表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作家・堀川秋晴に未来人  作者: 橿ひのき
1/1

130歳年下の少女

「いやー、びっくりしましたよ。まさか私なんかが、選ばれるなんて思っていませんでしたから。」

 低い位置で一つに束ねた、色素が薄くオレンジがかったブラウンの髪に、どこか日本離れし、はっきりとした目鼻立ち。顔の堀はそこまで深くなく、一見、純日本人のようだが、広い二重の線と目尻の長い目、少し丸くて特徴的な鼻が独特の風貌を放っていてその鼻が西洋人らしさを引き立たせている。

 もしかしたらどこかで西洋人の血も少し混じっているかもしれない。

 年は次男と同じでアラサーだが、丸い愛嬌の良さそうな鼻と若々しい肌のハリのおかげで次男より随分若く見える。

 服装は第二ボタンの空いた白いシャツを肘までまくり、シックな青の膝下丈スカートにシャンパンベージュのシンプルなハイヒール。

 スカートの先のカットされたデザインからは、華奢で柔らかそうな陶器の白い肌をした足がすらっと伸びていて、第二ボタンまで開けたシャツの下からは、細い首筋と鎖骨、谷間までは見えないが白い胸元が見え、少し艶かしい感じだ。

 白い胸元には小さな紅玉のネックレスがキラキラと輝いていた。

 鳩羽みづき、27歳。白い肌と色素の薄い髪が印象的ないい女だ。

 彼女の艶やかな唇が動く、声は見た目にしては少し幼く柔らかい。

「当選の知らせが届いたとき、こたつでみかんを食べてたんですよ」

 ずいぶんと前の事なのに、彼女はかなり明瞭に答えた、こたつでみかんって。


「そしたら、急にメールが届いて、最初見たときは夢かと思いましてね、しばらくぼーっとした後、よっつめのみかんを剥き始めました…」


「よっつめのみかんの白い筋を全部取り終わったくらいでした」


 彼女に当選の知らせが届いた2030年、1月15日。

 高校一年生、15才の鳩羽みづきはこたつに入って本を右手に、みかんを左手に構え、たまにページをめくりながらぼーっと過ごしていた。

 片耳だけ外したイヤホンはさっきからお気に入りのラヴソングを流し続けている。

 こたつのじっとりと蒸れてぬくい空気が下半身を包み込み、実に気持ちよかった。

 お昼からこたつに潜り続けているため、下半身は少し汗ばんでいるが外との寒暖差もあって、全然苦じゃない。

 みっつめのみかんの最後の一切れを口に入れた。

 冬の空気で少し乾いたみかんの表皮が口の中で破けて、ぐちゃぐちゃの果肉が舌の上にひろがった。のどに酸味の消えた、甘ったるい汁が流れる。うん、愛媛のみかんは美味い。

 よっつめのみかんを近くの籠から取り出したところで、珍しくピコピコとメールの着信音がなった、みかんを床に置き携帯をみる。

 ここ数十年で情報連絡の形は大きく変わった、ほんの数年前はみんなスマートフォンのアプリで連絡を取り合っていた。

 顔は見えないが、文章や気持ちを表すスタンプなどを使って。でも、それも私がスマートフォンを持ち出してからすぐに消えてしまった。今の時代、わざわざスマホに触れなくても連絡は取れる。

 身体に埋め込まれたチップのおかげで馬鹿な作者のようにスマートを失くすことはなくなり、遠くにいる仲間と半ばテレパシーのような技術で会話できるようになった。だから、情報伝達アプリは要らなった。

 だが、メール機能は未だご健在で、スマートフォンやパソコンを通して業務連絡や企業宣伝が来る。今回も企業宣伝だろう、めんどくさいがメールの内容をよむ。

『おめでとうございます!あなたは四次元式時空旅行機、ゲンナイタイムエクスプレスの記念すべき初搭乗者に選ばれました。』

 そういえば、そういう話があったなぁとみづきは思い出した。でも、そんな話あるわけない、これは夢だ、相変わらず名前がダサいなぁ。そう思い、再びみかんを手に取り皮を剥いていく。

 みかんの白い筋を丁寧に抜いていき、少しみかんの表皮が乾いてきたかな、もう食べていいかな、と思った瞬間、今度は固定電話が鳴り出した、咄嗟に母が出たようだ。

 みづきはどうせ自分の用事じゃないだろうと思い、みかんを口に入れる。

「みづきー、あんたあてに、電話!」

 母親の声が聞こえた、慌てて固定電話のある部屋に向かって、受話器を取った。

「お忙しい中申し訳ありません、こちら株式会社Hと申します。鳩羽みづきさん、ご本人様でしょうか。」

「はい、鳩羽みづきは私ですが。」

「おめでとう御座います!鳩羽みづきさま、あなたは世界初のタイムマシン、四次元式時空旅行機ゲンナイタイムエクスプレスの試験搭乗社に選ばれました!」

「はぁ…」

 みづきはどういう事が起きているのかしばらくよく分からなかった。

 つい、半年ほど前の出来事が頭をよぎる。

 最近テレビでは、「タイムマシン発明!試験搭乗者募集」という大企業のCMがよく流れていた。

「(タイムマシンねぇ…行ってみたい時代はあるけど)」みづきはそんな事を考えながらCMを目に通していた。

 憧れはあるが選ばれる筈はない。だから応募はしていなかった。時間は四万十川の上流の如く流れ、また一日、またひと月、と流れていく。


 クラスの吉沢がタイムマシンの試験搭乗者に応募する、と公言した。三十人あまりの私のクラスはおおいに湧いた。吉沢は私のほうを見ると、ニヤリと笑って横にいる何人かのクラスメイトにコソコソと話していた。

「みづきも応募してみたら?」

 私の右隣にいた、友人の温人(はるひと)が言った。

「いや、やめとくよ。あれ、選ばれた場合はその人が全国ネットで公表されちゃうんでしょ、あんなん選ばれちゃったら吉沢達かがなんていうか…」

 温人は名前のとおり、私の恩人だ。

 私がこの学校に編入してきて、困っていたところを助けてくれた。温人が助けてくれなかったら今頃どうなっていたことか、本当に感謝しかない。

 吉沢は私にも聞こえるように大きな声で言った。

「どうせ、にわかな鳩羽は応募しないだろうな〜」

 吉沢の周りにいる人が「やめろよ」、「聞こえるだろ」とヒソヒソ言っている、だが周りの人達も吉沢に本気で注意しているわけじゃない。声は少し笑い声が混じってうわずっている。彼らの蔑むような視線を感じた。

「おいおい、もういいだろ。結局どっちが盗作かなんかわかってないんだしさぁ、意外とあってみたら堀川の著書かも知れないじゃん」

 温人が笑いながら止めに入った。

「いやいや、それは違うんだって。堀川は何度も盗作してんだよ、きっと。お前が現代作家ばっか読んでるから気づかないだけだって」

「研究家の人だって薄々みんな気づいてると思うぜ、文豪堀川秋晴(ほりかわしゅうせい)は実は盗作作家だって。だいたい当時のほかの作品見てみろよ、全部堀川作品そっくりじゃないか」

 吉沢が落ち着いているが一貫して蔑む態度で反論する。

 たしかに、この時代には堀川秋晴に似ている作品が多い。「春風。堀川秋晴」、「春のにおひ。浅井智一」。「土佐酒場殺人事件、馬鈴薯の誘惑。堀川秋晴」、「土佐酒豪俳人の事件簿、ポテサラの怪。山崎清昌」など。

 盗作とは言われていないが堀川が書いた、一、二年後くらいに堀川似作品を世に上梓する作家が大勢いた。

 堀川がありとあらゆるジャンルに首を突っ込むのがいけないのか、堀川と似た世界観を持つ人が大勢いたのか、堀川が盗作されたのか、逆に堀川が盗んだのか。考えは人それぞれである。

 だが、世間で最も事実に近いと噂されているのが、「堀川秋晴盗作説」だ。

 堀川は人見知りなのか、それとも、公で言えない秘密があったのか、高校在学中にデビューしてから死ぬまで、一度も公の場に出てきていない。

 おまけに1928年、あまり売れていなかった、旅行記作家、森岡東秀が「青の都、巴里の女」で「今回の作品は実に素晴らしいものになると確信していた。危うく堀川秋晴に盗作されるところだった」と堂々と後書きに書いた。これにて堀川秋晴は盗作作家だ、という風潮が大きく広がった。

 これをきっかけに気を病んだ堀川秋晴は、翌年1929年に自殺。

 まだ堀川秋晴を信じた人も大勢いたが、死に逃げた堀川秋晴へのバッシングは止まらず、結果、文豪堀川秋晴の地位は今に至る。

 盗作作家、堀川秋晴。

 そして、クラスが認める、読書家青年、吉沢倫太郎(りんたろう)は、旅行記作家、森岡東秀の熱狂的読者だ。おまけに厄介な事に、森岡には「バルセロナの夕日」や、「聖画家の悦び」など様々な名作がある中で、読書家青年の愛読書は「青の都、巴里の女」なのである。

 一言一言が他よりも胸に響く…読みやすいと話題の「青の都、巴里の女」は、堀川秋晴に盗作されそうになった、とも書かれて納得の誰もが真似したくなるような傑作だ。

 若くして、留学のために渡仏した主人公、一条倶章は渡仏してすぐに、第一世界大戦の荒波に巻き込まれるが、そんな厳しい状況にも屈さず懸命に生きていた…そんな中、初めてフランスで女を抱く。オランダ出身の作家、カテレイン・リュフトだ。

 カテレインにすっかり虜になった倶章だっが、そんなある日、彼はひょんなことからカテレインの秘密を知ってしまう。

 秘密を持ったカテレインに騙されたふりをしながらも、カテレインを助けようと青の都を懸命に、駆け巡る倶章の姿には、誰もが息を飲むだろう。

 森岡東秀の代表作にて、何度も映像化される、時代を超えた名作だ。

 これを盗もうとするなんて、堀川秋晴も酷いやつだ。と思うかも知れない。

 だが、みづきとしては堀川秋晴が盗作したとは全く思えなかった。

 堀川秋晴の作品は読んでいて完璧すぎる、というほどどれも面白い、だから盗作する必要なんて無いのだ。

 文字の乱列に流れる独特のリズム、語彙の多さ、圧倒的なシナリオ力、現代でも共感出来るようなむず痒い恋愛感情。複雑な人間関係、そこに隠された優しい言葉。

 盗作、盗作といわれるが、盗作されたと訴えるどの作品も堀川秋晴の文には、足下にも及ばないというのは堀川作品を読んだ人なら誰でも分かることだ。一人、森岡東秀を除いては。

 森岡東秀(とうしゅう)は、主に自分の旅行記や、それをもとにした小説を手がけた作家で、作家としては堀川よりも後にデビューしたが、年は堀川よりも十年近く上の人間だ。

 堀川秋晴と違い四十代まで全く売れない日々を過ごし、四十三の時に手掛けた「青の都、巴里の女」にて、世間に大きな脚光を浴び、百年近く経った今でも愛されている。

 そんな森岡は、堀川同様、実に面白い文を書く。

 流石に、堀川には及ばない気がするが、人によっては堀川以上という人も居るだろう。

 無駄を省き、とことん読みやすい文面。主人公の心境や、森岡が伝えたい事がかなりダイレクトに、伝わってくる物だから、この時代にしては、少し珍しい。

 彼は1928年、盗作された、と話題になった「青の都、巴里の女」を書いてからは、前作、次作も爆発的に売れ始めた。

 そして今では、堀川秋晴以上の人気作家となっている。

「青の都、巴里の女」が盗作されそうになったかどうかは、分からないが、堀川秋晴の熱狂的読者である、みづきは当然、森岡東秀ファンには馬鹿にされるわけで、自分が心から好きな物を馬鹿にされるというのは、なかなか悔しいものだった。

 みづきは家に帰ると、この嫌な気分を少しでも紛らわせようと、テレビを付けた。

 五時半くらいは、教育番組かニュースしかやっていない。

 仕方なく、地元放送局のニュースを見た。

 小太りの女性アナウンサーが、張りのある声で原稿を読み上げいく。

「えー、海外からも注目を浴びている、世界初のタイムマシン、ゲンナイタイムエクスプレスの試験搭乗者の募集に、県内からは5名応募が集いました。高校生から三十代まで、今回は最年少で応募した高校一年生の、吉沢倫太郎くんを取材しました。」

 えっ、吉沢倫太郎?みづきはその名前を聞いた瞬間、焦ってチャンネルを変えた。

 少し悔しい気分だった。

 吉沢倫太郎は私がクラスで感じる閉塞感の、根源だ。

 一年の二学期から、クラスに転入してきたみづきは、最初はあまりクラスに馴染めずにいた。クラスで自己紹介をしたみづきは、初っ端からヘマを外してしまったのだ。

 今まで、田舎の小さな町で育ったみづきは、のびのびとした環境でゆったりと毎日を過ごしていた。

 母は小学校の教員で、父は銀行に勤めていた鳩羽家は、娘の教育にもそれなりに力を入れており、家庭学習をやりたくない、とは感じた事はあったが、学校での勉強が難しい、ついてけないと思う事はあまりなく、学校の成績は常に上位を占めていた。

 本を読むのが趣味で、特に児童文学から、大人っぽい恋愛小説を手がける堀川秋晴の本を小学校の時から好んで読んだ。

 自分の好きな堀川秋晴作品が盗作だ、と言われていることは知っていたが、特に咎める人もおらず、気にする事もなかった。

 高校は、県内では有名な進学校に入学した。

 勉強は思ったほど難しくなくて、中学同様成績は常に上位にあった。

 だが、夏休みに父親が地方の都市の支社に転勤になった。ずっと田舎暮らしで少しでも都会に憧れていたみづきは、思い切って高校を転校した。

 生まれ育った県を出て、憧れの都会暮らし。そんな夢にも見た都会の高校だったが、行ってみるとそこまで都会というわけでもなく、少し都会ではあるが、みんな個性豊かではなく、決まったルールに縛られている気がして息がつまるような感覚を覚えた。

 クラスはスクールカーストみたいなものの上位にいる人を中心に回っていて、その上位にいる人に嫌わらてしまったら、ろくに相手にもされない。という現実があり、表面上では、「一の三ホームは仲が良い」で通っていたが、裏では陰口やシカトなどの、陰湿ないじめがあった。

 そんなクラスの裏事情には気付かず、呑気に自己紹介をしてしまったみづきは、割とクラスの中心にいた吉沢倫太郎に馬鹿にされる存在になってしまったのだ。

 思うように友人もできず、気づいた頃には陰口まで言われ始めていたみづきだったが、みづきの存在を不憫に思ったのか、吉沢倫太郎がみづきの悪口をいうたび、「そんな深く悩む必要もないよ」と慰め、吉沢に皮肉交じりの文句を言ってくれる人が現れだした。

 後ろの席に座る神川温人だった。自両親の離婚を機に、中学の頃私よりもっと田舎の所から引っ越してきたと語る温人は、切れ長の芯が強そうな目に少し太い眉と薄い唇が特徴的で、かなり整って厳しい印象だが、優しい笑顔で笑う事もできる好青年だ。

 ハルトという読みなのに一月生まれらしく、腹違いの兄は夏がつくのに四月生まれだそうな。なるほどそういうことか。

 優しい温人の行動を嚆矢として、次第に友達もでき始め、陰口も立たなくなった。

 しばらくして盗作話題もどうでもよくなって、平穏すぎる日々が何日も続いて吉沢が動いた。だが、吉沢の行動も案外、どうでも良いもので、選ばれることはないだろうし相手にされる事もないのでは?くらいの気持ちでいた。

 だが、吉沢がテレビに出てる姿を見て、気持ちが少し揺らいだ。

 これこそ馬鹿らしい話だが、自分がまた馬鹿にされる日が来るように感じた。逆に自分なら堀川秋晴の身の潔白を証明できる気もした。

 でもあまり動く気にもならず、応募締め切りまであと一ヶ月、という広告を見るまでなかなか決断に至らなかった。

「応募締め切りまであと一ヶ月!」

 その広告を見ると少し焦りを感じた。みづきは自分が選ばれる、とは全く感じていなかったが、自分が選ばれないとも思えなかった。

「応募締め切りまであと十日!」

 その広告を見て、初めて実際に応募して見ようと応募用紙を購入した。

 応募用紙は丸一日を使って丁寧に書いた。応募用紙をポストに出したときは、締め切りまであと八日とCMで流れていた。


 それから約半年の月日が経ち、みづきはついに、世界初のタイムトラベラーとなった。

 クラスではあっと言う間に注目の的となったが、特にバッシングを受けたり、ヒソヒソと言われる事もなく、吉沢も「後悔の無いようにな」と一言、言うだけで案外やんわりと事は済んだ。


 そしていよいよ記念すべき、人類初のタイムスリップの日が来た。当然発表から実に二十日も経っていない。

 だが、タイムトラベルもちょっとした海外旅行みたいなもので、五泊六日の短い期間のものらしい。

 まだ、技術もあまり進歩しておらず、歴史を変に変えられても困る、ということらしく。

 みづきは、自分の理想は叶わないということであまり期待はしていない。


 H社の研究室の、冷たい床の上に佇む似合わないくらい近未来的な装置こそが「ゲンナイタイムエクスプレス」だ。

 洗練された白のボディにところどころに張り巡らされた、金色の細い管、近未来的で、善美なデザイン。

 中に入るとひんやりと満たす空気と、無機質な内装も相まって、今までになかった不安がいっきに込み上げてくるようだ。

 寂しい事に、機体の中にはみづき以外の座席がなく、田舎の汽車一両分くらいの車内にぽつんとみづき一人が(おわ)すだけである。

「(せめてAIでも置いてくれれば、寂しくなかったのに…。)」

 地球を離れる宇宙飛行士の寂しさがなんとなくわかった気がしたみづきであった。


「まもなく、本機体は時空移動を開始します。」

 少し発音がアンドロイド訛りな冷淡とした声が機内に響くと、グゥイーンと、ドアが閉まる音が聴こえて、「もう後戻りできない」という後悔が今更ながらに脳内に染みわたってくる。

「(もう、帰りたい…日本のお風呂に浸かりタイ!

 もし万が一、タイムトラベル先で事件とか、戦とかに巻き込まれたらどうしよう。

 だって1928年っつても、堀川秋晴に必ず会えるとは限らないし!なんで後先考えずに応募したんだよー!)」

 後悔と恐怖が次から次へと溢れ出て、頭の中で、洗濯機のように渦を巻く…。

 みづきの恐怖は益々増幅していった。武者震いが止まらない。


 ガタガタガタ…ガタガタガタ…

 機体は今にもネジが外れそうな(そもそもネジは使っていないが)音を発している。

 機体に負けじ劣らじ、みづきの四肢も震えていた。




 そんなドキドキハラハラ体験もできる「四次元式時空旅行機ゲンナイタイムエクスプレス」。

 世界初のタイムマシンの仕組みを説明しよう!

 日本を代表する、大企業H社と日本の有名私立大学の研究チームが、タックを組んで開発した、四次元式時空旅行機ゲンナイタイムエクスプレス。

「タイムマシン?めっちゃ仕組みむずそうやん」と考える人もいるだろう。もちろん、開発までには物凄い労力、金、人材、時間を用いた。だが、説明するにはとても簡単なもの。

 大手企業H社と日本の有名私立大学の賢者達が、錬金し、開発した特殊な金属に四次元特有の電波を流し、四次元にその金属を送り込む事によって時代を行き来できるようになりました。

 名前のダサさは、江戸時代に様々なブームを起こした、平賀源内に肖って、「このタイムマシンも流行るといいね!」という安易な思いでつけられたらしい。まぁ、ダサさもお愛嬌という事でさ。


「さっきからゲンナイタイムエクスプレスの揺れが止まらないんだけどー!」

 みづきは叫んでいた。


「機体にトラブル発生!トラブル発生!」

 機体のアナウンスは紛れもなく、重大な発表を冷淡に告白する。

 機体の揺れは三分前より激しくなり、みづきは自分の身体の意思に反してヘトバンをしてしまっている。

「(酔う…これは酔う…本気で酔う…もうすぐ酔う…!)」

 シェイカーのように揺れる機体のなか、みづきの乗り物大丈夫メーターは限界に達していた。

 現在のゲンナイタイムエクスプレス内部は、二年前の新潟発の暴風中のフライトよりも、台風が近づいた時の沖ノ島のフェリーよりも、確実に揺れていた。

 内臓がひっくり返ってごちゃ混ぜになりそうな揺れの中、遠心分離機と化した機体は、次の瞬間、ドサッと鈍い音を立て、周囲の者達から行方を眩ませた。

「グッパイ、マイファミリー…」

 みづきは意味の分からない事を吐き捨てて、気を失った。


 みづきは気がつくと、草の上に横たわっていた。

 外気の冷たさと草のチクチクとした感覚が気持ち良くて、一二回、寝返りを打ってみると、空には星が煌々と輝いていた。

「綺麗…」

 みづきはポツリと呟いた。今まで見た中で一番美しい夜空だったと思う。迚もじゃないけど絵には写しきれないような空だ。

 どこかで、「アオーン」と一匹の寂しい犬の鳴き声がした。その声がどこか哀愁を誘って、ノスタルジーな感覚を覚える。

 みづきが、しばらく瞬きしてると暗闇に目が慣れてきて、ほんの20メートル先くらいにに、一匹の犬がいた。

 みづきは、ふいに、昔、近所の田中さんが飼っていた犬の事を思い出す。

 でも、思い出そうとするとあまり思い出せず、少しもどかしい気分になった。

「おいで、トプシー!」

 あれ?トプシーだったっけ?

 だが、トプシーらしき犬は、ヘェヘェと息を切らし、こっちへ向かって来るようだ。

 トプシーが近づいて来る、15メートル…10メートル…。

 ヘェヘェと荒い息遣いをするトプシーは、よく見ると、がっしりとした肉体に、整った身体、ビックなボディのマッスル犬だった。

 そう、今までに見たことないくらいに…。

「ガルルルル…」

 トプシーは舌を鳴らした。違う、これはトプシーじゃない!逃げるんだ!

 みづきはパッと勢いよく起き上がると猛ダッシュで走ら始めた。

 そう、田中さん家のワンちゃんはトプシーじゃない。ケンタロウス、略してけんちゃんだ。

 がっしりとした肉体に、整った身体。荒い息になぜかいつも血眼なケンタロスだ。

 なぜこんなところに、けんちゃんそっくりの狂犬がいるかは分からないが、みづきは必死で坂を下っていく。

「(あれ…私って何でこんなところにいるんだっけ…)」

 一瞬、そんな事が頭をよぎったが考えている暇はなかった。「(逃げろ!)」人が沢山いるところまで。


 三十分ほど走っていると、もうさっきの犬の獰猛な声は聞こえなくなって、地面はけもの道から、しっかり踏み固められた赤土の道へと変化していた。

 辺りは果樹園らしく、左右の畑には、まだ少し青い果実がたわわに実っている。

「(私、タイムスリップしたんだ…)」

 青い果実は未熟な林檎かナシのようだ。

「(そういえば、堀川秋晴の詩にもそんなんあったなぁ)」

 とみづきは、未来を懐かしんだ。堀川秋晴の作品には、「果樹園」を舞台にした作品が、確か二つあった。一つ目は、恋人とフランスの葡萄畑に行った内容の短編小説、二つ目は、林檎畑で出会った少女との中編小説。

「(まぁ、島崎藤村の「初恋」には、及ばないけど、いい詩だったなぁ、また、読みたいな。)」

 タイムスリップしたはいいものの、随分迷ってしまったなぁと、溜息を吐くと、吐いた息が白くなっていて、冬を実感した。

 走ってじんわりとかいた汗が一気に冷え、凍るような冷たさが皮膚を刺すので、民家はないかと思い、見渡すと少し先に茅葺屋根の大きな館と、そこから少し離れた所に洋風の屋敷があった。

 近くにある茅葺屋根の大きな家のドアをノックすると、

「誰だい!真夜中にうっさいねぇ」

 とみづきよりも二、三歳年上の少し怖そうな姉さんが出てきた。

「あの…ここら辺に迷い混んでしまったもので、金もなくって、道も分からんのですが…」

 そういうと、姉さんはしょうがないなといい、屋敷に入れてくれた。

「静かにするんだよ、みんな寝ているからね」

 姉さんが、行燈に火をつけると、周囲が少し明るくなった。

「あんた、名前は?」

「鳩羽みづきです」

「そうか、私はハツだよ」

 ハツと名乗った姉さんは、この屋敷の事、農園のこと、ここ周辺の道なんかを教えてくれた。

 だが、まだハツは肝心な事を教えてくれてない。まぁ、当たり前の事だからな。

「今は、西暦何年ですか?」

「あんた、そんな事もわからないのかい、こりゃ、たまげたねぇ!」

 ハツはハハはと笑った。だか、その笑いには嘲弄の念を全く感じさせず、ハツの器量の広さを感じた。


 それからハツは、みづきを客室に案内すると、布団を敷いて「ゆっくり休んでね」と一言言い残して、その場を去った。

 いい人だったなぁ、とみづきは呟く。

 初対面の珍客、それも夜中に押しかけた。そんな怪しい奴を出所もろくに聞かず、泊めてくれる。

「妖怪とか来ても泊まるのかな」

 なんとなく思った。豆腐小僧とかくらいなら、普通に泊めてそうだ。

 ハツが敷いた布団は少し硬くてゴワゴワしていたけど、なかなか保温性には優れているようだった。じんわりとした、(ぬく)さと共に、ハツの温かさも感じて、なんだか寝るのがもったいない気分になった。


 しばらくすると、朝日が出てきた。

 自分がここに押し掛けてきたのは、丑三つ時くらいだったのだろう。私が本当に妖怪やったらどうするつもりだったんだろう。

 朝日が浴びたくて外に出た。途中、屋敷の中はかなり広くて、何度も迷いそうになったが、なんとかここまで来れた、丘の上の果樹園が見渡せる所だ。

 屋敷は山の中腹にあり、この山は中腹から麓にかけて果樹園が広がっているようで麓の平野には、木造の街が広がっていた。

 朝日はいつも私の背中を押してくれる。

 昼間の日差しよりも、強く優しく頬を照らす陽光は、どんな失敗や、絶望からも救ってくれそうなほど、美しい。

 深呼吸をすると、この短い期間をまっとうしよう。という決意が湧いてきた。

 タイムスリップは失敗した。

 昨夜、ハツは言った「いまは1905年、1月26日」だと。

 希望の年寄りも21年も早くきてしまったが、この年はこの年で楽しみがあるだろう。

 ポッケを叩くと、財布の重みを感じ、ホッとした。

「(遊べる!)」

 再び夕日を眺めていると、少し前に人の気配を感じた。

「(ハツ以来の明治の人だ!)」

「おはようございます!」

 と挨拶をすると、眼鏡の少年は、少し目を凝らして、

「お、お早う御座います」

 と言った。まぁ、無理はないだろう。

 なんせ、高校の制服できてしまったのだから。

 近くに寄ってみると、眼鏡の少年は、少し疲れた表情をしているようだった。

 形は整っているがボサボサな少し太い眉に近い、長い目尻の目。鼻筋がすっと通っていて、綺麗な鼻。唇は上唇は細く、下唇は綺麗に曲線を描き少しぷっくりして、色は淡く紅をさしたように赤い。

 どこから、どう見てもかなりの美男子だが、目の下のクマと、疲れて垂れた目尻が、すこし外見を損なわせている。

 みづきはどこかで見たような、気もするなぁと思い今までの記憶を少しずつ反芻してみた。

「もしかして、私の祖先?」

「はぁ?」

 目の前の少年は疲れて、少し機嫌が悪そうだ、めっちゃ地味だった部下に彼女を寝取られときのように、キレてるのと、驚きの境目くらいの表情を見せた。

「祖先じゃなかったかー!

 じゃあ…君の名前は?私は鳩羽みづき!波止場じゃなくて鳩ポッポの羽って書いて、鳩羽で、名前は平仮名」

「僕は堀川秋晴。」

「へー、堀川秋晴かありがちなのかな、知ってるよ!同姓同名の人!」

「あっ、そうそれは良かったですね。じゃあ僕は帰ります眠いんで。」

堀川秋晴は帰ろうとした。正直言うと秋晴は人と話すのが得意じゃなかった。おまけに同年代でおまけに女子なら尚更苦手だった。

目の前の鳩羽みづきさんは、不思議な風貌だった。渋い緑のブレザーの下にクリーム色のシャツ、胸元には棒リボンがついていて、下は落ち着いた茶色の短いスカート。足元は紺色の見た事もないようななんか良さげな靴を履いている。顔は目元中心に典麗的だが、鼻先が少し丸くて、それも愛嬌があって良い感じがする。西洋人のような顔立ちに華奢な身体も相まって、少し日本人離れしているが、よくいる西洋かぶれではなく、不思議と全てしっくりきている。

「では、僕はここら辺で」

なかなか綺麗な人だったなぁと思って堀川秋晴は少し頭を下げた。

再び頭をあげると、先程の飄々とした雰囲気とは、打って変わって、鳩羽みづきさんは、びっくりしているようだった。

「あの、堀川秋晴さんと、今仰いましたよね…」

「はっ、はい!そうですけども…」

ここに来ていきなりの敬語に、この謙遜する態度。

秋晴は悲しくなった。殆ど家に引きこもってたのに、初対面の人も知られる程、僕の悪評が広がってたのか…。

「あの、小説とか書いてる方ですか?」

「えっ、あっはい。一応…」

鳩羽みづきさんの顔が急に紅潮し、喜びの表情とともに、両手を握られた。

何故、バレた。堀川秋晴、15才はビビった。全身に寒気がぞわーっと走って、なんだか、ヒュンと萎んだ。

「(誰か、自分を恨むやつにかげで「あいつ、小説書いてるんだってさー、クスクス」なんて言われてばら撒かれてるんだろうか。それとも、彼女始め、世の中のみんなが千里眼を使えるようになって、僕の作品が見透かされてる…!)」

みづきは堀川秋晴が焦って困っているのを見て楽しそうに笑った。

「何考えてるんですか、まぁ、驚くのも無理はないでしょうけど」

「はっ、はぁ…」

「そんな、ビビらないで下さいよ、別に私は盗作だー!とか言いませんよ」

「(盗作?ますます意味がわからなくなった。巷では僕の作品が盗作だとか言われているのだろうか?ますます怖いな)」

秋晴はますます戸惑った。まぁ、無理もない、自分が小説を書いていることがばれ、おまけに、盗作とか言われるのだ。

みづきはニヤニヤを隠しきれてないようで、さっきから物凄い嬉しそうだ。まぁ、無理もない、タイムスリップ失敗かと思えば、いきなり憧れの作家が目の前に現れたのだ。

「堀川秋晴さん、私は125年後から来た、貴方の読者です!」

みづきはハリのある声でそういった。

「私をアシスタントとして、お手伝いさせて頂かませんか?」

















































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ