しょうがないから、少し頑張ろう
「さて、今日から頑張るってばあちゃんに言っちゃったしな、まずは通学だっ!」
俺は目の前に広がる森を見つめ気合を入れる。
ってか俺これから毎日ここ通って行くの? 無理じゃね……
「頼む、魔物出てくんなよ」
身体強化をして、全力で走って学校を目指す。
「あぁぁぁぁぁぁああ!! 無理無理死ぬ死ぬしぬぅーー」
身体強化で全力で走ったのは失敗だった。
俺の足音を聞いた魔物が集まる集まる。
ちらっと後ろを振り向くと、児童ほどの背丈がある、緑色の鬼が10匹ほど、木の枝を振り回しながら追いかけてくる。
「ゴブリン! 俺なんて食ってもおいしくねぇぞ! あっち行け来るな!」
ゴブリンは足が遅いので追いつかれないで助かっているが、森の中走るに慣れていない俺もあまりスピードが出せず一定距離を保ったまま走り続ける。
「あれは! やっと森から出れる!」
2時間は掛かっていないが、結構な時間を走り続け森から抜け出すことが出来た。
森の出口には魔を寄せ付けない魔方陣が書かれており、ゴブリンたちはそれ以上俺を追ってくることが出来きないので安心する。
「ふははビビらせやがって、ほら悔しかったらここまで来てみろよホレホレ!!」
立往生しているゴブリンに向かって挑発するように小躍りすると、一匹のゴブリンが俺に向かって突撃してくる。
ゴブリンは見えない壁にぶつかったように跳ね返って倒れる。
「ぷぷぷ、ワロスワロス手も足も出まい!!」
ゴブリンは何を思ったのか、その場に全員座り込み始めた。
気のせいと思いたいが、座っているゴブリンの濁った眼が俺を睨んでいる気がする……
「お前らずっとそこにいるつもり……結構困るんだけど、ってか学校行かないと! おいゴブリンども俺が帰るころにはちゃんと森に帰ってろよ!」
ゴブリンに完全勝利した俺はそう言い残し、学校に急いだ。
遅刻とかで成績下げるわけには行かない!
「はぁはぁ……ギリギリ間に合ったあぶねぇ」
「エミール、お前が遅刻しそうでわざわざ焦るなんて珍しいな」
「ゼピロス先生、俺にも色々あるんですよ」
「なんにしても感心だな、ほらホームルーム始めるぞ、エミールも早く席に着けよ」
なんとか間に合った俺は呼吸を整えながら自分の席に着く、それを確認したゼピロス先生は教壇に立ちホームルームを始める。
今日はいつも通り午前剣術の実践授業があり、座学で体を休めて、午後から魔術の授業のようだ。
午前の授業のために訓練場まで移動をする。
訓練場がもっと小さかったら、走り込みってもっと楽なんじゃないかと思ってしまう。
一周5キロもある訓練場をついつい疎ましく思ってしまう。
「じゃあいつも通り適当にペアを組んでくれ」
いつもの俺だったら、魔術師専攻の誰かを捕まえてペアを組むが、成績上げないといけない俺は迷わず一人の男に近づく。
「アルビン、一緒にやらないか?」
「あ、ああ」
いつも通り口数は少ないが、茶色の瞳が驚きで見開かれたのだけは見て取れた。
それもそうだろう、アルビンはこの学校では一番の実力者と言われてるし、訓練用の剣を使うといえど殴られれば痛いわけで、必然とアルビンと訓練をしたがる人間なんていなくなってしまう。
「俺でいいのか?」
「あぁ、頼む全力で!」
でも、今の俺の状況からすればラッキーだ、アルビンの成績は間違いなく5! アルビンの動きを真似れば俺も必然と5になる! その名も盗人大作戦だ。
「よし全員訓練用の武器を取りに来い」
俺とアルビンはいつも通り訓練用の剣を手にし、生徒同士も邪魔にならないように散り散りに離れる。
「よし、準備はいいなでは始め!」
「よし、アルビン! いく」
「…………ぞっ! あれ?」
あれ? テレポートでも使われたのか? 何故かアルビンに向かって声を掛ける途中で、保健室のベットの中にテレポートさせられていた。
「起きたか、すまなかった……」
「うぉ! アルビンいたのか、ってかこの状況なに?なんで俺たちテレポートさせられてんの?」
「テレポート? いや、訓練中に俺が気絶させてしまったから保健室に運んだだけなんだが……」
「なんだ、そういうことか驚い……た、え? 俺やられたの?」
「あぁ……」
「いつ?」
「授業中だが?」
「マジかよーー、全然記憶ねぇわ、はははアルビンお前マジすげぇな」
「いや、そんなことは無い、それより本当にすまなかった」
「気にすんなよ、あぁそうだ、アルビンがよかったらだけど、これからも俺とペア組んでくれねぇか?」
「あ、あぁ、ああっ! よろしく頼むエミール」
「なんだよ、よそよそしい、トートって呼んでくれよ、じゃあ授業に戻りますか」
俺の盗人大作戦は失敗に終わったが、アルビンとこれからもペアを組める約束が取れたんだ、これからいくらでもチャンスはあるな。
「もう放課後だぞ?」
そんなことを考えている俺にアルビンが予想外のことを告げる。
「えっ? 授業終わったの!? マジか、どんだけ寝てたんだよ俺っ!」
せっかく頑張ろうと思ってたのに……
「その、すまない」
「いやいや弱い俺が悪いんだし、アルビンが謝るなよっ! ってことはもう放課後か、折角だし一緒に帰らねぇ?」
「一緒に、あぁ一緒に帰ろう!」
「じゃあ教室に荷物取り行こうぜ、ってかアルビン家ってどこ?」
「家かそうだな、方角的に言うと街の外に森があるだろう? あっちの方角だな」
「おっ! じゃあ俺と一緒じゃん!」
「んっ? 近所なのか?」
「違う違う、アルビンが言った森があるだろ? その中にばあちゃんちがあんだけど、今日からそこから通ってんだよ」
「あの森って魔物出るだろ……よく住めるな」
「俺も思うよ、本当なんであんなとこ住めるんだろばあちゃん」
「というより、家が襲われたりしないのか?」
「あぁ、森にも魔除けの魔術あんじゃん、あれが家にもしてあるって言ってたよ」
「魔術のことは疎いが、そんなに簡単に出来るものなのか?」
「いやぁ普通出来ないでしょ、まぁばあちゃんだし、ってかその魔術作ったのばちゃんだから出来て当然なんだろうけど」
「はっ? ちょっと待て、今なんと」
「だから、ばあちゃんが作ったって、おっ着いた着いた、さっさと荷物持って帰ろうぜ」
俺は教室に入り、自分の席にある荷物を持ち、帰る準備をする。
あーあ、いつもだったら、授業受けなくて得した気分になるのに、ちょっと損した気分だな。
「ってかアルビン、さっさと荷物取って来いよ」
「え、あぁすまないすぐに準備する」
よく考えたら誰かと一緒に帰るって初めてだな、俺の初めての一緒の下校相手か……
「なんだ、じろじろ見て」
「こんなムキムキマッチョじゃなくて、かわいい子がよかったぁぁぁあ」
「どうしたっ? 打ち所が悪かったのか!」
「ちげぇよ! 華奢でかわいい子と一緒に帰ってみたいって言っただけだっ!」
「い、いや、すまないたとえ俺が華奢でも、だ、男性はちょっと……」
「ふざけんなっ! 俺もそんな趣味ねぇよ! 脳みそまで筋肉詰まってんじゃないのか?」
「そうか、それは良かった」
アルビンが本気でホッとした表情を浮かべたことが、余計に腹立つ。
俺の初めて、家まで送るをアルビンで達成した後、あまり気乗りはしないが俺も帰宅するために森の入り口まで来る。
「まだいたのかよ……」
朝のゴブリンがそこに居座っていた。
ほかの道から帰ればいいが、他の道はばあちゃんに聞いてこなかったので迷う可能性が高い。
「やばい、マジで帰れない……そうだ! アルビンに頼もう!」
俺は来た道を戻り、アルビンの自宅に向かう。
アルビンの自宅についたが、アルビンの親にちょっとアルビンに魔物倒して欲しくて来ました! なんて言ったら殺されそうなので、裏から塀をよじ登りアルビン本人を探す。
「あっいたいた! おー……い……」
「ハァハァ……ふん! はぁあ!」
俺の視界に入って来たのは、無心に剣を振り下ろすアルビンの姿だった。
「ハァハァハァハァ」
俺と別れてそれほど時間は経っていないはずだが、額には大量の汗をかき、息は切れ切れで、それでも剣を振っていた。
「ハァハァ……っん?」
アルビンが俺の気配に気づいたのか、素振りを止めてこちらを見やってくる。
俺は、とっさに塀から降り隠れてしまう。
何やってんだ俺、アルビンに頼むんじゃないのか? なんで隠れたんだよ!
「気のせいか? はぁあ!」
塀の向こう側で、素振りを再開した音が耳に入ってくる。
せっかく訓練してるのに、邪魔しちゃ悪いしな……だから、声かけるのは止めよう……
「なんだよ、クソっ」
俺は、もう一度森の入り口に向かうが、自分でもよくわからない感情でイライラしてしまう。
今自分が感じている感情を、整理しようとするが、その正体を掴めず気づけば又ゴブリンの前まで来ていた。
「なんだよ、何見てんだ? 何睨んでんだよ!」
俺は、足元にあった小石を拾いゴブリンに投げつける。
強化した腕で飛ばす小石は、それほどの威力は無いものの、ゴブリンに痛み程度は与えられた。
「ふざけんな! クソッ! クソッ!」
俺は、小石を拾ってはゴブリンに向かって投げ続ける。
どのくらいかはわからないが、小石を投げ続けていると、ゴブリンたちも嫌気が差したのか、森の奥へと戻っていった。
「ハァハァハァ……」
その頃には、俺の息も上がってしまい、とりあえずその場に座り込む。
ゴブリンたちに八つ当たりをして、少し落ち着いた頭が、さっき自分が感じた感情を嫌でも理解させてくる。
「なんで、こんなこと思うんだよ……」
俺はアルビンの姿を見て、ただただ恥ずかしかったんだ。
森の中を帰る気力が無く、その場に座ったまま時間だけが過ぎていく。
「おぉ、トートこんなとこに居ったのかい」
座って地面を見つめていた俺は、ばぁちゃんの声が聞こえ、森の方に視線を動かす。
「ばぁちゃん……」
「あんまりにも遅いから、心配したさね」
「ごめん、ばあちゃん……」
「どうかしたのかい?」
「いや……」
「まぁ、話は家に帰ってゆっくり聞くさね」
ばあちゃんはそう言って、俺をテレポートで送ってくれた。
「さて、トートや何があったさね」
「別に何もないけど……」
「何にもないとは、思えないさね」
「…………ばぁちゃん、俺今から頑張っても遅くないかな……」
「そんなことで悩んでたのかい?」
「そんなことって!」
つい大きな声を出してしまう。
「何かをやろうとするときは、大体遅いと感じるもんさね」
「でも、帰りにたまたま見たんだ、汗だくになりながら必死に素振りしてたんだそいつ……俺、恥ずかしくなってさ、今まで才能がどうのこうの言って逃げてたんだなって、そんな俺が今から頑張ったって……」
「トートや、自分から努力を始める人なんて殆どおらんさね、きっかけは色々じゃ、親から強制されたり、誰かに憧れたり、トートの様に他人を見たりの」
「……」
「トートが努力しようとしたきっかけが今来ただけさね、トートにとっては今が一番早いんじゃよ」
「でも、やっぱり……」
「じゃあトートや、何歳ならいいんじゃ? 一年前かい? それとも、もっと前なら努力出来たというのかい」
「そうだよっ! もっと、早く努力しとけば俺だって……」
「いいかい、確かに努力するのは早いに越したことはないさね、でも遅いからって、それは努力しない理由にはならんと、ばあちゃんは思うがの」
「だって……」
「トートの今の目標は何だい?」
「目標って、そりゃ成績上げることだよ」
「じゃあ、今からでも遅くないさね、別に誰かに追いつかなないといけないわけでもないじゃろ? じゃあ、遅いなんてことは無いさね」
「そっか……そうだ、別にアルビンに追いつかなくたって良いんだよ! 成績さえ上がれば」
自然とアルビンに追いつかないとっと、考えていた。
「そうじゃよ、そこでなばあちゃんも何か手伝おうと思ってな、ホレ」
そう言ったばあちゃんの手から、小さな木箱を受け取る。
「ばあちゃん、なにこれ?」
「その中には、トートの明日の昼ご飯代が入っておるさね、もちろん、ただの木箱じゃなくばあちゃん特性の魔方陣が組んであるがのう」
「魔方陣?」
「そうさね、その魔法陣を解読しないと、開かないようになってるさね」
「じゃあ、もし解けなかったら……」
「昼ご飯は抜きになるのう」
「ふんぬぅぅぅうう!!」
そう聞いた瞬間、全力で取っ手もない木箱を全力で潰そうと両手で圧を掛けるが、木箱にはヒビ一つ入らなかった。
「ほほ、毎日新しい木箱は作ってあげるからの、頑張りなさい」
「そんなぁぁあ」
俺は、絶望的になった昼飯代を悲観して膝から崩れ落ちてしまった。