環境の変化
「なんだ、この成績は!」
「いやなんだって、見たまんまだよ」
親父が俺の学校の成績表を鬼のような形相で睨みつけながら叫ぶ。
「剣術3、魔術3、座学オール3じゃないか、どうしてお前はもっと頑張れないんだ!?」
「いや俺だって俺なりに頑張ってるよ…それに1から5までの評価で3なんだから、そんなに悪くないだろ?」
俺は親父の手から成績表を奪い取り、自分の成績表に目を落とす。
すべての項目に3の文字が刻まれておりまさに平凡と評価された成績だが、これでも俺は努力をしたので悪くはないと思う。
「そんな考えだからそんな成績なんだ、いいかこれからお前が何をするかわからないが、ちゃんと努力できない人間はろくな大人にならないぞ」
「ろくな大人って、確かに元騎士団団長だった親父から見たらそう見えるかもしれないけど、俺だって別に怠けてるつもりはないし、そもそも平均なんだから良いだろ?」
「本当に必死でやってるなら、平均で良いなんてそんな言葉は言えないはずよ」
「母さん……」
親父の説教に母さんまで参戦してきた。
これは二時間は覚悟しないと終わらないぞ、最悪だ。
「母さんやお父さんだって、あなたが必死に頑張ってその成績なら何も言わないわ、でもそうじゃないでしょう?」
「だから、俺は俺なりに努力してるんだって! 大体母さんや親父みたいに俺は才能が無いんだよ! 凡人の俺はこのぐらいなんだよ」
「あら、母さんもお父さんも別に才能なんて無かったわよ」
「そんなわけないだろ、母さんは元魔術師団団長で、親父は元騎士団団長までなってるんだ、元から俺なんかとは違うんだよ」
「はぁ…しょうがない、明日からお前はセシルばあさんの家から学校に行け」
「はっ? ちょっばあちゃん家から学校までどれだけ距離があると思ってんだよ! 片道2時間は掛かるじゃんか! それに森の中だから魔物だっているし!」
「通学だけでも体力が付くし、あそこの魔物は弱いから最悪逃げるだけでも出来るだろ?」
「……この脳筋がっ」
俺のボソッとこぼした一言はしっかり聞こえていたようで、親父が顔を真っ赤に変えながら口を開く。
「なるほどなぁ……息子からもそんなことを言われるなんてな、よし決めた、お前は剣術か魔術のどちらかが5になるまで帰宅を禁止する!」
「親父待ってくれよ、5って毎年数人しか取れてなんだぞ、んなの俺に無理に決まってるだろ」
「いやもう決めた! 絶対決めた絶対!」
「なんで親父が駄々こねてるんだよ…母さん頼むよ親父を説得してくれ」
「あぁ……可愛い息子がもう独り立ちするのね……」
「ダメだ、この両親早く何とかしないとっ!」
俺はオール3の頭をフルに活用して、どうにかこの場を切り抜けれないか考える。
「そうだ、俺に言うならアルカにだって言うべきだろ、なんでアルカには甘いんだよ!」
「はぁ…お前な、自分の娘に厳しくなんて出来るわけないだろ?」
「息子だったらいいのかよっ!!」
「それにアルカはまだ7歳だろ? お前と10も離れてるじゃないか?」
「本音は?」
「厳しくして嫌われたくない…」
「クソ野郎」
「まぁまぁアルカはまだ小さいっていうのもあるけど女の子でしょ? 将来は誰かにお嫁に貰ってもらったらいいでしょう?」
「グッ……」
さすが母さん完全に逃げ道を防がれた。
「なるほどな…アルカにちょっと一人で生きていける術優しく叩き込んでくる」
さすが親父完全に活路が出来た。
「親父、早くアルカの所に行ったほうがいいんじゃないの?」
「そうだな、じゃあ早速母さんトートのことは任せた、俺はアルカの所に行ってくる」
「お父さん……?」
母さんの綺麗な金色の髪が不穏に揺れた幻覚を見る。
「なぁーんてな、今はトートのことを考えないとなっ」
「……」
親父がすごい変わり身の早さで危機を回避しようとするが、母さんは金色の瞳を細めて睨みつけていた。
親父が出した親指と笑顔が崩れかかってきている、あっちょっと涙たまってない?
同じ体制のまま母さんを見つめている親父の赤色の瞳がユラユラと揺れているのがハッキリと見て取れる。
「今はトートの将来に関わる大事な話をしているんですよ、それなのにお父さんは……」
「いや違う! あんまり厳しく言いすぎてもな、だから冗談を入れて少し聞きやすい空気を作ろうとしただけだよ! なっトートお前も頭ごなしに言われても素直に聞けないだろ? なっ! なっ!」
親父が半泣きいや、8割泣きの表情で俺に助けを求めてくるが正直空気どうこうより、こんなみっともない親父の話はこれ以上聞きたくないんだが……
しょうがない少し援護してやるか。
「親父は俺よりアルカの方が大事なんだろ……」
俺は赤い瞳を少し潤ませ、俯き加減になった頭の上に手をやり母さん譲りの金色の髪を掻きむしって落ち込んでいる演技をする。
「こ奴、裏切りよった……」
親父は瞳に溜まっていた涙が引っ込むほど驚愕の表情を浮かべる。
「お父さん、そんなこと無いわよね? ね?」
「もちろんそんなこと無いに決まっている! これは本当だぞ、いいか俺が厳しく言うのはお前が憎くて言ってるわけじゃないんだぞ」
母さんが脅迫じみた表情で親父に詰め寄り、親父も捲し立てるように言葉を発する。
「でも、アルカの方が大切そうじゃんか」
このまま母さんが親父をせめて俺の話がなぁなぁになるように、落ち込んだ演技を続ける。
さぁ親父よ!俺のために悪役になってくれ!
「トートよく聞けっ!」
さっきまでの親父の表情から豹変して真剣に俺を見つめる。
「いいか子供を差別なんてするわけないだろ、俺にとってはどっちも大切な子供だわかるか? 俺はお前を差別してるんじゃない、アルカが可愛くて特別扱いしてるだけだ!」
「同じだこのクソ野郎!!」
思わず落ち込んだ演技を忘れて突っ込んでしまった……
「ははは引っかかったな! ほら母さん見てみろトート奴やっぱり……お、ちこんだ……母さん?」
「お父さん、嘘でもそんなこと言ってはいけないんですよ、ええ嘘でもね!」
「ちょっちがあああああ」
母さんの雷の魔術を食らって、親父が真っ黒な姿のまま地面でビチビチしている。
「トート……」
「ハヒッ」
思わず背筋を伸ばし母さんの方を見やると、母さんは親父の頭を踏みつけながら口を開いた。
「セシルおばあちゃんの所でしっかり頑張るのよ?」
「イエスマム」
俺は人生で一番美しい敬礼がその時出来たと確信する。
「というわけでばちゃん、これから末永くよろしくお願いします」
「すまんトート、というわけというのはどういうわけじゃ?」
「えっ? 母さんたちから何も聞いてないの?」
「うむ、むしろ正座のトートが急にテレポートで送られてきて驚いておるぐらいさね」
いやばあちゃんに説明しとけよ…
仕方なくばあちゃんに説明をして、成績が5になるまでだから一生お世話になるかもと伝えると何故か少し喜んでいた、まぁ迷惑にならないなら俺的には良かった。
「よしばあちゃん! 俺明日からバイトするよ」
「ん? 成績上げるからそんな余裕はないんじゃないのかい?」
「やだなぁばあちゃん、俺が5なんて取れるわけないじゃん、それならバイトでもして街に近い場所にでもばあちゃんと引っ越そうと思ってさ」
「そ、そういうことかい…ポジティブだねトートは、でもお金貯めるより成績上げるほうがいいんじゃないのかい?」
「まぁ確かにばちゃんや親父たちはそうかもしれないけど、俺には無理だよ才能ないし」
「不思議なことをいうね、トートや才能はあるもんじゃないさね、作るもんじゃ」
「才能を作るって?」
「そのままの意味さね、才能は元々誰にもないもの、だからみな才能を作るために努力するもんじゃ」
「さすがにばあちゃんそれはないよ、だってもし100人が同じだけ剣を振ったとして全員同じ強さになるわけないじゃん」
「そうさねぇ、わかりやすく例えると、才能っていうのは水溜まりと同じさね」
「水溜まり??」
「水溜まりを作るには、何度も同じ場所を雨水が落ちないと出来ないもんじゃ、雨水が落ちる地面は人によってデコボコしてる場所が違うもんなのさ、どれだけ山になっていようと雨水を落とし続ければそこに水溜まりは出来るもんじゃ、逆に最初っから水溜まりが出来そうな場所があっても、雨水を落とさなければ水溜まりは出来ないもんさね」
「でもそのデコボコが才能なんじゃないの?」
「それは向き不向きというもんじゃ、雨水を落とし続ければいつか必ず水溜まりは出来るもんさね」
「でも、この世界には天才って言われる人だっているじゃん! それは才能があったってことじゃないの?」
「そういうことかい、トートや、まず天才と才能があるっていうのは全くの別の話じゃ。
まず天才にも二つの種類があるんじゃよ、一つは誰も雨水を落としたことがない場所に落として、水溜まりを初めて作った者のこと、でもこれは真似をすれば誰でも同じことが出来るさね。
もう一つが、絶対に水溜まりが出来ない場所に水溜まりを作った者じゃ、地面の上に家が建ってたら誰も水溜まりが出来るとは思わんさね、でも出来ると信じて他の人が落とす雨水なんて比べ物にならないほど雨水を落とすことが出来きて、その家が雨漏れがするほどボロくなってる運を持ってる者達を天才と呼ぶさね」
「だって……」
ばあちゃんの言っていることは少しは理解できるけどそれでも俺は何故か納得できない。
「ばちゃんはもう80になるけど天才だと思ったのは片手で数える程だったかね、成績を上げるのはそんなに難しいことかい?」
「だって…俺より凄い人たち見てたら俺には出来る気がしないし……」
「トートや、他人の水溜まりを見てそれに映る空を想像するのはやめなさい。
とりあえず、雨水を落としてみないかね? それにトートが作った水溜まりは一生消えない、いつか違う場所に水溜まりを作ったとしてそれが昔作った水溜まりと繋がることもあるさね」
「うーん……わかった、頑張ってみるよ……」
「今はそれだけで十分じゃ」