第6話 猫人族
タケオの意識が戻ったのは、冷たい宿屋の床の上だった。
あれだけたらふく飲んだ割には、意識がしっかりとしている。
転生前は然程酒が強くなかったことを考えると、やはりこの身体の恩恵と云えるだろう。
辺りを見回すと、昨日の喧騒が嘘だったかのように静まっている。外は夜が明けたばかりだろうか、うっすら明るい。闇のなかから太陽が顔を見せようとしていて、そのグラデーションが美しい。
タケオは大きなあくびを1つして、二階にある部屋に戻っていった。密かにジェイナとジュリの寝顔を拝もうとしていたのはいうまでもない。
しかしそのささやかな願いは虚しく、二人はベッドから既に抜け出しているようだ。
「二人とも早起きだな。……いや、なにかがおかしい」
二人が寝ていたはずのベッドから感じる妙な違和感。
「人が寝ていた割には、ベットが綺麗すぎないか?」
当然ジェイナかジュリのどちらかが、とても高いベットメイキングの技術を持っている可能性は否定できないが、これでは寧ろ、誰もまだこのベッドを使用していないようだ。
「何だこれ」
ベッドの上に四つ折り小さな紙切れ。タケオはこれを広げてみる。
『タケオ
肝心な時に寝るなアホ!
というか起きろ!
ジュリ』
お叱りの文字が紙一杯に大きく書かれている。
タケオはドワーフになる以前から一度寝るとテコでも起きないという悪癖を持っていた。
「こりゃ悪いことしたな。ん?」
紙切れの端に小さく追伸が書かれている。
『P.S. ジェイナがさらわれた。追う』
「一番大事なところが読みづらいんだけど!?」
だが内容は深刻だ。
早速装備を整え、上裸の土木作業員と化したタケオは外へと駆け出す。
先程の紙の裏には幼稚な地図がかかれていて、それによると北側の街道沿いから少し外れた場所にある洞窟がジェイナがさらわれてる場所らしい。
かなり夜遅くまで飲んでたことからかんがえて、この明るさなら、拐われてからまだ三時間もたってないだろう。
街から出ると、町の北西部には大きな川がみえる。ボートがなければ渡ることは出来なさそうだ。
今は川を見つめている場合ではないので、タケオは走って地図の元に向かった。
タケオがこの身体になって、一番不自由に感じているのは全速力の遅さ。歩幅の差で、いかに出るスピードが違うかよく分かる。
街道からそれて、林を抜けると、地図通り洞窟があった。
入り口には動物の死体を使ったモニュメントが飾られており、非常に悪趣味な連中がここを根城にしているのが明白だった。
タケオは躊躇することなく、洞窟に踏みいる。
タケオが光源をもって入らなくてすんだのは、ドワーフの身体の恩恵で、少ない明かりで暗闇での視界を確保することができる目をもっているからだ。
もともと地中暮らしが一般的なドワーフにとっては必須の能力ともいえるだろう。
少し進むと、盗賊の一味らしき野蛮な皮の服と血化粧をした人間達が倒れているのをタケオはみつけた。
見たところ、この盗賊連中同士が争っていたようだ。
「ジュリの魔法だな」
ジュリが得意とする幻惑魔法の中には、敵同士を相討ちさせるものがあるらしい。おそらくそれを使ったのだろう。
つまりジュリはここまでたどり着いている。
早く後を追わねば、とタケオは急いで洞窟の奥を目指した。
★
「怖いにゃー! 私を早く逃がしてにゃー! 寒いにゃー!」
「黙ってて、集中できない」
「ジュリ、後ろ! 気を付けてください!」
ジュリは懸命に幻惑呪文を使用し、敵の意識を撹乱させるが、決定打にはならない。
盗賊のひとつやふたつ簡単に潰せるだろうと考えて、タケオをおいてきたジュリだったが、意外にも苦戦していた。
いや、盗賊に手間取っていたわけではない。
盗賊の頭を追い詰めたとき、こいつがあろうことかマジックスクロールを使用して、アンデッド将軍を召喚したのだ。
その盗賊の頭が自らが召喚したアンデッドに即斬殺されたのはいいとしても、出口へとつながる道を盗賊の頭が鉄格子で塞いで死んでいったので、逃げることもできない。
「シネ」
氷のツブテがジェイナに向かって飛んでいく。アンデッド将軍は氷魔法を使用することで有名だ。
氷魔法は他の炎や雷魔法に比べると地味に思われることがあるが、長期戦にもっとも向いている魔法だとも言える。
冷気は敵のスタミナを奪い、氷を飛ばせば攻撃、氷壁を作れば防御にもなる万能さがその所以だ。
盗賊から奪った剣で、氷のツブテの弾道を逸らすジェイナ。
「このままではジリ貧です。ジュリ、いい案はない?」
「ジュリは雷魔法と幻惑魔法がメイン。アンデッドに対して有効な魔法がない」
「シネ!」
鋭い殺意と共に、白骨の手を地面に当てるアンデッド。
すると、手が当たっている部分が凍りはじめる。
「不味い、アイスバーンがくる!身動きなとれなくなる」
一気に地面が氷を帯びて、ジェイナとジュリの足元に伸びてくる。
「チェストォ!」
大きな掛け声と共に現れたのは短身のドワーフ。シャベルを大きく振りかぶってアンデッドの頭に叩き込んだ。
「ジェイナちゃん、いまだ!」
「はい!」
その呼び掛けに答えるようにジェイナが剣をアンデッドの足に目掛けて切りつける。
「くたばれ!」
完全に態勢を崩したアンデッドの上から、タケオはシャベルの面を力任せに振り下ろした。胸部が粉々になったアンデッドの目に宿った怨みの炎は消え、活動を停止した。
「そういや、もうくたばってるよな、アンデッドなんだし。ガッハッハ!」
「タケオ様! とってもナイスタイミングです!」
ジェイナがいつものように綺麗な瞳でタケオを見つめる。
「無事でよかったよ、ジェイナちゃん」
「タケオのわりには、役に立った」
ジュリがいつものようにたっぷりの毒を含んだ褒め言葉をタケオに浴びせる。
「何だそのいい方! 酷くない?」
「元はといえば、タケオがすぐに起きていれば問題なかっ……」
糸が切れたようにパタリと倒れるジュリ。タケオが駆け寄ると、気を失ったというよりは、眠りについたようだ。
「魔法は精神を酷使しますので、相当疲れたんだと思います。寝かせてあげてください」
「わかった。しかしなぜこんなことに?」
「原因は、あの人です」
ジェイナの指の先には、必死に空気と化そうとしていた猫人族、タマモ。宿のウェイトレスだ。
「それは、なにかの誤解じゃないかにゃ?」
タマモの弁明がむなしく洞窟に響き渡っていた。
★
タマモを連れて、もとい連行して宿屋に戻った三人。タマモを囲んで睨み付けている。
「あの……私を食べてもおいしくないにゃ」
「誰が食べるか、にゃんころ」
ジュリの冷たい突っ込みに萎縮するタマモを尻目に、タケオはジェイナに事の経緯を聞いた。
タケオが酒に酔って寝た後、ジュリとジェイナはそろそろお開きにしようと席をたったらしい。
ジュリがお花を摘みに言った瞬間を見計らって、酔っ払ったジェイナを盗賊が連れ去ったそうだ。
その原因がタマモ。
その客を盗賊だと知らずに、オークを見たと喋ってしまったのだ。
猫人族はかなり変わった種族で、定住する地を持たない流浪の民。それ故かあらゆる新しいものは猫人族を通して入ってくることが多く、噂などの情報も猫人族が持ってくることも多い。
それは猫人族が新しいものや噂が大好きだからだ。好奇心を抑えられないといってもいい。
【猫人にへそくり】(猫人族に隠し事をしようとしても無駄であるというたとえ)
と言われるほど、よく言えば優秀な情報屋、悪く言えば秘密をバラす迷惑な奴等なのだ。
「アタシがすこーしおしゃべりなのは認めるにゃ。でも、こんな犯罪に手を貸すつもりじゃなかったのは本当にゃ!」
「タケオ様、どうしましょう?」
大きな金色のくりくりおめめを見る限り、わざとやったわけでは無さそうだ。タマモをまじまじとみながら、タケオは考える。
ふさふさの耳が訴えてくる愛くるしさは半端じゃない。
「タマモ、お前はジェイナがオークであることをどうやって見抜いた?認識阻害の魔法が掛かってた筈なんだが」
「それは、アタシの目に秘密があるにゃ! それを教えるわけにはいかにゃ……」
「言え」
またしてもジュリの冷たい視線に気圧されるタマモは、涙目で秘密を答えた。
「猫人族、キャッツがもともと暗視能力に優れているのは知っているにゃ? その中でも、たまにもうひとつの恩恵を受けるキャッツがいるにゃ。アタシはその一人で、魔法やその類いの力による幻覚や効果を無視して、真実を見つけられるにゃ。
称して!
≪オッキオ・デラ・ベルタ≫にゃ!真実の目って意味にゃ。」
「かっこいい!採用!」
「タケオ黙って」
ノリノリのタケオに横から強烈な拳が入る。
「とにかく、貴方は目に才能があるのですね、タマモ。それは素晴らしいことですが、あなただって町中にオークがいれば問題が起こることくらい予測できたでしょう?挙げ句の果てにあなたまで捕まって死にかけたのですから」
ジェイナの言うことは最もだろう。自らの好奇心を抑えきれない人間は破滅への道を進みやすい。
「ごめんなさいにゃ……。こんなことはもうごめんにゃ」
「よろしい。ではタマモ!反省を兼ねて私たちと王国まで来てくれませんか?」
「え、王国?」
「はい。私たちはわけあって王国を目指しています。そこで、あなたの能力を買います。私たちの旅路には、我々を惑わせるような危険がいくつもあるでしょう。それを看破して欲しいのです。あなたなら、それができる」
やはり王の血筋を引いているからだろうか、ジェイナには不思議な魅力がある。
リーダーの素質、というものだろうかとタケオはジェイナを見つめながら考えた。
「そうにゃあ。助けて貰った恩もあるし、アタシもそろそろ町をでようと思ってたところにゃ! その話、受けさせてもらうにゃ」
「よかったわ、タマモ!」
ジェイナはタマモに飛び付きふわふわの耳をモフモフする。
「ちょ、ジェイナさんくすぐったいにゃあ」
「いいじゃない!」
「そこ弱いのにゃあ」
全身のモフモフをまさぐられて色っぽいこえをだすタマモ。
タケオは新しい扉を開きそうになるが、すんでのところで目を逸らす。
「タケオ最低」
ジュリだけはやはりタケオをしっかりと監視していたのだった。
仲間が増えたぞ!
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