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再会?

 緊張と興奮で昨夜はよく眠れなかった。以前と同じカフェで私は人を待っていた。ただし、今度の相手は高戸ではない。里中健だ。どういう字を書くのかもメールに書いてあった。

 あの後、高戸は私と彼が直接会えるよう取り計らってくれた。聞くところによると、高戸の上司の息子さんだったらしい。写真が隠し撮りだったのは父親がこっそり撮ったからだ。私の予想に反して健は大学生だったため、私が健の在学する大学を目指している受験生という設定である。あのメールを受信してから2週間。学校は今日から冬休みだ。


「こんにちは」


 声をかけられ、ビクリと顔を上げる。健がこちらを覗き込んでいた。


「君が、山江さん‥‥‥?」

「う‥‥‥は、はい」


 思わず「うん」と言いそうになって慌てて言い直す。死んだ時にタメ口で話していたこともあって咄嗟に敬語が出ないのだ。健はにこりと笑うと正面に座った。健がメニューを見て注文を済ませるまで私はまったく動けなかった。喉がカラカラに干上がっている。


「えーっと‥‥‥それで何が聞きたいのかな?」

「ふえっ‥‥‥あっ、ええっと」


 頭の中が真っ白だ。設定上いくつか質問も考えてきたのだがそんなものは吹っ飛んでしまった。何か言わなければ、答えなければ、そう焦った私はパッと頭に浮かんだことを口に出していた。


「恋人とか‥‥‥いるんですか?」


 終わった。この瞬間私は彼にとって色恋目当ての女になった。何を言っているんだろうか。


「えっ! ‥‥‥まぁ、いるけど‥‥‥ごめん」


 彼も彼でいきなり聞かれて驚いたのだろう。しかしそれでも丁寧に答えてくれた。こちらへの気遣いも忘れない。


「いやっ! す、すみません! そういうつもりじゃ、ほら、誤解とかされるとアレですし! 」


 余計なお世話だ。自分で自分に突っ込む。焦って口数が増えていることに気づいてさらに焦っていた。


「そっか、お気遣いありがとうね」


 彼は納得した‥‥‥のかは微妙だが、とりあえず微笑んでくれた。私も声を出して幾分か緊張がほぐれたのか笑い返すことに成功した。


「えっと、その、大学の雰囲気とか、聞いてもいいですか? あのオープンキャンパスだけじゃよくわかんなくって」


 ようやく思い出した用意しておいた質問に続いて早口で言い訳を並べ立てようとすると彼がそれを身振りで制した。


「あー、いいよいいよ。雰囲気ね、いいとこだよ。って言っても他の大学を知らないから比較はできないけど。色んな人がいるから趣味の合う人とも会えたりするし、サークルも結構豊富だと思う。彼女にも会えたしね」


 冗談めかして付け加える。よくこうもスラスラと話せるものだ。


「あ、ありがとうございます」


 対する私は気の利いた一言も言えない。


「うん‥‥‥」


 彼が困っていることが手に取るようにわかった。しかし、どうすればいいのかはわからない。お互いに視線を泳がせながら微妙な笑みを交わしていると、彼が注文していたコーヒーが届いた。それで空気がリセットされたのか彼が沈黙を破る。


「あのさ、もしかして緊張してる? 話しにくいなら敬語外してもいいよ」


 朗らかに笑ってそう言った。


「いや、でも、そういうわけには‥‥‥」


 ものすごく気を遣われている。呼びつけておいて何も言えないのはあまりにも申し訳なくてさっさと言うこと言って解散しようと決意した私は顔を上げた。


「あの! 私、趣味で占いをするのですが来てくださったお礼に占わせてください!」


 勢い余って思ったより大きな声が出てしまい赤面する。


「へぇ、それじゃあ頼もうかな。何占い?」


 彼は気にするでもなくほっとしたように笑う。私は彼に火事に気をつけろと伝えたい。それで何が変わるとも思えないが今の私にできるのはそれくらいだ。しかしただ伝えたのでは不審者になってしまうので占いという言い訳を考えたというわけである。


「霊感占いです」


 タロットカードなど持っていないし、手相や人相では質問に答えられない。霊感占いならば私の特殊能力で押し通せるという考えからだった。


「私は、顔を見るとその人の死期がなんとなくわかるんです」

「へぇ」


 彼は半信半疑という風に目を丸くした。


「って言っても死にそうな目に合うってくらいでほんとに死ぬかはわからないんですけど」


 これは保険だ。1年以内に死にます、なんて言ったら逆上されないとも限らない。彼に限ってそんなことはないと思うが。


「じゃあ、始めます」


 そう断って私は彼の顔をジッと見た。改めて見てもやはり中高生くらいに見える。まだ大学1年だというから的外れではないが、それでも幼さが残る顔だ。意外に睫毛が長いな、と思い始めたあたりで自分が見惚れていたことに気づいてはっとする。慌てて沈んだような表情を作り、目を伏せて話し出した。


「えっと‥‥‥」

「気にしないで話して」


 少し逡巡を見せるだけのつもりが、即座にフォローが飛んできた。演技をしているのが一層申し訳ない。


「貴方は、火事‥‥‥にあうみたいです」

「火事?」

「はい、それで死ぬかはわからないですけど、それはたぶん、今から1年以内のことだと思います」


 恐る恐る顔を伺うと、彼は真剣な顔で耳を傾けてくれていた。


「‥‥‥‥‥‥」

「な、なので。火の元には気をつけてください‥‥‥」

「‥‥‥そっか。ありがとう。まだ死にたくないし気をつけてみるよ」

「は、はい!」


 くだらないと一蹴されるかと思っていたが、拍子抜けするほどあっさりと頷いてくれた。もっとも、こちらに気を遣っての反応だとは充分に考えられる。しかしそこまでは面倒見切れない。なによりこれで目的は果たした。後は野となれ山となれだ。


「それで、他に聞きたいことは?」


 さっさとお礼を言って帰ろうと思っていたのだが、彼はまだ付き合ってくれるつもりらしい。確かに大して質問はしていない。


「えーっと、それじゃあ、な、なにかアドバイスとかいただけますか‥‥‥?」


 随分とざっくりした質問だったが彼はしばらく考えてから一言だけ告げた。


「後悔のないようにね」

「‥‥‥はい」


 噛みしめるように答える。

 会話は少なかったが、会えただけで充分だとお礼を言って彼と別れた。家への帰路を歩きながらふぅと息を吐く。拍子抜けだ。彼はごく普通の大学生だった。三途の川でのテンポのいい会話を思い出す。もしかしたら私は期待していたのかもしれない、仲良くなれるかも、なんて。自分で思って苦笑する。そんなことはあり得ないのに。





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