環境が変われば
・セシル視点
「あの、トートがねぇ……」
魔剣祭に出ると言ったことも驚いたが、大会の後に自主練するようになるとは……
寝室に入っていったトートの背中を思い出し、孫の成長を感じて頬をが緩んでしまう。
「明日は、トートの成長でも見に行くかねぇ」
無詠唱を最近覚えたトートには、魔剣祭はまだ早いと思っていたが、毎日顔腫らして帰って来ただけあって、他の魔術師より接近戦が上手くなってるのかもしれない。
どんな魔術師になってるか楽しみさね。
さて、明日のために寝るとするさね。
トートのプレッシャーになってはいけないと思い、時間をずらしてコッソリと魔剣祭の会場に向かう。
会場につき、運よく一番前の席に座ることが出来たのじゃが……
「お久しぶりですセシル先生、まさかこんな所で会えるとは思っていませんでした」
「…………」
「あれ? セシル先生?」
「…………」
「先生ってば! なんで無視するんですか!?」
「うるさいさね! せっかくの孫の晴れ舞台が台無しなったら承知しないさね!」
「え! 僕もしかして怒られてる?」
「その落ち着きないのは、立場があっても変わらんもんかねぇ……」
「やだなぁ、いつまでも子ども扱いしないでくださいよ」
「はぁ、分かったから静かにするさね、目立ってしまうさね」
「そう言えば先生ちやほやされるの嫌いでしたね、それであんな森の中に住んでるんでしたっけ? まだ住んでるんですか?」
短く切りそろえられた金髪の前髪から、好奇心旺盛そうな金色の目がキラキラと光ってるのが見える。
「はぁ……」
こちらの気持ちを汲み取って無さそうなその表情を見ると、思わずため息が漏れてしまう。
「なんですか、先生そのため息は、先生! 先生ってば!」
「静かにするさね、魔術師団の団長が先生、先生と連呼してたら嫌でも目立ってしまうさね!」
思わず、昔のように一喝するとシュンとわかりやすく落ち込んでしまった。
「それで、なんで魔術師団の団長がただの学園の大会なんか見に来ているさね?」
「それですか? 最近実力があっても魔術師団や騎士団に入団する人が減ってるんですよ、だから、実力がある人材は今のうちに唾つけて入団させようってことになりまして、ホラ、あそこに騎士団の団長もいますよ」
そう言って、向けた指の先に視線を向けると、茶髪の筋肉で服がパンパンになっている男が、真剣な表情で会場を見下ろしていた。
「それより、先生はなんでここに? 孫がって言ってましたけど、先生のお孫さんがこの大会に出てるんですか!?」
せっかく落ち着いたのに、なぜかまた興奮したように詰め寄ってくる。
「そうさね、孫の応援に来てるだけさね、でもあんたの期待してるような人材じゃないとだけ言っておくさね」
「そっか、もしかして剣士の方になったのかぁ、残念だなぁ」
魔術師団に入団出来る実力じゃないと言ったつもりじゃったのだが、勝手に勘違いしたがめんどくさいのでそのままにしておく。
「トートさね!」
入場口からの孫の登場に、年甲斐もなく興奮してしまう。
「先生のお孫さんですか? どの子ですか?」
「あれさね、あの赤い髪の腰に……け、剣をさして……?」
興奮して自慢の孫を紹介しようとするが、腰に差している木剣が目についてしまう。
もしかして、トートは剣術を鍛えておったのか? わざわざ、私に預けるくらいじゃから、てっきり魔術を鍛えるもんだとばかり……
自分の記憶を漁ると、友達と訓練をして傷だらけになっているトートの姿が思い浮かぶ。
「もしかして、余計なことをしとったのかねぇ……」
少し後悔をしてしまうが、もう少しで試合が始まってしまう。
頭を切り替えて、しっかりトートの応援するさね!
そう思い、もう一度会場に視線を落とす。
「へぇーあれが先生のお孫さんですか、どんな戦いかたするか楽しみですね!」
そう言われるが、試合開始の合図がなりトートに集中するためにその言葉を無視する。
どちらのチームも魔術師が1剣士が2のようで、全員が1対1の構図が自然と出来上がっていた。
トート以外の二人は接戦のようじゃが、肝心のトートは開始と同時に相手に押されてしまっておる。
相手の剣撃を何とか防げてはいるものの、反撃する余裕はなく、防御一辺倒な状況になってしまった。
「先生のお孫さんって、あの赤髪の子ですよね?」
「そうさね」
「いや、ちょっと……」
口をつぐんだがその先は分かるさね、私の孫ってことで期待してたんだろうけど……
はぁ、孫にはこんな思いさせたくなかったんじゃが、どうにかならんもんかね……
申し訳ない気持ちで、トートの試合を見つめるが、戦況が変わるわけでもなく、防戦一方で相手の選手の攻撃を受け続けるだけだった。
「相手が悪かったさね……」
魔術師の私から見てもトートの剣術が悪くないことがわかるが、良くもないこともわかる。
明らかに他の5人とレベルが追いついてないことも明白さね。
トートがやられるのも時間の問題、そう思った時ふと戦っている二人の魔術師以外の魔力の質を感じ取る。
「これは、トートの魔力さね……」
魔力を感じたが魔術が発動してないのを確認すると、すぐに目に魔力を集める。
「あの二人の魔力とは違いますよね……これってお孫さんのですか?」
横を見ると驚愕した表情を張り付けていた。
私もすぐに会場に視線を戻す。そこにはトートの相手の魔術師の周りに転移の魔方陣が描かれ続けていた。
相手の子も、必死に魔方陣の完成を阻止しているが、トートのチームメイトと戦いながらの魔方陣の阻止は少し厳しそうに見える。
しかし、トートの魔方陣は止まらない、阻止されるとすぐに次の魔方陣の作成に取り掛かる。
魔方陣に込められた魔力の残滓が残ったまま次々に作成されていく。
「これは……」
隣で食い入るように見つめながら、零れた独り言が耳に入ってくる。
そりゃ驚くさね、私も信じれないくらいじゃから。
トートの戦況は優勢ではない、むしろ余裕すらないように見えるが、そんな中でも魔方陣を書き続けている。
本当は余裕があるのか、それとも、余裕がなくても転移の魔方陣を書き上げれるのか……
後者だった場合、転移の魔法陣の話を聞いてからどれだけ書き続けたのじゃろうか……
「……ん?」
そこで少し違和感を感じてしまう。
トートの作った魔方陣の残滓が消えずに残り続けている。
地面それに空中にも書いた魔方陣は、徐々に魔術師の少女の周りを埋め始めた。
「魔力を注ぎ続けてるさね……」
書いた魔方陣が消えない理由はそれしか思いつかないのじゃが……
「先生、お孫さんは何を?」
「それは見てればわかるさね……」
そう言って誤魔化すが、正直トートが何がしたいのかは検討すらつかないさね。
話している間にも魔方陣は増え続け、視界が悪くなってきた魔術師の少女はたまらずその場から距離を取る。
それを追いかけるように、トートのチームメイトが魔術で追い打ちをかける。
魔方陣から目を離し、トートの戦況に目を見やると、変わらず劣勢のままだった。
唯一変わったことは、魔力を消費しているトートの体力がなくなってきたのか、攻撃を少しずつ受け始めたことだった。
「トート……頑張るさね……」
その言葉が零れた瞬間に、トートの腹部に強力な剣撃が入る。
斬撃の衝撃で後ろに飛ばされたトートは、痛みのせいかその場に座り込んでしまった。
それを相手が見逃すはずもなく、開いた距離を詰め、止めとばかりに木剣を振りかぶる。
トートは詰め寄られる瞬間にポケットに手を入れて何かを取り出す
「は!?練石?」
隣でその声が聞こえた頃には、無詠唱のファイヤーが相手を襲っていた。
相手は驚愕の表情を浮かべた後、練石に吸収されるのを嫌ったのか足を止め、すぐにバックステップを入れファイヤーの射程範囲から逃れる。
トートのファイヤーが不発に終わった瞬間、トートの姿が残像すら残さずに消える。
消えたと思った瞬間に、トートが相手の魔術師の近くに現れる。
「そういうことさね……」
その瞬間に、トートが何故魔方陣を残し続けたのかを理解する。
トートは魔方陣を書き続けながら、完成前に魔力で干渉された部分を削除していくために、悟らせないようにすべての魔方陣を残し続けておったんじゃな、それを戦闘中に……
「トートと同じこと出来るさね?」
隣で一緒に試合を見ている、昔の教え子にそう聞くと、試合から目を離すことなく答える。
「もちろん出来ますよ、魔術師団に所属してる団員なら全員……ただ……」
途中で言葉を止めたので、反射的に試合に目を見やる。
転移で移動したトートは、魔術師に詰め寄り一撃で相手の意識を刈り取っていた。
トートが転移してくるのが分かっていたのか、チームメイトの女の子はトートが転移した瞬間に、標的を魔術師からトートの相手をしていた剣士に切り替えており、トートが消え困惑している相手の練石を簡単に砕いていた。
「あの程度の技術なら出来る奴は、ごまんといるでしょう……剣術は専門外ですが、僕が学生の頃でもあのぐらいの剣術を使える奴は、ゴロゴロいた気がします……ただその両方をあのレベルで使える人は僕の記憶には無いですね」
「そうさね、学園の制度的には魔術か剣術どちらかに力を入れてれば、何も言われないからねぇ……将来的にもどっちかあれば、食うには困らんさね、そんな中でわざわざ余計な努力するような馬鹿は、なかなかいないさね」
「はは、お孫さんなのに厳しいですね」
「何を言ってるさね、自慢の孫だと言ったさね、あんたもそう思うじゃろ?」
「確かに……そうですね、あんなに磨きがいのある素材は初めてですね」
怪しく揺れる教え子の瞳が目に入った時に、孫の自慢したさに失敗したと気づく。
「今のトートじゃ魔術師団に入った瞬間に、死んでしまうさね……それでも無理やり入団を考えてるなら、覚悟が必要さね」
「覚悟?」
「そうさね、私たちトートの家族が全員敵になる覚悟さね」
そう言った瞬間に、トートの両親を思い出したのか、背筋がピンと伸びる。
一応釘をさしておいたが、表情を見る限りあまり期待は出来そうになかった……
はぁ、孫には平和に普通に過ごして欲しかったんじゃが、まぁ決めるのはトート本人さね……
そんなことを考えている時に、会場が拍手に包まれ始めた。
トート達を見やると、残り一人が降参したのか、試合が終了していた。
まぁ、今はトートの勝利を喜ぶさね。
そう思い、チームメイトに肩をかりながら、会場を後にするトートに拍手を送った。