 答えながらなんだか信じられない気持ちになる。あまり人と深い関係にならない、と言っていた人に、よろしく伝えられた、これは。考えていると口元がニヤけそうで、慌てて考えを振り払う。


「よし、じゃあ後半戦も頑張ろうか」


 折良く休憩時間も終わったので、これ幸いと気持ちを切り替える。


「はい!」


 



「ありがとうございました」

「お疲れ様でした」


 いつも通りの挨拶を交わして健が帰るのを見届けると、私は早速自室に戻って布団に突っ伏した。会う前は緊張していたが、話してみると案外自然と言葉が出てきたことにホッとする。次回からはまた普通に話せるだろう。それよりも


「ふふふ」


 抑えきれない気持ち悪い笑みが漏れる。バタバタと足を動かす。『よろしく伝えて』『楽しかった』、ただそれだけのことがなんだか無性に嬉しい。社交辞令かもしれない、きっともう二度と会わない、それでも、少しくらい仲良くなれたのだと、思ってもいいだろうか。調子に乗ってしまってもいいだろうか。

 ひとときの夢は、もう少しだけ続きそうだった。


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