やっぱ無理じゃね?
「いや、開かねぇ」
俺は、いつも通り通学し、机の上で例の木箱を転がしていた。
「そうだっ!」
俺は、アルビンの席まで近づく。
「おっす、アルビン!」
「ん? あぁ、トートかどうかしたのか?」
「いや、この木箱叩き切ってくれね?」
「なんだこれ?」
俺から木箱を受け取ったアルビンは、下から眺めるように、木箱を掲げる。
「それ、ばぁちゃんが作った特製の……なんだろ? 財布みたいなもんかな、そん中に昼飯代が入ってるんだよ」
「はぁ……? まぁ、それはいいが、壊していいのか? ソレ」
「いいよ、いいよ、むしろ壊れてくれるならありがたい」
「わかった、じゃあ、午前の授業の時にでもやろうか」
「サンキュー! これで、昼飯にありつけるよ、よかったぁー」
さて、待ちに待った、剣術の実践授業だが……
「ハァハァハァ」
「アルビン、そこまでムキにならなくても……」
「ハァハァ、木箱ぐらい、壊して見せる、はぁはぁ、フンッ! ……コレじゃだめだ、先生に真剣を借りてくる」
「ちょっ! ちょっと待った、そこまでしなくて大丈夫だから」
訓練用の木剣を地面に置いて、真剣を持ってこようとするアルビンを慌てて止める。
「これ、ばぁちゃんが作ったやつだから、魔法陣に壊れないように何か組み込んでるのかも、だからほら、そんなムキになるなって」
「そうか……」
アルビンは、納得いってないようだったが、こんなことに付き合わせるのも悪いと思い、俺は木箱をポケットにしまい込む。
「よし、じゃあそろそろ授業始めますか」
俺は、木剣を構え集中力を高める。
「それもそうだな、これ以上すると先生に怒られそうだしな」
「そうそう! じゃあ、始めるぞ!」
「あれ?」
俺の合図と同時に、最近見た時と同じ保健室の景色が目に入る。
「すまない……」
「うぉ! びっくりした」
また、気絶したのか俺は……
デジャブの様に、アルビンが申し訳なさそうに頭を下げている。
「ははは、アルビンが謝るなよ。
よし、じゃあ帰るか?」
「帰る? まだ午前中だがさぼるのか?」
俺はアルビンにそう言われ、窓から空を見上げる。
「あれ? まだ日が高いな?」
「そうだな、今頃剣術の授業が終わった頃じゃないか?」
「おぉ、マジか! これは……」
気絶した長さで成長を感じた自分を少し恥ずかしく思い、言葉を飲み込む。
「アルビン俺のほうこそ悪いな、俺なんかが相手じゃ練習にならないだろ?」
「いや、そんなことない、人をこんなに思いっきり剣を振ることなんてないからな」
「そ、そうか」
思わず手加減してと言いそうになるほど、いい笑顔のアルビンに少し引いてしまう。
「よ、よし、授業に戻るか?」
「そうだな」
俺とアルビンは教室に戻るが、少し遅かったのか座学の授業はもう始まっていた。
俺たちは、他の生徒の邪魔にならないように、コソコソと自分の席に戻る。
座学の授業が終わると、アルビンが俺の席まで近づいてくる。
「どうしたアルビン?」
「さっきの木箱なんだが、何か魔方陣があるならニアに見せたらいいんじゃないのか?」
「あ! そっか、確かにあいつならどうにかなるかも、もう昼だし急いで行ってくる」
俺は、アルビンのアドバイス通りニアに相談に行くことにした。
「ニアー! ちょっと時間いいか?」
「何よ」
自分の机で一人で飯を食っているニアに後ろから声を掛けるが、真っ赤な髪を乱すことなく振り返ったニアは、髪と同じ色の瞳を細めていつも通り、不機嫌そうに俺を睨みつけてくる。
俺は、気にも留めず話を続ける。
「ちょっとこれ見てくれよ!」
木箱をニアの机に置く。
「何よわざわざ……ってなにこれ?」
不機嫌そうな表情が一変して、ニアが急に食い入るように箱を見つめ始めた。
「何って、まぁ、ばぁちゃんに渡された財布代わりだよ、その中に昼飯代が入っててさ、頼む開けてくれね?」
「どうやってこんなもの作ったのよ……え!? 今昼飯代がどうのって言わなかった?」
「言ったけど? どうかしたのか?」
「いやいや、おかしいでしょ! なんでこんな精巧な魔方陣が書かれた物に、昼飯代なんか入れてんのよ!」
「それの凄さはイマイチわかんねぇけど、それが開かないと昼飯が食えないんだよ」
「わかったわ、ただ開けてあげてもいいけど、もし開いたらこの箱を私に頂戴」
「おっけー!」
「まぁ、無理よね……え! いいの?」
「いいよ、むしろ無いほうが俺は助かる!」
「ホントにこの魔方陣のこと理解してないのね、まぁいいわ、約束は守ってよね」
「おうっ!」
ニアに任せれば大丈夫だろ、どのくらいかはわからないけどニアも魔術の成績確実に5だろうしな。
「あの、ニアさんそろそろ昼休み終わるんですが……」
安心しきっていた俺は、ニアが開けれないとは思いもせず、予想外の展開に昼飯を抜く覚悟を決める。
「うるさい! そこにある私の弁当でも食べてればいいでしょ!」
こっちを振り向きもせず、強い口調でニアに噛みつかれてしまう。
まぁ、食べていいって言うなら頂きますけど。
「なんでよ……魔方陣の開け方は完璧のはず、変調の魔方陣も魔力を合わせてるから良いはずなのに……」
「ングッ、変調って何?」
ニアの食べかけの弁当を食べていたが、少し興味が出てきたので、口に入ってる食べ物を飲み込み言葉を発する。
「はぁ……本気で言ってるの? この間授業でもやってたじゃない」
「いや、テスト前は勉強するけど、さすがに毎回の授業の内容覚えてるわけないだろ」
ニアは、俺の方を見ながらまたもやため息を吐く。
「変調っていうのは、人それぞれ違う魔力の波や質のこと、それを特定の誰かに合わせてその人にしか開けられないように、カギのような魔方陣がこれにも組み込まれてるの」
「じゃあ、ニアじゃ開けられないじゃん」
「だから、私もその魔方陣を読み取ってそれに合わせて魔力を流してるの、でも全く開く気配すら無いわね……」
「まぁ、ばぁちゃんが作ったもんだから、その、変調っていうの? それも多分俺に合わせてあると思うけど、俺じゃ難しい感じなの?」
「いや、魔法陣自体は簡単だけど、こんなに小さな魔方陣にそこまで細かい変調の魔方陣は組み込め無いと思うわ」
「まぁ、やってみようぜ、俺もなんか開くとこ見てみたくなったし」
「やってみる価値はあるかもね、ここの個所に魔方陣がほつれている所があるでしょ?」
ニアはそう言って、ペンで木箱を指すが全く何も見えない。
「ってかどうやって魔方陣見るんだっけ? なんか授業でやった気がするけど」
「はぁ……魔方陣の基礎でしょ? ホントにこの魔方陣組んだのあなたのおばあさんなの?」
「本当に俺のばぁちゃんだよ、ってか基礎って言われても普段から使わない魔方陣のことなんて、テストが終わったと同時に頭から抜け落ちたよ」
「まぁ、いいわ目に魔力を集中するだけよ、それで魔方陣は視覚化出来るわ」
「あぁ、そういえばそうだった、よし」
俺は、言われた通り目に魔力を集中させる。
すると、木箱の上にばぁちゃんが作った魔方陣が浮かび上がってくる。
「見えた、見えた、そういえばこんなこと授業でやったな」
「はぁ……勿体ない、私には関係ないから良いけど、それより見えたならわかるでしょ? 一番上の魔方陣が完成されてないでしょ、それを完成させたら開くようにはなってるはずなんだけど」
「え? なに? どれがどれ? 魔方陣一つしか見えないんだけど」
「ちゃんと読み解きなさいよ、一つが変調の魔方陣、もう一つが物理衝撃緩和の魔方陣、最後に完成されてない魔方陣があるでしょ? それが、この箱を開ける魔方陣になってるはずだわ」
「そっか……全然わかんねぇや」
「はぁ……ホントに、はぁ……」
「ため息吐きすぎだろっ! しょうがないだろ、わかんねぇだから」
「私がペンでなぞるから、良く見てなさいよ」
俺はそう言われて、ニアが手にするペンに意識を集中させる。
「これが一層目変調の魔方陣」
ニアは重なって一つに見える魔方陣をなぞりながら、丁寧に解説してくれる。
「っで、これが物理緩和の魔方陣、残ったのが未完成の魔方陣よ」
「うん、魔法陣はわかったけど、これの何が未完成なんだ?」
「あぁーもうっ! なんで私が全部、手取り足取り教えないといけないのよっ!」
そう文句を言いながら、俺を睨みつける。
「いや、まぁ確かにそうなんだけど……コレ、欲しいんだろ? なら、手伝うしかない!」
「うっ……そうね、手伝ってあげる、けどっ! 約束は守ってもらうわよ!」
「おう、っで何が未完成なんだ?」
「ここを見てみて、この魔方陣だけを書き出すと、こうなるんだけど」
ニアは、自分の机の上に紙を取り出し、魔法陣を書き始める。
「魔方陣っていうのは、魔力が通わないといけないから極端な例を出すと、全て丸のように繋がっているのよ、っで問題のこれなんだけど、ここの部分見てみて」
そう言われ、ニアが書き出した魔方陣に目を向ける。
「ここの部分は、ブツっと切れていていて、行き止まりになってるでしょ? これじゃ魔力が通らないから魔方陣が発動しないわ」
「ほうほう、ってことは、魔力でここの部分を書き足せば開くのか?」
「そうね、早くやってもらえるかしら」
ニアにそう急かされ、魔法陣に新たな線を書き足す。
「あれ? やっぱダメか?」
「今のは、魔力を込め過ぎよ、明らかに他の線より太くなってたでしょう?」
「へぇー、そういうのも関係あんのか」
「あんたねぇ……はぁ、魔法陣に大切なのはバランスよ、だからこんな小さい箱に、緻密な魔方陣が書かれているから凄いんじゃない、大きいだけの魔方陣ならゴブリンでも出来るわよ……あんたは出来そうにないわね」
「それ、暗にゴブリン以下って言ってるからな!」
「そう言ってるのよ、嫌ならしっかり魔力制御してみなさいよ」
くそ、言いたい放題言いやがって、見てろよ!
「センス無さすぎないかしら?」
「うるせぇ!」
あれから、5分ほど格闘するが、中々思ったように魔方陣が書けない、こんなのゴブリンが本当に出来んのか?
「もう、昼休みが終わるわね」
「クッソー、しょうがないニアにコレ預けるから開いたら中身だけくれ!」
俺はそう言って、食べかけにしていたニアの弁当をかき込む。
「あんた、そ、その箸って私の!!」
「なんだよ……お前が食べて良いって言ったんだろ?」
「もういい、知らない」
ニアが顔を真っ赤にしながら怒り始めるが、食べて良いと言っておきながら、食べたら怒るのは理不尽過ぎると思うのだが……
俺は腑に落ちない気持ちを押し殺し、魔術の実践授業が始まる前に訓練場に行こうと、移動を始める。
魔術の授業だが、これも盗人大作戦を実行しよう! そう思い当たりを見渡すが、正直一番ターゲットとして完璧なのは、やっぱりあいつだろう。
あんまり、気持ち的には乗り気にならないが……
「ニア、俺とペア組まないか?」
「いいわよ」
思ったよりあっさり承諾がもらえたので、少し驚いてしまう。
「何ボーっとしてるのよ、私と組むんでしょ?」
「あ、あぁ、すまん正直こんなにあっさり組んでもらえるとは思ってなくて、ビックリした」
「なによ! 私は別に他の人と組んでもいいだけど?」
「うそうそ、悪かったってじゃあ、先生に練石貰いに行こうぜ」
ペンダント型と普通の石の形をした練石が入った箱の前に来るが、俺はそこでいつも以上に時間をかけて真剣に選ぶ。
ペンダント型の方に相手の魔力を登録することで、普通の練石を握った手から放たれる相手の魔術はすべて、ペンダント型の練石に吸収され許容を超えると砕ける、なので俺は少しでも長くニアの魔術を観察できるように、大きいペンダント型の練石を探すが、そこでニアが文句を言ってくる。
「何をそんなに時間を掛けてるのよ、どれを選んでも一緒よ早くしなさい」
「グッ! わかったよ」
俺は無造作をに見せかけて、キープしていた比較的大きめの練石を手にする。
それをニアに手渡し、魔力を登録してもらう、俺もニアの練石に魔力を登録する。
「それじゃ、始めましょうか?」
「おう! 準備はいいか?」
登録の後、開けた場所に二人で移動し、戦闘準備をする。
「いつでもいいわよ」
それを聞き、俺はすぐさま詠唱にはいる。
「炎よ、全てを巻き込み燃え上がれ、ファイヤーボール!」
俺が作った、炎の球は真っすぐニアに向かって飛んでいく。
ニアは、詠唱もせず俺のファイヤーボールを眺めている。
「こんなもんなの?」
ニアがそう言いながら腕を振ると、振った手の平から水が飛び、俺の魔術を鎮火する。
「しょっぱなから無詠唱かよ……」
「詠唱無くても使える魔術を、わざわざ詠唱する必要なんてないでしょ?」
確かにそうだが、もっと舐めて来るかと思い、苦い表情を浮かべてしまう。
「水よ、全てをその身に沈下させろ、ウォーターボール!」
「そろそろ、私もいいかしら?」
ニアはそう言いながら、土魔術で壁を作る、アースウォールを無詠唱で発動させ、俺の魔術を無力化する。
「あんたに、防げる?」
ニアの手から、炎でできたランスが発射される。
「あ、あぁ」
ニアのファイヤーランスの、スピード、大きさ、何よりまだ俺には届かない距離にある炎の魔術の威力を、嫌でも俺に伝えてくる音、空気を燃やしながら突き進む魔術に俺は無意識に尻もちをついていた。
「うわああ!!」
俺の悲鳴を遮るように、甲高くガラスが割れるような音が俺の耳に入ってくる。
音がしたほうに視線を落とすと、練石が組み込まれていたペンダントが、砕け散っていた。
「なにビビってんのよ、練石使うのが初めてでもあるまいし」
「いやだってよ、あんな威力の魔術放つ奴と、今まで一緒に授業受けたこと無かったからさ……」
「ふん、だらしない」
ニアはそう言いながら鼻を鳴らしている。
俺は、ズボンについた土を手で払いながら落とすが、俺の中に感じる恥ずかしさは払い落とせなかった。
「で、でもさ、ニアすげーよな、無詠唱であの威力だろ? すげーよ」
俺は、自分の気恥ずかしさを隠すためか、気が付いたらニアを褒め称えていた。
「別に凄いことなんてないわよ、無詠唱なんてやれば誰でも出来るようになるもんだし」
ニアは何故か不機嫌そうな口調でそういうが、その言葉は照れ隠しだというのは表情を見たらすぐにわかった。
「まさか練石が一撃で砕けるなんてなぁ、魔力ほとんどつぎ込んでるのか?」
「そんなわけないでしょ、初撃で魔力ほとんど使う馬鹿に見えてるのかしら?」
「いや、さすがにそんな風には見えないけどさ……だってさっきの威力見たらそう思うだろ?」
「はぁ、まぁ私が初撃で魔力使う馬鹿には思われたくないしね、特別に教えてあげてもいいわよ」
「マジか!? 教えてくれ、俺にも出来んのか?」
まさか、お手軽に魔術の威力上げる方法を知っているとかなのか! それは知りたい! 成績を上げるためにも!
「まぁ、教えてもいいけど条件があるわ」
「条件?」
「そう、さっきの箱開けるために、放課後私と残りなさい」
「まぁ、別にいいけど、そんなにアレ欲しいのかよ」
「当然でしょ! あなたこそ、あの魔方陣を見てどうも思わないなんて、私はそれの方が不思議よ」
「それより、決まりだな! っでどうやって魔術の威力上げるんだよ」
「簡単よ、並列魔術で炎のランスの周りを風の魔術で覆っただけよ」
「は??」
「だから、並列魔術でランスの周りを風の魔術で覆っただけだってば」
「お前! 約束が違うぞ! 簡単だって言ったじゃんか!」
「簡単でしょう、別に誰にも出来ないわけじゃないし、やれば誰でも出来るわよ」
「やれば誰でもって……そりゃ、ニアにとっちゃ簡単かもしれないけど、普通の俺には無理じゃんか、ハァ……」
「あんたね、普通って何よ!やれば出来るんだから、それをやる前から……まぁいいわ、約束は約束よ、今日の放課後よろしくね」
「しょうがないか、でも、実際に俺は聞いても簡単だとは思わなかったから、一つ条件付けさしてもらう!」
「何よ……」
「これから、魔術の実践授業は俺と組んでくれ!」
「な、なんでよ」
不満そうな口調をするニアだが、表情を見る限り嫌というわけではなさそうだ。
「頼むよ! そうだ、多分あの箱これからもばあちゃんが作ると思うからさ、開いたらそれ全部あげるから、なっそれなら良いだろ?」
「わかったわよ、アレをくれるって言うなら、まぁ組んでやらないこともないわ」
「よっしゃっ!」
「別に何でもいいんだけど、なんで急に? あんたこの授業の時、騎士志望の魔術が苦手な人と組んでたでしょう?」
あまり、他人に関心がないかと思っていたが、意外にもよく観察しているようだ。
俺は、ニアの意外な言葉に驚きの表情を浮かべてしまう。
「何よ、その顔……なんかムカつくわね」
「いや、だってニアって、他人に興味がないかと思ってたから」
「あんたね、私のことどう思ってるのよ」
「どうって、少し高い山の上から、下々であるその他大勢を見下ろしてる奴だと思ってた」
「え? 何? 私と喧嘩したいの?」
ニアが練石を地面に落としながら、手のひらに魔力を集めているのを感じ、俺は速攻で頭を下げる。
「悪かった、嘘嘘、冗談だから」
「フン、まぁいいわ放課後の約束は、忘れないでよ」
「おう、それよりさ、まだ授業時間あるんだし、もう一回俺と試合しないか?」
「しょうがないわね、早く練石借りてきなさいよ」
それから、俺はニアと5回ほど試合をしたが、全て一撃で練石を砕かれる結果となった。
放課後になり、ニアと二人で教室で箱の魔方陣に、俺が挑んでいるのだが、
「違うって言ってるでしょ! 何度言ったらわかるのよ」
「何度言われたって、出来ねぇんだからしょうがねぇだろ!」
俺が、魔法陣に、ニアの支持通りの魔力を流せずに、ニアを苛立だせていた。
「はぁ、真面目にやってくれないかしら?」
「だから、俺は真剣なんだよ」
俺がそう言って、もう一度魔方陣に魔力を流そうとするが、ニアが何か思いついたのか自分のカバンをあさり始める。
「どうしたんだ?」
「それ、昼飯代が入ってるから、渡せないんでしょ? だったら、私がその中のお金あげるから、その箱よこしなさいよ」
「おお! それは、ナイス……」
俺は、ニアの提案に二つ返事でOKを出そうとしたが、昨日のアルビンの姿を思い出してしまう。
「ちょっと、何急に黙ってんのよ、早くいくら入ってるのか言いなさいよ」
「あ、いや……」
俺は、自分に本当にこれでいいのか考えてしまう、いや正確にはダメだというのはわかっている、だが、いつものように楽な選択肢を選んでしまいそうになる。
「ニア、もう少しだけ、付き合ってくれないかな? もうちょっと頑張るからさ」
「あんたがそう言うなら、付き合ってあげるけど、あんたってそんなにやる気のあるやつだっけ?」
「失礼だな、俺はいつもやる気満々だよ」
「そう、意外ね、あんたなら二つ返事で承諾するもんだと思ってたわ」
「お前は、俺のことどう思ってたんだよ……」
「何しても不可にならない程度に可を取ってる、怠け者だと思ってたわ」
「おい! お前、俺がお前の評価したときに、よくそんなこと思いながら怒れたもんだな」
「ふふ、でも私は今のあなたそんなに嫌いじゃないわよ」
「そ、そうかよ、そんなことより早くコツとか教えてくれよ」
俺は初めて見るニアの笑顔に、見とれてしまい、照れ隠しから話を逸らしてしまう。
「コツって、魔力制御だけよ、それ以上でもそれ以下でもないわよ、いい見てるのよ」
ニアはそう言いながら、魔法陣に魔力を流し込む。
自分が何度も挑戦したからわかる、その精錬された魔力の流れ、魔力が書く魔方陣が初めて綺麗だと俺は感じる。
「すげ……」
「これくらい普通よ」
俺の思わず零れた一言に、ニアはぶっきら棒に答える。しかし、箱は空くことは無かった。
これも同じ、とりあえず真似してみよう。
同じことが出来たら俺にだって、
「ふぅー……」
俺は、先ほどのニアの、魔力を思い出す。
息を深く吐き、イメージを固め集中を高める。
「クソ……」
書いてる途中にもう自分のイメージからかけ離れていく。
魔方陣に魔力を入れ終わると、ニアとの違いに思わず苦い顔をしてしまう。
「まぁまぁね、今までで一番いいんじゃない?」
自分が書いた魔方陣に目を落と、確かに今までで一番の出来の魔方陣が出来上がっていた。
しかし、ニアの魔方陣をイメージして作ったその魔方陣は、一番不出来に見えてしまう。
「あれ? これ、開いてるわよ……」
「嘘だろ? なんで……」
「これはあくまで予想だけど、この魔方陣あなたに開けさせる目的でしょ? だから、少しぐらい魔力制御が出来なくても、開くようにしてたんじゃないかしら?」
「でも、ニアと同じやり方だぞ? これなら、ニアに開けられたって、おかしくないんじゃないのか?」
「それもそうね、可能性としては、変調の魔方陣が凄い正確に書かれているんだと思うわ、信じられないけど……ねぇ、本当に貰っていいの?」
「あぁ、ありがとなニア! よっしゃあ、なんか達成感あったわ!」
俺が立ち上がり伸びをすると、隣からクゥーっと可愛らしい音が聞こえてくる。
音がした方を見やると、お腹を押さえて顔を真っ赤にしているニアがいた。
「ち、違うの! 今のは、そう! そう魔方陣って、解除すると今みたいな音がするのよ!!」
「あーそういや、昼飯俺が殆ど食べちゃったのか……悪かったな、そうだその中に入ってる金で、なんか買い食いして帰ってくれよ」
「違うって言ってるでしょ!! ぶっころすわよっ!!」
面白くなり、俺はもう少しからかってやろうとしたが、ニアの髪が魔力によりユラユラと不穏に揺れ始めた。
「あ、あぁそうだ! 俺この後行くとこあったんだった! じゃあな、また明日!」
「ちょっと待ちなさいよ!」
そう叫ぶニアを、無視して俺はダッシュで教室を後にする。