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第7話 食い倒れの街大阪

「えー、のぞみ37号、博多行き。まもなく入線いたします」


 ゆとりを持って部室に到着。今日はしっかりトイレも済ませた若葉。

 駅員のアナウンスを真似る多々良だけれど、新幹線に乗ったことのない若葉は似ているのかどうかすら判断がつかない。

 そして壁の時計は十五時十一分、のぞみ37号入線時刻。発車の十三分に間に合うように、速やかに乗車を済ませる。さすがに若葉ももう慣れた。


「多々良先輩、名古屋を出たらこの新幹線て、次はどこに停まるんですか?」

「次は京都まで停まらないよ。なんたって『のぞみ』だからね」

「そう言えば、新幹線て何種類かあるのよね?」


(あ、六実先輩……。そんなネタを振ったら、多々良先輩の思う壺じゃ……)


 若葉の予感は的中。六実の疑問に反応して、眼鏡の奥で多々良の目が光る。

 ニヤリと笑みを浮かべた多々良は、立ちあがるとつかつかと教壇に上りチョークを手に取る。そして黒板にカツカツと音を立てながら、『のぞみ』『ひかり』『こだま』と、列車名を書き連ねていった。


(えー、そこ新幹線の外じゃないの? 昨日、わたしがトイレに行こうとしたときは、『自殺する気か』なんて言ってたくせに……)


「東海道新幹線はこの三つね。そして新大阪から先に行くと、『みずほ』『さくら』『つばめ』っていう九州新幹線も登場するわよ」

「それってぇ、何が違うんですかぁ?」

「停まる駅の数が違うわね。だからかかる時間も全然違ってくるのよ」


 突然始まった多々良の新幹線講座。どうやら、今乗っている『のぞみ』が一番所要時間が短いらしい。そして多々良の講義は長々と続く。700系とか500系とか言われても、若葉にはちんぷんかんぷんだ。


 そんな講義が三十分ぐらい続いて、いい加減飽き飽きしてきた頃、多々良の席にあった時刻表を眺めていた若葉はふと気づいた。


「多々良先輩、そろそろ京都じゃないんですか? 降りないんですか?」

「降りないよー。このまま新大阪まで行くつもり」

「えぇ? だってぇ、京都ですよぉ? 観光地じゃないですかぁ」


 阿左美が当然の疑問を多々良にぶつける。

 対する多々良の回答は、日本でも有数の観光地をスルーする理由としては納得のいくものだった。


「だって、京都は修学旅行で行くでしょ?」

「確かに……」


 うちの地域では、京都は中学修学旅行の定番。

 多々良の意見に思わず納得してしまった若葉は、なんとなく負けた気がした。



「さぁ、新大阪に到着の時刻。はい、はい、降りた、降りた」


 多々良に背中を押されて、車内スペースから追い出された三人。次に何をしたらいいのか困っている姿は、実際にあてのない旅をしているかのよう。

 若葉はこの後の予定を、多々良に尋ねてみた。


「多々良先輩、大阪の市内観光ってどこに行くんですか?」

「ふふん、大阪ゆうたら、食い倒れの街やからねー」

「いや、だから怒られますよ? 大阪の人に、その嘘くさい関西弁聞かれたら」


 怪しい関西弁で、得意げに大阪を語る多々良。

 そしてまたしても、阿左美が素朴な疑問を多々良にぶつける。


「食い倒れってぇ、どういう意味なんですかぁ?」

「とにかく、食べて食べて食べまくって、ぶっ倒れるまで食べればええんやでー」


(いや、絶対そういう意味じゃないと思う……)


 じゃあどういう意味? と尋ねられても困るので、若葉はそのままスルーした。

 そして今はもう放課後。お弁当はとっくの昔に食べてしまって、もう無い。いったいどうするのだろうと、若葉は多々良に尋ねる。


「食べるのはいいですけど、何食べるんですか? わたし何も持ってないですよ?」

「なーに言ってんねん、若葉ちゃ~ん」


 怪しげな甘い声を出して、若葉にすり寄る多々良。

 親指と人差し指で輪を作ると、若葉のほっぺたに押し当てながら耳元で囁く。


「若葉ちゃんのタコ焼き、た・べ・た・い・な……。ふぅ」


(ぞわぁぁぁあ……。気にしてるのに、気にしてるのにー)


 ねっとりとした声の上に、最後は耳に息まで吹きかけられて、若葉は背筋に悪寒が走ると共に、身体中に鳥肌を立てた。

 またしても頬を突っつかれて、ショックを受ける若葉。そしてさらに今日は、阿左美までもが調子に乗る。


「確かにぃ、若葉さぁんのほっぺたって美味しそうですよねぇ」

「ええい! 自分、もっと美味しそうなもん、持っとるやないか!」


 律義にエセ関西弁で叫びながら、若葉からターゲットを切り替える多々良。そしてその手は、迷うことなく阿左美の豊かな胸を鷲掴み。そして「ぐへへ……」と下品な声を出しながら、一心不乱に揉みしだく。

 またしても格差を痛感する若葉。多々良を止める場面なのはわかっていながらも、しばらく傍観することにした。


(多々良先輩って……、本当に女なんだよね?)


「ふぇぇぇええ……。やめてくださぁい、やめてぇ」

「ぐへへ……。こいつは美味そうやないかーい」


 ――ぱっかーん。

 ――ぱっかーん。


 久々に六実の上履きが炸裂。今日は二発。

 景気よく多々良の後頭部をはたくと、六実は大声でたしなめる。


「いい加減にしなさい!」

「ん?」

「あれぇ?」

「ねえ、六実、今の。今のイントネーション、関西弁やなかったかー?」


 三人ともに気付いた違和感。まるで上方漫才のような突っ込み。

 六実は多々良に煽られて、みるみる顔が赤くなっていく。

 若葉も顔を真っ赤にしていたが、それは息を止めていなければ今にも吹き出しそうで、それをこらえていたからだった。


 ――ぱっかーん。


 部室の空気を強引にねじ伏せる、多々良の後頭部への六実の追加の一発。

 さすがに強烈な三発目を浴びて、多々良も頭を抱えてうずくまった。

 けれども、それぐらいでめげる多々良ではない。すぐに立ち直ると、さっそく怪しげな関西弁でまくし立てた。


「うーん、なんや、時間が中途半端になってもうたなー。せっかくやから、隣の新神戸まで新幹線使わんで行ってみよかー」

「だから、そのエセ関西弁やめてくださいって、多々良先輩……」


 若葉の声も聞かずに、多々良は時刻表巻頭の地図から掲載ページを確認すると、ピラピラとめくって該当ページへ。相変わらず手際の良い手動検索だ。

 それを見ていた若葉は、ずっと気になっていた疑問を多々良に尋ねてみた。


「先輩はどうして本の時刻表を使ってるんですか? スマホで検索すれば、一発で最短ルートが見つかるでしょ?」

「うーん、確かにね。でも時刻表をめくってると、若葉はワクワクしない? この短冊一本一本が電車の一本一本なんだと思うと、あたしは眺めてるだけで楽しくなってくるのよ」


 独り言のように若葉の質問に答えながら、壁の時計を見る多々良。

 時刻表と見比べながら、乗るべき電車を選ぶ。


「今、十六時十分かー。あちゃー、九分のやつが行ったばっかりだねー。仕方ない、この十六分のやつに……。あ、せっかくだからこの二十四分発の新快速に乗ろう!」


 直前で電車に乗り損なって、遠く去って行く列車の最後尾を悔しそうに見つめながら、ホームで地団太を踏む自分の姿が頭に浮かんだ若葉。

 机上旅行をするのに、本の時刻表を使う理由が若葉にもわかった気がした。


「本の時刻表だと、そんなことまで読み取れちゃうんですね」

「ふふん。ネット検索じゃあ、最適の奴が表示されておしまいだからね。だからあたしは時刻表を使うのさ」


 多々良の選んだ新快速に乗って、新大阪から三ノ宮へ。そこで神戸市営地下鉄に乗り換えて、目的地の新神戸へ。ちょうど下校時刻となったので、今日はここまで。

 椅子と机を元に戻しながら、先輩同士の雑談が始まった。


「神戸と言えば、神戸牛。すっごく美味しいらしいよ、多々良は食べたことある?」

「でも神戸牛ってすっごく高いんでしょ? うちの親は、オージービーフが最高級だって言い張ってるよ。騙されねーっつーの」


 そんな多々良の愚痴に、空気を読まない阿左美が口を挟む。


「神戸牛ならぁ、今日のお昼のお弁当でしたぁ。すき焼き美味しかったですぅ」


(お昼に神戸牛。しかも、鍋物……。隣のクラスだし、今度確かめに行こう……)


 阿左美の発言が本当なら、お金持ちなのは間違いなさそうだ。


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