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夏祭り3/3

 食事を終え、割り勘による清算をした私たちはしばしの食休みの後花火の場所取りをすべく席を立ったのだった。割り勘という話ではあったが、個々人の食べた量を考えた結果私の支払いは少し少なめだ。


「今から場所取りして間に合うものなんですか?」


 場所取りというものはどれくらい前からやるのが普通なのかは全く知らないが、これだけ盛況なのだ。目ぼしい場所は既に取られている気がする。


「橋の上とかはもう無理だけどね。少し遠くても見るだけなら、どこにでも穴場はあるものだよ。少し歩くけど、ナツは足大丈夫?」


 そういえば、菜津さんは浴衣に合わせて下駄だった。


「うん、大丈夫。ありがとう」

「痛くなったら言ってね」

「言わなくても気づく癖に」

「まぁそうだけど。言われたいのが男心じゃん?」


 冗談めかして言った菜津さんの言葉を真顔で肯定する健はやっぱり健だ。そしてそれは男心なのか。

 そのまま健に先導されて歩いていくと神社が見えてきた。この神社は山上に作られていて、ものすごく階段が長い。なるほど確かにこの上なら見晴らしもいいだろう。

 息を切らしつつ階段を登りきると、人はまばらだった。この神社はそれなりに大きいし、ここのお祭りの時には観光客も来て人がごった返すが今日は静かなものだ。


「‥‥‥大丈夫ですか?」


 菜津さんと樹さんはゼイゼイと肩で息をしている。


「‥‥‥大丈夫じゃない」

「文香ちゃん、意外と体力あるんだね‥‥‥」

「2人が体力なさすぎるんだよ」


 健はほとんど息が乱れていない。普段から何か運動でもしているのだろうか。


「俺はインドア派なんだよ」

「あと10分しかないや‥‥‥ナツ、背中乗る?」


 樹さんの言葉を華麗にスルーした健は菜津さんに声をかけるが、菜津さんは首を振った。


「大丈夫」

「お姫様抱っこの方が良かった?」

「ほら、早く行こう」


 菜津さんはしゃきっと背を伸ばすと健の腕を取った。健の目が愛しげに細められる。なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、まだゼイゼイ言っている樹さんに目を向ける。


「樹さん‥‥‥大丈夫ですか?」

「はー‥‥‥くそ」

「すみません‥‥‥」


 あの場で別れていれば、樹さんも帰れたはずなのに。


「‥‥‥なんで今俺謝られた?」


 本気で不思議そうな顔をする樹さんに少しだけ心が軽くなる。


「いえ、ありがとうございます」

「2人とも置いてくよー」

「ああ、行こう。呼んでる」

「はい」


 ようやく息を整えた樹さんと健の後を追う。そうしてたどり着いたのは神社の一角にある展望広場だった。花火目当ての人もそれなりにいたが、広いから場所にはまだ余裕がある。

 健と樹さんに挟まれて頑丈そうな木の柵に寄りかかると、市街が一望できた。

 お祭りの灯りで煌々と照らされた市街を見ていると、なんとなく感慨深い気持ちになる。これではまるで、青春しているみたいだ。側にいるのはクラスメイトじゃなくて2つ上の大学生だけれど、友達とお祭りに来て花火を見る、なんてまるでドラマか小説のワンシーンみたいだ。


 そんなことを考えていたら、ドーンと花火が上がった。やっぱり少し遠いけれど、障害物もなくよく見える。周囲でどよっと歓声が上がった。こんな風に花火を見たのはいつ以来だろうか。最近は家で花火の音を聞いてそういえばお祭りの日だったかと思い出すようなことが多かった。

 そのまま続けざまにいくつもの花火が上がり、空をカラフルに彩る。そういえばあれは炎色反応だったかと頭の奥から受験勉強で詰め込んだ炎色反応表を引きずり出そうとして、やめた。そんなことは後で考えればいい。今はただ綺麗な花火とこの青春ぽい空気に酔っていたかった。




「来年も、4人で見れるといいね」


 花火もそろそろ折り返しかという頃、健がポツリと呟いた。


「うん‥‥‥」

「‥‥‥そうだな」


 私だけ返事ができなかった。視線は花火をジッと見つめているが、その目は花火を写してはいない。

 来年‥‥‥。私に、来年はあるのだろうか。そして、健にも。季節はもう夏。私が自殺した11月まで残すところあと3ヶ月。今のところ健の身に何か起こる気配はない。

 私が関わったことで未来が変わったんじゃないか、そんな淡い期待が胸を過ぎる。でも分かっている。宿題を忘れなかった私がやっぱり先生に叱られたように、バケツの水を被った玲奈が体育祭で仕事に追われたように、避けられないものもやはりあるのだ。

 でもそれなら、私が健の身代わりになることはできるはずだ。どうせあのまま失うはずだった命。誰かを助けて死ぬのなら、それはカッコイイ最期なんじゃないだろうか。

 チラリと横目で健を伺う。健は花火ではなく、横に立つ菜津さんを見ていた。

 こんなに近くにいるのに、酷く遠い。モヤっとした嫉妬が心をくすぐる。健が羨ましい。全部を持っている健が。優れた容姿も、コミュニケーション能力も、たくさんの友達も、難関大に入れる学力も、可愛い彼女も。神さまは不公平だ。私は、ここまで充実してなお、それでも死にたいのに。どんなに今が楽しくても、青春していても、それなら楽しいうちに死にたいとすら思うのに。

 ズルイと思う一方で、私も健に絆されたたくさんの人の中の1人でもあって、この命を健のために使えるのなら悪くないと思ってしまう。


 ドーンと一際大きな花火が今日のお祭りを締めくくる。綺麗だったね、と言い合うみんなが酷く遠い。


「じゃあ、帰ろっか」

「うん」

「はー疲れた」

「ほら、文香ちゃんも」


 健に名前を呼ばれて我に返る。みんなは既に帰り道に向けて一歩を踏み出していた。


「はい!」


 返事をして追いつく。


「イツキが文香ちゃん送ってくれるって」

「言ってねぇ」

「夜道を1人で帰す気?」

「高校生ならこれくらいの時間普通だろ」

「1人で大丈夫ですよ」

「‥‥‥またこの階段降りるのか‥‥‥」

「イツキ、話を逸らさないで」

「分かったよ。途中まで送ってく」

「いや、ほんとに大丈夫で」

「送ってもらった方がいいよ、文香ちゃん。私前にこの辺で痴漢にあったから」

「え!? いつ?」


 健の顔色が変わって、話題も変わる。

 長い階段を降りた下で私たちは別れ、結局樹さんは私を家のすぐ近くまで送ってくれた。


「ありがとうございました。楽しかったです」


 と告げた私に、


「うん、俺も楽しかった。またな」


 と返してくれたその言葉が嬉しくて、私は家の戸を開けるまでに緩んだ頬を引き締めるのに難儀したのだった。


 

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