目覚め
「‥‥‥っ!」
私は目を覚ますと同時にガバリと体を起こした。肩で息をしながら周囲を見回す。ベッドの上、可愛らしい柄の掛け布団、教科書類が積み上がった勉強机、カーテンの隙間から漏れる太陽光。私の部屋だ。
「なんで‥‥‥」
ハッとして、自分の体を探る。冬物のパジャマを着ている。体には傷一つない。
「文香ー!? 朝よ! 起きなさい!」
階下から母親の声が聞こえてきた。
「夢‥‥‥?」
そんなはずはない。私は確かに自殺した。あの時の背筋がゾクゾクする恐怖も、痛みも、確かに覚えている。そして、その後三途の川で過ごしたあの時間も。
「文香ー? 起きてるのー?」
私が戸惑っていると、階下から再び母親の声。
「い、今起きるー!」
「で、何が起きてるのよ。いったい」
カレンダーの日付を凝視して呟く。階下で食事を終えた私は身支度をするため自室に戻ってきていた。カレンダーの日付は11月17日。私が自殺した日だ。しかし決定的におかしいことがある。この日は、土曜日だったはずだ。更に言えば私はこの日の午後に自殺した。時間も巻き戻っている。
「はぁ‥‥‥支度しよ」
思考を中断し呟くと私は机の上に散らばった教科書を手に取って、違和感に気づいた。机の前に貼ってある時間割を見て、再度カレンダーを確認する。
「1年前‥‥‥?」
私は、タイムスリップしている‥‥‥?
「‥‥‥あっ、学校」
しばし呆然とカレンダーを見つめた後私はハッと我に返って手を動かし始めた。
教室の扉をガラリと開けると既にみんな席についていた。空いている席は一つだけ。私は心の中でガッツポーズをしてその席に向かう。1年前の自分の席まではさすがに覚えていなかった。そのために今日は遅刻ぎりぎりまで時間を潰してきたのだ。授業の内容は簡単だった。何しろ1年前にやったことなのだ。なんなら受験勉強で復習したばかりでもある。適当に聞き流しながらも1年前とまったく同じ板書をしている自分に苦笑しているうちに午前中の授業は終わっていた。
「文香ちゃーん、お昼わけてー」
授業が終わり、先生が教室を出ると同時に待ってましたとばかりにクラスメイトの玲奈が話しかけてくる。彼女に弁当をねだられるようになったのはこの更に半年前から、もう慣れっこだ。話しかけてきた彼女は私の返事を待たず勝手に私の鞄から弁当を取り出している。
「玲奈〜、お昼一緒に食べよ」
「あ、うん。今行く〜」
友人の誘いに答えながら玲奈は私のお弁当を開き、適当なおかずを摘んでいく。
「じゃ、明日もよろしく」
そう言うと玲奈はヒラヒラと手を振り自分のお昼ご飯を持つと友達を追って教室を出て行った。今日は好物の唐揚げをとられてしまった。私は多少物足りなくなった弁当を咀嚼しながら考える。
私がタイムスリップしてしまったことは確定的だ。ならどうするか、選択肢は大きく分けて2つ。1年後を待たずに死ぬか、死ぬ前にタケルを探すか。授業中、何度も考えたことだ。正直な話、ここから1年生きていていいことは何一つなかった。
そう頭では考えつつも私は少しばかり弾んでいる心を自覚する。今なら、まだタケルは生きているかもしれない。こちらでタケルに会えるかもしれない。あわよくば死なないようにできるかもしれない。それは酷く魅力的な考えに思えるのだった。
放課後、部活をサボった私は市立図書館に来ていた。私1人いなくてもどうせ誰も気にしないだろう。
「んーーー」
周りに聞こえない程度の音量で唸る。簡単に見つかるとは思っていなかったが、これは大変そうだ。とりあえず最近の火事の記事を調べていたのだが、それらしいものは見つからない。少なくともサトナカさんが死亡したという記事は見当たらなかった。やはりまだ生きているのだろうか。ググッと伸びをしてから今度はSNSを調べることにする。
「まぁ、そりゃ、無理よね‥‥‥」
日曜の夕方、私はベッドの上に大の字に寝転がって呟いていた。17日が金曜日、その後土日を返上して図書館にこもったがそれらしい人物の情報はまったく見つからなかった。そもそも火事がまだ起こる前なのであれば手掛かりは『サトナカ タケル』という名前だけだ。
「もう、死んじゃおうかな〜」
間違っても親には聞こえないように小さく呟く。
「ん、そだ」
ふと後回しにしていたことを思い出し、ゴロリと寝返りを打つとスマホを取り出す。三途の川のことを調べようと思っていたのだ。検索結果には本当かどうか疑わしい臨死体験の話がたくさん出てくる。しかし、時間遡行したという話は見当たらない。夕飯までの暇潰しにと、検索ワードを少しずつ変えながらタイトルを流し読みしていくと1つの記事が目に止まった。
『三途の川から戻ってきた話』
タイトルこそありふれているが、気になるのはヒットしているワードだ。
『待ち続け』『六文銭』『紙包み』『行列』
タップしてサイトに飛ぶと、それはある会社員のブログだった。その内容は私が見た三途の川と酷似している。
「‥‥‥‥‥‥」
ブログにはコメントフォームとは別にメールアドレスも書いてあった。連絡してみようか考えるが、見知らぬ人間にこちらのメールアドレスを知られるのは怖い。
「メアドつくるか‥‥‥」
翌日、月曜日の部活もサボった私は再び図書館に来ていた。メールを送るため、と自分に言い訳しつつも本心は部活をサボりたいだけである。共用パソコンでメールの送受信はできないためスマホからだ。メールの文面に迷うこと数時間、ようやく送信した時には既に日が暮れていた。
メールの返信が届いたのは翌日の夜だった。ドキドキしながらメールを開くと、そこにはぜひ一度会って話したい旨が書かれていた。提示された日時は再来週の土曜日。
「あと‥‥‥二週間‥‥‥」
こういう悩みのタネはあの時すべて捨ててきたはずなのに。うーと唸りながらも承諾の返事を送信してため息をつく。
「耐えるか‥‥‥」
死にたい。しかし、自分がタイムスリップした事実も気になるのだった。




