第8話 伯爵
「よく来たね、君たち。歓迎するよ」
頭髪は長くストレートで、金色。如何にも貴族らしいものではなく、清潔そうなチェニックを着ている。
顔は元の世界でいうところの西洋人らしいはっきりとした目鼻立ちで、タケオは何処と無く品性を感じた。
その人物に相対するのが、でこぼこな面々。
175cmほどの長身、フードの女性の横には130cmほどのドワーフがいる。身長差だけなら大人と子供くらい違うはずだが、ドワーフの迸るほどの筋肉がそれを連想させない。
横には黒髪の女性と猫人族。それぞれ160cmほどと150cmほどだ。女性に囲まれている男の身長が一番低いというのは、なんともおかしな光景に映る。
「それで、用件はなにかな?」
伯爵は優しい口調で言った。
「伯爵、私を覚えていらっしゃいますか?」
ジェイナが認識阻害の魔法が掛かったローブを取る。相変わらず美しい肌にタケオは少し見とれてしまう。
「勿論です、ジェイナ様。いらっしゃる頃だろうと思っておりました」
にこやかな笑顔で答えるミドラブル伯爵。このブルーリバーとその周辺を納める権力者だ。
ローブを脱いだジェイナを見ても眉ひとつ動かさないあたり、目の前の人物が無能とは縁遠い存在のようにタケオは思えた。
「ジュリのことはご存知ですね。彼がタケオ様、そして猫人のタマモです」
「お久しぶりです、伯爵」
ジュリは深々とお辞儀する。こういうとき人間じゃないというのは、敬意を払う義務もなくなるし、意外と楽かもしれないなとタケオは思う。
「まずは、ゴブリンのことについては、すまなかったね。魔狩りを雇おうとはしたのだが、如何せんあんなことがあってはね」
「あんなことってのは?」
ジュリから口を開くなと言われていたタケオだったが、彼はお構いなしに伯爵に言葉を投げ掛ける。
そもそも伯爵は、ジェイナを見ただけでゴブリンの件だろうと察するあたり、ジェイナが村で匿われていたことも知っていたようだ。
少し驚いたように目を見開く伯爵だが、すぐに得心したように頷いた。
「ふむふむ、なるほどねえ。そうか、君はそういうことかね」
愉快そうに髭を撫でる伯爵は、タケオを観察するように見つめた。
「男に見つめられる趣味はないんだが」
「すまないね、癖なんだ。あんなこと、というのは魔物の侵攻のことだね。セントラル王国の中心部、首都トキーオに普段徒党を組んだりしないような連中が押し寄せた。それが原因で多くの魔狩りが召集されてしまってね」
ジュリは、忠告を守らないタケオに対しての苛立ちを隠すことなく説明する。
「脳みそまで筋肉のタケオには分からないかもしれないけど、魔狩りはモンスター退治の専門家。あらゆるモンスターへの対処法を知っている」
「そうなのにゃタケオ! これからはモンスターのことはアタシに頼るといーにゃ」
「なんでそうなるんだよ」
「え? アタシが魔狩りだからにゃ」
「「「え?」」」
驚愕の言葉に三人は一斉にタマモを見る。
タマモは、困ったやつらだと言わんばかり首を振った。
「いってなかったかにゃ?アタシの能力を考えれば当然の道理にゃ」
「じゃあなんで盗賊に簡単に捕まったんだよ!」
とても心外だというようにタケオに抗議するタマモ。
「何度も言わせないでほしいにゃ、アタシは魔狩り、人間相手は専門じゃないにゃ。それにあのときはマタタビ酒をすこーしだけ飲んじゃったにゃ。にゃへー」
照れくさそうに笑うタマモに毒気が抜かれた三人はため息をついた。我に帰ったジェイナは咄嗟に姿勢を改める。
「し、失礼しました!」
「いえいえ、いいのです、楽しい仲間をお持ちのようですね。さて、話を戻しますが、今回はそのゴブリンについてではなかったのですかね?」
「はい、実は……にわかに信じられないとは思いますが、ドラゴンが復活しました」
これを聞いた伯爵は、目を細めて暫く沈黙した。
「その根拠をお聞きしてもいいですかね?」
「根拠もへったくれも、村で俺たちはドラゴンに会ったんだ。ま、頭をぶん殴ってやったけどな!ッハッハッハ!」
誇らしげに腕を掲げるタケオにジュリが横から肘鉄を食らわせる。痛みをこらえ、ジュリを横目で睨みながらタケオは言った。
「……まあ、ともかく、俺達で撃退した。だが、ドラゴンが現れたってのはかなりヤバイことなんだろ?」
伯爵はため息をひとつついて、組んだ手の上に顎をのせる。
「やばい、なんて表現では済まされないね。簡単に言えば、終わりの始まりってところだね」
「終わりの始まり、とは?」
少しの沈黙の後、ジェイナの質問に神妙な面持ちで伯爵が答えた。
「ドラゴンというのは、伝説上の生き物ではない……というのは目にした皆さんが一番理解しているだろうね。実は、彼らは元々この世界の存在ではないんだね。いや、この世界を創った存在の一つというべきだろうね。異界から現れて、世界を破壊し、創造することが彼らの役目だと云われているね」
それを聞いてタケオは腕を組んでニヤリと笑った。
「そういうことか! サンキュー伯爵! 俺がこの世界に来た理由がわかったぜ。そのドラゴンをブッ飛ばせばいいわけだ」
「なに、どいうことだね?」
「どいうことにゃ、タケオ?」
「もう今更隠してもしゃーねから言うがよ、俺は別の世界からやって来た人間だ。そういうわけで、この世界を破壊から救うのが俺の使命ってわけだ」
「タケオ!」
ジュリの視線が痛いほど突き刺さるが、言ってしまったものは仕方ない。
その横でタマモが驚きすぎて、毛が逆立っているのが見える。
「隠すのが苦手でよ、すまん」
「知能がミジンコ並み」
ジュリは完全にあきれ返ったように腕を組んだ。
「まあまあ、正直に言ってくれたことには感謝だね。ただ、ジュリのいうことは最もだね。それを聞けば君の命を狙うものが無駄に多くなってしまうね? それは、大切な人達を危険にさらすことにもなるね?」
「あんたの言うとおりだ、気を付ける」
「正直に話してくれた、ということは我輩は信頼されているということだね?」
「おう、ちょい胡散臭いが、あんたは大丈夫だと思う」
タケオの返答に少し笑った後、伯爵は間をおいて口を開いた。
「その信頼に答えて、少し君について教えよう。これは三大神に関する伝承だがね。世界に破壊がもたらされるとき、三大神の加護を受けた三人が破壊と対峙するそうだ。
この三人は、太陽神の子たる人間と、月光神の子たるエルフ、もしくは猫人キャッツ。
そして、大地神の子たるドワーフ、オーク、リザードマンから一人づつ選ばれる。
君たちはまさに、そんなお伽噺からひょっこり飛び出たようだね。もしかしたらそれは、運命なのかもしれないね」
人間のジュリと、猫人のタマモ、そしてドワーフであるタケオ、この三人がその選ばれし者ってことだろうか? 英雄らしさの欠片もない面子だなとタケオは苦笑する。
「話が長くなったね。この一件を王国に報告する役目は我輩が請け負う。君たちは目下、リザードマンの住む砂漠地帯、アースウィンドを訪れてほしい」
「俺達が王国にいかなくていーのか?」
「リザードマンは人類の中でも、ドラゴンに近い存在だ。それ故、ドラゴンの研究を行っているものを多い。彼を訪ねるといい」
そう言って伯爵は一枚の羊皮紙を用意させた。
「彼の名前はソリドー。きっと君たちを助けてくれるだろう、これが紹介状だ」
「いやいや、まあドラゴンに詳しいってやつに会いに行くのはいーんだが、その理由がはっきりしないぜ? そいつだって、その破壊のドラゴンとやらの場所を知っているわけじゃねぇんだろ?」
「ああ、恐らく知らないだろうね。だが、彼なら君たちにある方法を教えてくれるかもしれない」
「方法?」
「そう。不死であるはずのドラゴンの殺し方を、ね。」
お待たせしてすみませんでした!
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